2-13.旅の終わり
なぜ、こうなった──
俺の部屋は、1LDKの安アパートだ。
屈強な”大男”と言って差し支えない、池上さんが居候することになってから、もう三ヵ月が過ぎた。
二人居るだけでギリだったこの部屋に、数日前から真鍋が居座っている。
一度帰ったと思ったら、着替えやら何やら持ち込んで、完全に住み込む装備で再訪してきた。
リビングとキッチンの間には、いつの間にかアコーディオンカーテンが付けられて、彼女が風呂に入る際にはビタっと閉じられる。
十一月ともなると、流石に夜は冷え込むからと、布団も一式、追加投入された。
リビングには既に、足の踏み場は無い。
そこへきて、今朝、何をするでもなく、峰岸さんが訪れた。
ベッドをソファー替わりにして、横並びに座り談笑する小悪魔たち。
今日は黒のパンストに、白っ!
見晴らしは悪くないのだが──
(なぜ、俺の狭い部屋に集まっているのだろうか……)
ピロン☆
メッセージの受信を知らせる音が鳴り、俺のスマホが震えた。
『寺島:完成した。アトリエで待つ』
「寺島さんからだ!!」
まるで、このために全員集合していたようなタイミングの良さだ。
俺たちは早速、アトリエへ向かった。
◇ ◇ ◇
移動中、真鍋はスマホを操作して、どこかへメッセージを送信したようだ。
荒木さんだろう。
これから、本格的に『Diffusix 5』の奪い合いが始まるのか?
池上さんは虚ろな目をしている。神経を研ぎ澄ます姿勢らしい。
道中は何事もなく、アトリエに到着した。
ゆっくりとドアを開ける。
──そこに人の気配はなかった。
中央に置かれたイーゼルには、俺たちを出迎えるように『Diffusix 5』が立てられていた。
「これが……完成した『Diffusix 5』……」
「陸くんの魂の叫びを感じるよね」
ひと言で言い表すなら、そこには”狂気”があった。
闇に近い青で塗られた背景。
血のような赤と、闇を切り裂くような黄色の直線が交わる。
ただそれだけなのに、絵の具の置かれ方に鬼気を感じる。
これが、寺島さんが到達したという『Diffusix 5』
手紙が添えられていた。
────────────────────
結城へ
キミのお陰で、ようやく僕も、この領域へ到達することができた。
世界が、いつもと違って見える。
キミにも見えるだろうか。
僕はこのまま、旅に出ることにする。
この感覚が壊れないうちに、1枚でも多くの作品を描かなくては。
『Diffusix 5』は、すでに僕の魂と同化している。
好きにしてくれていい。
僕からキミへの感謝の印として贈らせてくれ。
次また会うときには、共に、また新しい世界を誕生させよう。
それじゃあ、またどこかで。
寺島
────────────────────
「すっごい気迫みたいなのは感じるけど……よくわかんないわね」
峰岸さんは『Diffusix 5』を眺めて首をかしげていた。
ごもっともです。
(うん……申し訳なけど、やっぱり、俺には理解できないや。きっと、この作品の価値を本当に理解できるのは、バルタザール氏のような人なのだろう。この作品は、氏に託すことにしよう。お金のためじゃなく……)
「まあ、これで、バルタザール氏の依頼を果たせるってもんよね? 報酬はどうする? 山分けでいいわよね? ね?」
浮かれながら、アトリエを出る峰岸さん。
慣れない人にとって、ここの臭いはそうとうキツいものだろう。
その時──
『きゃっ!』
外から峰岸さんの声が聞こえた。
アトリエから出てみると、峰岸さんが黒ずくめの男に羽交い締めにされていた。
「盛り上がっているところ申し訳ないが、その絵は僕が頂くよ?」
そこには、数人の黒服と荒木さんの姿があった。
くそっ! 油断してた……てか、池上さんも気付いてなかったのか!?
「(シロー、大丈夫。心配いらない。今は奴の言う通りにするんだ)」
な、何か、考えがある。そうなんだね?
