2-17.探偵の日
イケガミが銃を構えたまま、少しずつ離れていく。
「──おっと……お喋りしてる時間が勿体ねぇや。そんじゃー、ここらで《《おいとま》》させてもらうぜ。────あばよっ!!」
必要以上に大きな声でそう叫んだイケガミは、あえて目立とうとしているようなモーションで走り去ってゆく。
(なぜ? ここまできて、なぜそんな小芝居を……)
謎はすぐに解けた。
周辺を取り囲んでいた怪しげな男たち──恐らく、『Diffusix 5』を狙っていた組織のエージェントたち。
奴らが一斉にイケガミを追い始めた。
あたしたちには目もくれずに。
(そういう……ことなのね)
結果から見れば確かに、イケガミは、ああせざるを得ない状況だったというわけだ。
「池上さん……どうして……」
茫然と立ち尽くす結城くんと真鍋ちゃん。
「二人とも、今はとりあえず、この場を離れましょう。あたしの事務所へ行くわよ?」
イケガミの思惑と覚悟、今はまだ、この子たちに伝えるわけにはいかない。
移動しながら、高崎くんに連絡メッセージを入れる。
『タッカー、最重要ミッションよ。イケガミの足取りを追跡して。数名のエージェントが彼を追っているところだから、所属する組織と人数を洗い出してちょうだい』
すぐに既読が付いて『おk』とだけ返信があった。
イケガミが“裏切り役”を買って出て、すべての矛先を自分一人に集めた。
それで私たちは守られた。
(まったく、あなたらしいやり方ね。問題はないと思うけど……油断しないでね)
さて――
ひとまず、“非日常”の嵐は通り過ぎたってとこかしらね。
◇ ◇ ◇
数日後。
朝から小雨がぱらついている。
探偵稼業というのは、何もないときほど仕事が積み上がるもので、
あたしのスマホには、ご近所の猫捜索依頼や、浮気調査の見積もり相談、あとは何やら因縁つけたいだけのカスハラメッセージや食事のお誘いまで、よりどりみどりだ。
大きな山が一段落したと言っても、こちらの日常は変わらない。
事務所のソファで書類に目を通しながら、うつらうつらと船を漕いでいると、
香ばしい匂いがふわりと広がってきた。
結城くんがキッチンでインスタントコーヒーを淹れているらしい。
「峰岸さん、今日も『猫探し』行くんですか?」
「……行くしかないでしょ。あのご婦人の執念、猫ちゃんに何かあったら末代まで呪われそうだもの」
ホットコーヒーに氷を3つ。ほどよくぬるくなったところで胃に流し込む。
「それじゃ、行ってくるわね! お留守番よろしく♪」
背中越しに「行ってらっしゃい」という結城くんの弱弱しい声が聞こえた。
まだイケガミの行方が気になっているようだ。
連日のように事務所へ来ては、暇を持て余している。
イケガミが何を思って、ああいう行動に出たのかは、彼らには伝えていない。
どこに目や耳があるかわからない世の中だもの。
──下手を打って足手まといにはなりたくないものね。
(もうしばらくの辛抱よ、シロくん)
◇ ◇ ◇
昼下がりの商店街。
猫捜索で商店街の裏手を歩いていたところ、ゴロツキ風の男たちに絡まれている真鍋ちゃんを発見──。
まったく、どうしてこういう面倒を引き寄せるんだろう。
「すみませーん、その子、私の連れなんでー」
間に割って入りつつ、内心でため息をつく。
「あー♡ 峰岸さん!」
真鍋ちゃんが駆け寄ってきて、あたしの後ろに隠れる。
すると男たちは、こちらを値踏みするように、にやにやと寄ってくる。
「ぉぃぉぃー、おいおいー! 今日はなんて日だ! こんな上玉に巡り合えるなんてよぉ~!」
「ひゃっは~♥」
「お姉さんも一緒に遊びましょ♥ ちょうど二対二だしぃ」
「悪いけど、今は猫探しで忙しいのよ。また今度にしてくれる?」
「猫ー? 猫ちゃんだってよぉー。俺たちが可愛がってやるよぉ~。なぁ? 子猫ちゃんたちぃ♥」
(はぁー……面倒な奴らね。少し《《わからせなきゃ》》ダメかしら?)
首を回すとゴキコキと骨が音を立てる。ちょっと鈍ってるかも。
そのとき、どこからともなく、ズルペタズルペタと汚らしい足音が近づいてきた。
「おやおや~? お前ぇら、どこのモンだぁ?」
柳田だ。
「あら、柳田ちゃん、ナイスタイミング♡」
「ぉっと……こ、こりゃ、峰岸の姐さんじゃねっすか。こんなとこで何を……」
「おいおい、なんだ? オッサンは引っ込んでなよぉ」
「その姉ちゃんたちは俺らと遊ぶんだからさぁ~」
(ゴロツキ共、威勢だけじゃ、生きていけないわよ?)
