2-16.真っ白な大地
「……は? おい、待てよ。さすがに南極ってのは、ジョークだろ?」
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南米チリ──。
港町バルパライソに降り立ったときには、さすがにホッとしたもんだ。
だが、息つく間もなく、現地の連絡役から声をかけられた。
「ジェイさん、ですね。“ブツ”の最終受け渡しに関して、詳細はこちらに」
差し出されたのは、妙に無骨な衛星電話と、A4一枚の英語メモ。
そこに書かれていた、最終受け渡し場所は──
──南極。
連絡役の姿は、次の瞬間にはもう消えていた。
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俺が呆然と立ち尽くしていると、ポケットの中のスマホが振えた。
『ジェイ、驚いてるやろけど……やっぱり南極みたいやわぁ。こっちでも衛星経由の暗号指示がきてるし。まさかここまで本気やとは思わへんかったなぁ』
「おいおい……本当に南極なのか? どういうつもりだ、これは」
そこへ、タッカーが割り込んでくる。
『南極――”あり得ない場所”を指定することで、他の全組織の追跡を完全に振り切るつもりでしょうね。誰も“本当にやる”とは思わない。だからこそ、逆に追えなくなる』
『せやしな、南極やったら、どこの国の管轄でもあらへん。法の抜け道もぎょうさんあるし、下手に武力持ち込んだら国際問題になるさかいなぁ。大手の組織も、そう簡単には動けへんのや』
『条約で「軍事利用禁止」になってますからね。警察も軍も常駐していない。公式な武装は絶対にアウト。でも……裏を返せば、“本物のエージェント”しか送り込めないわけです』
『ほんで……もし何かあっても、全部“遭難”か“事故”で片付く。やりようによっちゃ何でもアリや』
「……おい、ってことは(ニヤリ)……こっからが本番ってワケだな」
◇ ◇ ◇
南極──
この場所に降り立つのは、人生で二度目だ。
チリの港町・バルパライソから、さらに南へ。
小型のチャーター機で南極点近くの観測基地まで飛び、
そこからは完全な単独行だ──
頼れるのは、自分の足と、カンザキ&タッカーのサポートのみ。
十二月の南極は、白夜。
日が沈むことなく、昼夜の区別がつかねぇ。
冷気を帯びた強い風に顔が痛む。
「カンザキ、衛星の画像、どうだ? 追跡者の動きは見えてるかー」
『そやなぁ、今んとこな、あんたの背後7キロ地点やわ。スノーモービルの足跡、ちゃんと映っとる。……せやけどな、前の方にも別ルートから近づいてる影、あったで? たぶん三人おるわ』
「三人か……”遊覧ツアー”ってワケじゃねぇよな。タッカー、そっちは?」
『現地基地の無線、傍受できました。追跡組の一人が“交差点ポイントにて目標を捕捉した”と報告しています。加えて、もう一人は別ルート。……スナイパーもいます、注意してください』
「ありがとよ。スナイパーは厄介だな……」
背中のバックパックには防弾加工を施し『Diffusix 5』を納めている。
世界で一番厄介な“落書き”だ。
合流ポイントまで、あと3キロ。
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数分も走れば、白い地平線の彼方に黒い点が現れた――
追跡者のスノーモービルだ。
「やれやれ、最近の南極は賑やかになったもんだな」
俺のモービルが雪煙を巻き上げる。
左右にジグザグと進路を変えると、背後から銃声が響いた。
――パン! パン!
雪面に弾痕がバラバラと跳ねる。
「ったく、こっちは“美術品”持ってんだぞ。少しは加減しろっての」
右手のサイドアーム――グロック19を抜き、モービルを操りながらワンハンドでカウンターショットを決める。
次――左手から詰めてきた敵のモービルが加速して応射。銃撃戦開始だ。
敵も慣れてやがるな。
雪煙とスモークグレネードで視界が奪われる。
だが、こっちにもあるぜ?
「――食らいな!」
スモークを投げ返し動線を切って、右側の敵へ突撃する。
モービル同士の距離が一気に詰まる。
「ご苦労さん」
至近距離で撃ち合い。俺の弾が相手の胸を打ち抜き、敵が体勢を崩す。
すかさずハンドルを切り、敵のモービルを雪原へ突き落としてやった。
次――後ろからフルオートの射撃。
「おいおい、景気よく無駄弾をばらまくんじゃねぇよ」
足元の雪にブレーキをかけ、雪煙を舞い上げて急停止。
敵の射線が逸れた隙に、グロックで二発。
連続ショットは敵モービルの燃料タンクに命中――ボンッ、と小気味良い破裂音を残して大破した。
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三人の追跡者を片付けた、そのとき――
ピシィッ!!