「凛! そいつらの手を縛るんだ」
そう言って荒木は、真鍋の方に結束バンドの束を投げつける。
真鍋は無言のまま、俺と池上さんの手を後ろ側で締め上げた。
「凛ちゃん……」
やっぱり荒木側だったのかと、恨み節のひとつも吐きたくなったが、そんなことに意味はない。
彼女のことを、少しでも信じようとしたのは自分だ。
信じたいと思った自分を、これ以上落としても、意味はない。
「よぉし凛。いい子だ。さあ、『Diffusix 5』を持って、僕のもとへ戻ってこい」
真鍋は言われるがままに、『Diffusix 5』を持って荒木さんの隣に立った。
荒木さんは『Diffusix 5』を奪い取ると高らかに笑いだした。
「くくくっ はははっ あーっはっはっはっ!! ついに、この手に来たか『Diffusix 5』。知っているぞぉ~? 200億円で買い手が付いていることを! それは全て、僕のものだー!!」
すると、隣に立った真鍋も、荒木さんに呼応するように笑いだす。
「うふふ♡ ふふふっ あははははっ! ねぇねぇ、蒼司くぅん、どんな気分? 今、どんな気分!? 最高? 最高よね? ふふふふふ♡」
「ああ~、凛。これもキミのお陰だよ。愛してるよ、凛♥」
「ええ~? 愛? よくわかんないよぉ~。ねぇねぇ、あたしが一番楽しみにしてたのって、どんな瞬間かって話、覚えてる?」
少し、空気が変わった気がする──
「凛が一番……あー、『勝利を確信したヤツを、地の底へ叩き落す瞬間』とか言ってた、あれか?」
「そう! それだよぉ~♡ 今がその『勝利を確信している』とこだよねぇ? ねぇ?」
真鍋はそう言いながら、予め開いていたスマホの画面をタップした。
すると、どこから現れたのか、コワそうな男たちが周辺を取り囲むようにして迫ってくる。
「あれは、柳田……? じゃあ流木会?」
柳田はまっすぐに荒木さんのもとへ歩み寄る。
「な、なんだ、お前たちは! 来るな! 近づくと、あの女の命は……」
「ぁあ? んな女ぁ~知らねぇよ!! 好きにしやがれ。俺ぁてめぇに用があんだよ。なぁ、荒木蒼司」
(ぉぉー……今日は気迫が違う……これが本当の柳田、さん、なのか……)
「な、なんなんだよ……凛? これはいったい?」
「ふふ♡ 蒼司くんさぁー、何にもわかってなかったよね。お金お金って、お金のことばーっかりでさぁー、あたしが、どれだけ……どれだけ椿ちゃんのことを大切に想っていたのかとかさぁー……。蒼司くんが芹沢くんをそそのかして、椿ちゃんを事故に見せかけて殺したの、あたし知ってたんだよ? あの時思ったの。こいつだけは簡単に死なせちゃだめだって。超絶酷い目にあわせてやろうって。だから、ずーっと仲良しのふりして、最後にどん底に突き落としてやるって決めてたんだよぉ♡」
「凛……何を言って……」
「ばいばい♡ 荒木蒼司くん?」
真鍋は、涙を浮かべながら、満足そうに笑って別れを告げた。
柳田はタイミングを計っていたかのように、荒木さんを締め上げる。
「さぁ~て、こっからは俺に付き合ってもらうぜ? 可愛い後輩が世話になったらしいからなぁ……。簡単に逝けると思うなよ? 荒木よぉ」
茫然とする荒木さんの顔を、強引に自分に向かせた柳田は、トドメの言葉を浴びせた。
「お前ぇ、釣りは好きかぁ~?」
そう凄みながら、荒木さんを連れ去った。周りにいた黒服の連中は散り散りに逃げていき、峰岸さんを羽交い締めにしていた男は、いつの間にか逆に、峰岸さんに関節を決められていた。
池上さんは自分で結束バンドを引きちぎり、俺の拘束も解いてくれた。
時間にするとほんの数分の出来事だった。
アトリエ前に残された俺たちは、言葉を発することもなく、互いの無事を確認し合っていた。
「ごめんね? コワい思いさせちゃって……これ、返すね?」
真鍋が、『Diffusix 5』を俺に差し出し、じりじりと後ずさっていく。
「凛ちゃん?」
「椿ちゃんてね、すっごい人だったんだよ? あたしが大学入って、友達とか出来なくって……いやらしい目をした男の子たちに囲まれてたときにね、『コラー!』って助けてくれて……。それからね、友達になってくれて、サークルにも誘ってくれて……椿ちゃんにとって、あたしは『大勢いる友達の中のひとり』だったかもしれないけど、あたしにとっては『たったひとりの親友』だった」
真鍋は、さらに後ずさっていく。
「そんな椿ちゃんが死んじゃったのは、あたしのせいなの! あたしが、あんな、浮かれて、メッセージ、送っちゃったから……。蒼司くんが悪いことしようとしてるの知ってて、止められなかったから!! 全部、全部あたしのせい……だから」
どこに隠し持っていたのか、サプレッサー付きの銃を、自らのこめかみにあてた。
「これで、終わりにするの。昇くん、ごめんね? いっぱい、いっぱい迷惑かけて……………………さよなら」
【パシュッ!】
思わず目を伏せた。
(何も死ななくても……もっと早く、相談してくれていれば!!)
「凛ちゃ……!」
目を開けてみると──池上さんだ。
真鍋の隣に、池上さんが立っていた。
銃口を地面に向けて、真鍋の腕を抑えて──
「お前さんが死んでも、誰も喜ばねぇ。誰かのためとか、責任感じて死のうと思うくらいなら、死ぬ気で生きろ。それが死んでったやつに向けられる唯一の手向けだ。それにな………………いや、今はいい。とにかく、死ぬことだけは許さねえ」
『わぁぁぁああああ────』
堰を切ったように、真鍋は泣き崩れた。
いつも本当の感情を見せようとしなかった真鍋が、
本当の自分をさらけ出すように、大声で泣いていた──
真鍋が落ち着くまで、池上さんは彼女の肩を摩っていた。
あんな優しい一面もあるなんて、ちょっと意外に思えた。
でも──────
俺のもとに来た池上さんは、俺の手から乱暴に『Diffusix 5』を《《奪い取った》》。
「え? なに?」
「さーて、お遊びは、ここまでだ」
読んで頂き、ありがとうございます!
「★★★★★」「ブックマーク」「いいね」頂けると嬉しいです!!