「ほぉ─……どこのガキか知らねぇが、お遊びなら他所行ってやんな? ほら、帰った帰った」
「なんだとぉ~? オッサン! ぶっ殺されてぇのか?」
(あ……)
「ぁあ? 今何つった? 殺すっつったか? ああ~!?」
(ほらぁー、スイッチ入っちゃった)
「おいガキども、殺られる覚悟あって言ってんだろうな? コラっ」
『ぉ、ぉぃ、このオッサン、もしかして本業じゃねぇのか?』
『ままままじか……やばくね? 俺ら、やばくね?』
「どうしたよ? ぶっ殺しにくんじゃねーのか? だったら、こっちから行くぞ? ぉお?」
「ぁ、あの、す、すみません、でした」
「ちょっと調子に乗っちゃって、その、ごめんなさい!」
ようやく気付いたのか、ゴロツキ共は一目散に逃げていった。
「助かったわ、柳田ちゃん。また『んな女ぁ~知らねぇよ!!』って言われちゃうのかと思った~」
「あ、姐さん、その節は──勘弁してくだせぇ」
「ふふ♡ ま、今後もこういう面倒ごとを引き受けてくれるっていうなら、大目に見てやっても良くってよ?」
「ぐっ、姐さんにゃ敵わねぇや。わかりやした、俺ら流木会、ミネギシ探偵事務所のケツ、持たせてもらいやす」
(兵隊ゲットー♪)
「よし、よろしくね♡」
真鍋ちゃんからの熱い視線を感じた──。
◇ ◇ ◇
事務所に戻れば、また淡々とした仕事。
夜遅くまで調査報告書をまとめ、コーヒーで眠気をごまかす。
一息ついたところで、高橋くんからメッセージが入った。
『J、S上陸』
(ジェイ、南極に上陸……上手く行ってるみたいね)
タッカールームへ移動する。
『現地基地の無線、傍受できました。追跡組の一人が“交差点ポイントにて目標を捕捉した”と報告しています。加えて、もう一人は別ルート。……スナイパーもいます、注意してください』
ちょうど、高橋くんがイケガミと通信しているところだった。
(声を掛けたいけど……今は邪魔になるわね)
カンザキとタッカーのダブルアシスト。
これ以上、心強いサポートは無いわね。
・
・
・
「そろそろ接敵したころですね。僕たちがサポートできるのは、ここまでです」
『せやなぁ。三田村さんも現地入りしてはるし、スナイパーの処理は任せても大丈夫やと思うわ』
「カンザキちゃん、お疲れ様」
『峰岸さん、ご無沙汰してます。お元気にしてはりました?』
「お陰様で、ね。イケガミ……ジェイは、上手くやれてる?」
『今が正念場やなぁ。ここさえ乗り切ったら、あとは一直線やで』
「そう。……カンザキちゃん、ありがとね」
『な、なにを改まって言うてはるんです? お金のために決まってますやろ。報酬はたんまり頂きますさかいね』
「ふふっ、そうね。そりゃもう、たんまりと頂きましょう♪ ふふふっ」
『ふふふっ♪』
「……無事、突破したようですよ?」
『三田村さんからも連絡入ったわ。スナイパーも無力化して、あとは合流ポイントに向かうだけやて』
「良かった……」
『せやけど、ここから先はトレースできへんなぁ。強力な目隠しが施されとるわ。こんなことできる組織言うたら……』
「……だとしたら、逆に問題は無さそうね。色々な意味で」
今回の取引相手は、恐らく『イルミナティ』だ。
『Veritas Animae』か、バルタザール氏が裏で繋がっていたのか、あるいは──
いや、詮索はやめておこう。
【深淵を覗くものは深淵からも覗かれる】
できれば、関わり合わずに過ごしたいものだもの。
◇ ◇ ◇
数日後──
スマートフォンに着信があった。
送信者は不明。
でも、確信して、通話に出る。
「もしもし? ……やっぱりね。思ったより元気そうじゃない。
……そう。こっちは平和なものよ。
ええ。
あなたが身を挺してくれたお陰ね。
なーによ。正直な気持ちを言ったまでよ?
シロくん? 毎日のように事務所に来ては凹んでるわよぉ~。
ええ? まだ言うなって? なんでよ……。早く安心させてあげた、え?
ふふっ、好きよねぇーそういうの。
わかったわ。黙っててあげるわ。
で? あなたが保護したっていう─…ええ、そう。良かったわ。
あー、いいわね! その案、乗るわ!
大丈夫よ。あの子たちなら、絶対あの場所を選ぶに決まってるから。
え? その時は、あたしが上手に誘導するから。大丈夫よ。
ええ。うん。それじゃ、ね。
向こうで会いましょ。
ジェイ……お疲れ様」
・
・
・
そして後日、『|Veritas Animae』の──名前は知らない、”スーツを羽織った男”が事務所を訪れ、全ての問題が解決した。
◇ ◇ ◇
「さぁーて、それじゃぁー、打ち上げと行きましょう!」
(ふふ、結城くん、『また”すずめ”か』って顔に書いてあるわよ?)
「ノンノン♪ 報酬はたんまり、使い切れないほど頂いたのよ? これはもう、ぱーっと海外旅行なんてのは、どうかしら!!」
そう言って、世界各地の観光ツアーパンフレットを広げる。
行先は結城くんと真鍋ちゃんに決めてもらうけど、きっと──
「「ここ! イースター島!!」」
「あははっ 二人とも、そうくると思ったわ♡ それじゃ高橋く……(パチン☆)タッカー、ツアーの申込、頼んだわよ?」
「了解、ボス」
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