スノーモービルのすぐ脇に銃弾が跳ねた。
――狙撃手、か。
【タァ──……ン】
慌ててモービルから飛び降り、遮蔽物になる雪丘へ身を隠す。
ピシィッ!!
二発目の弾丸が、さっきまで俺が居た場所に着弾――雪煙が舞う。
【タァ──……ン】
「ちっ……。良い腕してやがる……どっからだ?」
肉眼での視認は難しい長距離から、的確に狙ってきやがる。
迂闊には動けねぇ。
深呼吸──
南極の空気は、胸を刺すほど冷たい。
「このままじゃ、ジリ貧だな」
その時――
ポケットの衛星電話が、バイブ音を鳴らした。
『……おう、ジェイ。高台はクリアだ。これで追手は全て片付いたはずだぜ』
この声――三田村だ。
振り返ると、遙か雪原の向こうで、手を振っている人影が見えた。
「やれやれ、助かったぜ。お前も南極観光か? 三田村」
『ふふ、そんなとこだ。これで、貸し借り無しだぜ?』
「オーケー? 合流ポイントへ進む」
“落書き”を入れたバックパックを背負いなおし、白い大地を歩き出す。
雪と氷しかない世界――だが、この一枚の絵を巡って、
いったいどれだけの人間が右往左往してきたのか。
「……まったく。こんなバカげた依頼、二度と御免だぜ」
◇ ◇ ◇
氷原の向こうに、低い日差しがギラリと反射している。
三田村と合流した俺は、指定ポイントに到着した。
地図上では、吹きさらしの“何もない場所”――
そこには、上空からは”見えない”ようにカモフラージュされた大層な基地があった。
俺たちを出迎えたのは、見覚えのある男だった。
スーツ姿に防寒着を羽織ったVeritas Animaeの使者だ。
アルバニア共和国では命を救われた。
「やぁ~、遠路遥々、ご苦労だったね。ミスター池上。いや”ジェイ”、と呼んだ方がいいのか、な?」
男は、白い息を静かに吐き出す。
「まったく、割に合わねぇ仕事だぜ。なんだって、こんな辺鄙な場所までデリバリーしなきゃなんねぇんだよ」
「必要だったのさ――“本物”だけが辿り着ける場所での取引がね。
ここなら、誰も余計な詮索はできない。お互い、安心して話ができるだろう?」
俺はゆっくりとバックパックを下ろし、中から慎重に『Diffusix 5』の包みを取り出す。
「道中で撃たれたりもしたが……問題ないはずだ。まったく、世界で一番物騒な美術品輸送だったんじゃねぇか?」
男は肩をすくめ、冷静なまま受け取る。
「この作品に”美術品”としての価値を求めているのは、我が主……バルタザール・クインシーだけ、なのですよ。例の都市伝説には、何の意味もない。”それ”に踊らされた連中は多かったようですが、ね。『Diffusix 5』──しかと受け取りましたよ」
芹沢ってガキが言い出した”都市伝説”が嘘だってことは百も承知だったってことか。
それにしても、こいつ──
「”我が主”ね……。で、”Veritas Animaeの使者”のあんたに訊くが─……これで、“全ての問題”が解決ってことで、良いんだな?」
「もちろん。“君たち”に関しては、もう追われることはない。世界中の、どの組織からも、ね」
やはり、こいつは──!
「ときに、ミスタージェイ、それからー、ミスター三田村。 ”我々”は、キミたちのような“本物”を是非、歓迎したいと思っているのだが──」
「招待状か? あいにく、俺の柄じゃねぇな」
三田村も、ニヤリとしながら肩をすくめる。
「そちらのパーティは、どうも俺たち向けじゃないようで……なぁ、ジェイ?」
「ま、そういうこった。俺たちは”裏の世界”で十分だ。”闇”は望んじゃいねぇ」
男は、口元だけで静かに微笑んだ。
「なるほど。それもまた賢明な選択でしょう。
……けれど、いつか――必要になった時は、連絡をくれたまえ」
男が懐から取り出した名刺には、アメリカの1ドル札にも描かれている三角形のマークがあしらわれていた。
俺はその名刺を一瞥して、ポケットの中に無造作に押し込んだ。
「そうそう、帰りはウチのヘリで送らせてもらうよ。もちろん、運賃はサービスさせて頂くよ。報酬の件は後程……暖かい場所へ移動してからにしましょう」
「そいつぁ助かるぜ」
三田村とふたり、ヘリパッドへ向かって歩き出す。
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どこまでも白く、果てのない大地。
足跡は、すぐに風が消していく。
こうして、長かった旅は――
世界のゼロ地点で、静かに幕を下ろした。




