2-14.裏切りの向こう側
「さーて、お遊びは、ここまでだ」
冷たい声で、そう言った池上さんは、真鍋から奪い取った銃を構えていた。
冗談、だよね? 金に目がくらんだ? 池上さんが?
「どうして……」
「なぁに、シンプルな話だ。俺の目的は最初っから”この落書き”だったのさ」
『Diffusix 5』を片手に掲げ、少しずつ離れていく。
「嘘だ! ずっと俺のこと護ってくれてじゃないか! 危険な目にあったときだって!」
「ははっ。そんなことも、あったかもなぁ。でもな、俺にしてみりゃ、あんなもん、危険でも何でもねぇんだよ。ちょっとスリルを楽しんでたに過ぎねぇんだぜ。それにな、お前さんを護るって約束の三ヵ月も、つい先日で満了だ」
「そんな……だって……今だって、凛ちゃんのこと……」
確かに──最初に出会ったときに飯を奢って、三ヵ月の間は──と、何度か言われていた。
だけど、こんなことって!!
「何か……何か理由があるんでしょ!? 誰かに脅されてるとか……ねぇ!」
「はーっはっはっ、こりゃー随分と好かれちまったもんだな。だがな、世の中、そんな甘くねぇんだ。覚えときな……おっと……お喋りしてる時間が勿体ねぇや。そんじゃー、ここらで《《おいとま》》させてもらうぜ。────あばよっ!!」
そう叫んで、池上さんは走り去っていった。
俺たちが共に追い求めた『Diffusix 5』を持って──
◇ ◇ ◇
あれから、ひと月が過ぎ──
街は年越しムードで静かな盛り上がりを見せている。
真鍋は、ミネギシ探偵事務所で事務作業を手伝うようになっていた。
峰岸さんとは気が合うみたいで、仲の良い姉妹のようだ。小悪魔的な意味で。
俺は池上さんと『Diffusix 5』のその後について、何か情報が得られればと思い、暇さえあれば探偵事務所に入り浸っていた。
「あの日、荒木さんの私設軍隊……三田村だっけ? 池上さんが『ヤベェ奴』って言ってた……あの人らは、どうして、あの場所に現れなかったんだろう」
「どうしたの? 急に」
「うん……今でも考えちゃって。『あの時』『なんで』って。でさ、もし三田村の部隊が出張ってきてたら、大学のキャンパス内で流血沙汰……大事件になってかもしれないじゃないっすか」
「そうねぇ~。三田村が出てこなかったのはラッキーだったわね。何でも、アルバニアから帰ってすぐに、荒木パパとの契約を解消して、中東あたりへ旅立ったそうよ」
「へぇー……本物の戦争屋ってことですかねぇ……」
荒木さんは今ごろ、マグロ漁船で太平洋のどこか、かもしれない。
けど、荒木さんの話はなるべく話題に出さないようにしている。
タッカーさんはティッシュ配り中だし、真鍋は接客中か──
そこへ──
『姐さん、お疲れ様っす』
突然、柳田が現れた。
色々あって、ミネギシ探偵事務所の”ケツ持ち”をやってるのだとか──
「お、シローさんも、お疲れ様っす」
「”さん”って……やめてよ。俺なんか、ただの一般人なんすから」
「はははっ、あのあと、池上の旦那は無事に逃げおおせたんすか?」
「え?」
「ほら、大学から絵を持って、ひとりで走ってたから……」
「あ、あー……」
「あれ? やっぱ、何かあったっすか? 流石の旦那も、あの数相手じゃ──」
「”あの数相手”って?」
「え? 気付いてなかったっすか? あん時、あの大学の周辺、ヤバそうな連中に囲まれてたっすよね?」
「ぇぇー……」
峰岸さんの顔を窺うと、何か知ってたっぽい。目が泳いでいるのがわかる。
「峰岸さん、”全部”教えてください」
「んもぉー……しょうがないわねぇー……柳田ぁー余計なこと言わないでよねぇー」
峰岸さんは柳田にデコピンを入れて、椅子に座りなおした。
「イケガミは元々、ボディーガードには向いてなかったのよ……よく言ってたでしょ? 『俺だけなら、どうとでもなる』って」
そういえば、何度か聞いた覚えがある。
「あの時、恐らくイミルナータのエージェントやら、他の組織の連中も嗅ぎつけて狙ってたみたいね。あのまま、あたしたちが『Diffusix 5』を持ってゾロゾロと移動を始めていたなら、きっと………………」
(荒木さんの私設軍隊どころじゃない、街中で大騒ぎになった……それか、ひとけの無いところで、俺たちは拘束されて……)
「それで、イケガミは自分だけが標的になるように、あんな小芝居を打ったんだと思うわ」
「俺たちを……護るため?」
「そうね」
(いくらなんでも、世界中のエージェントを何人も相手にだなんて……無茶だ)
「大丈夫よ。アイツは、そんなことでやられるほどヤワじゃないから」
「……やっぱり、峰岸さんって、前々から池上さんのこと、知ってたんですか?」
「まぁね、語って聞かせるほどのアレじゃないから──」
コンコンコン☆
探偵事務所への来訪者だ。
「お邪魔するよ?」
ちょうど接客を終えた真鍋が、出迎えに出てくれた。
「はぁ~い……あ、あれぇ~? 防犯ブザーの人……だよね?」
扉を開けて入ってきたのは、スーツの上着を羽織った、あの男──
『|Veritas Animae』の──名前は知らないが、”スーツを羽織った男”だ。
・
・
・
彼はまた、例のタブレットPCを持ち込み、バルタザール氏とのビデオチャットが始まったのだが──詳しい内容は割愛しよう。
あのチョビ髭が『コノヤロー』を連呼していた。
そんなことよりも、池上さんは無事、バルタザール氏のもとへ『Diffusix 5』を届けることが出来たそうだ。
その後、どこへ行ったかまではわからないというが、無事だったとわかっただけでも、本当に良かった。
生きてさえいれば、いつかまた会える。そんな気がする。
さらに、バルタザール氏は、”あらゆる手段”を使って、『Diffusix』シリーズ全てを手に入れたそうだ。
それにより、芹沢さんが最初に流した”都市伝説”がデマだったことが、裏表の世界に知れ渡った。
これで今後、俺たちが『Diffusix』シリーズ絡みで危険な目に合うことは無いだろうと言ってくれた。
バルタザール氏、曰く。
『Diffusix 1』~『Diffusix 4』はただの凡作だった。シリーズとして揃える価値はあったものの、それ以上でも以下でもなかった。
『Diffusix 6』は、先日評価したとおり。
そして、『Diffusix 5』は、想像をはるかに上回る逸品だったと、大変満足したそうだ。
これほどまでにシンプルな構図に、これほどまでに魂が込められた作品には出会ったことがないと。狂気に満ちた『Diffusix 5』として、自慢のコレクションとなったそうだ。
そして、報酬に関して、池上さんは必要経費だけ受け取り、あとは峰岸さんに預けるから、好きなように使ってくれ──ということだった。
おいくら万円あったのかは、あえて聞かないでおこうと思う。
◇ ◇ ◇
「これで、《《ほぼ》》全ての問題が解決したってことで良いわよね?」
(《《ほぼ》》って言ったのは、池上さんのことがあるからかな?)
「わぁい♡ 解決ですねぇ~。寂しいような、悲しいような、嬉しいような……複雑な気持ちですよぉ」
「さぁーて、それじゃぁー、打ち上げと行きましょう!」
(あ、この流れ……また”すずめの囲炉裏”か?)
「シロくん、今、また”すずめ”かって思ったでしょ(にやり)」
読まれた。
「ノンノン♪ 報酬はたんまり、使い切れないほど頂いたのよ? これはもう、ぱーっと海外旅行なんてのは、どうかしら!!」
「きゃー♡ 海外旅行♪ 昇くんと、峰岸さんと、イケちゃんもいてくれたら良かったけど……あ、タッカちゃんも行くよね? ね?」
「いえ、僕はここを離れたくないっていうか、苦手なんですよね。海外とか」
「ぷぅ~……」
「まぁまぁ、そんなワケだから、ひとまず三人で、ね? どこか行きたいとこ、あるかしら?」
そういって、海外ツアーパンフレットの束を、机の上に広げた。
「韓国、エジプト、フランス……カナダ……うーん」
どこでも行けると思うと、”ここ”って場所が無い────いや、あった。
「「ここ! イースター島!!」」
「あははっ 二人とも、そうくると思ったわ♡ それじゃ高橋く……(パチン☆)タッカー、ツアーの申込、頼んだわよ?」
「了解、ボス」
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