2-12.甘い誘惑
帰国──
十月下旬。金木犀の香りが濃くなり、ようやく秋の気配が本格的に漂い始めた。
成田空港から直でミネギシ探偵事務所へ向かい、タッキーから状況報告を受けた。
寺島さんの居場所は、いまだ掴めず。それでも、他のどの組織も手がかりを見つけられていないことだけは、確かだという。
俺がこうやって飛び回っているのは、三田村陣営やイミルナータには筒抜けっぽいのに、寺島さんはどうして見つからないのか、謎である。
ひとまず安心したので、すずめの囲炉裏へ向かった。
池上さんの次は峰岸さん、そして今夜は真鍋が加わり、店長には不思議がられたが、”ツケ”も全て清算して、盛大に飲んで飲んで食って食ったのでした。
数日ぶりの日本食に舌鼓を打ち、帰路に就いたのは深夜0時を回ろうとしている頃だった。
玄関のドアを開けると──いつもの、俺の部屋があった。
(……ああ、ようやく帰ってこれたー。やっぱり自分ちは安心するね)
千鳥足の池上さんが、後ろに続く。
そして、その背後から、ひょっこりと顔を出す真鍋。
「だーかーらー、なんで凛ちゃんまで付いてくるんだよ!」
「だぁ~ってぇ♡ もう終電、無いかもだしぃ? 昇くんって、どんな風に暮らしてるのかな~って、気になっちゃって♡」
「何度も言うけど、荒木さんとこに帰ればいいだろ~?」
「ぷぅ~、またっ! そうやって意地悪言うぅ~。あたしは~、蒼司くんとは~、付き合ってるわけじゃないんだからねぇ~?」
「だ、だからって……何で俺んとこに……」
「だってぇ♡……昇くん、お金、た~っくさん持ってるんでしょ? 仲良くしたいなぁ~♡」
天使のような笑顔で、真鍋はすぅっと部屋の中に上がり込んでいく。
「ふ~っ。シロぉ~、俺ぁ~今夜は野暮用あっからぁ、お前ら二人で、な?」
池上さんはそう言い残し、酔いに身を任せて、どこかへと消えていった──
(どうしよう……なんか、色々とマズい状況な気がするんだけど……)
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恐る恐る部屋に入ってみると、真鍋は棚の上の本を覗いたり、冷蔵庫を開けたり、俺のスケッチブックをパラパラ~っと見たり──
”遠慮”というものを知らないようだ。
「思ったよりも、質素な生活なのねぇ~」
「そうかな?」
めっちゃ緊張してる俺──
考えてみたら、女の子を部屋に招き入れたのは、初めてだ。
落ち着け。そ、そうだ。
プランだ。プランを構築するのだ──
(ナニから考える? ナニか? ひ、避妊具か? そんな備え、あるワケな……違う! そうじゃない! 真鍋の目的だ! そうだ。金か。やっぱり金が目的か? えっと……通帳と、重要ノートを肌身離さずに……肌……身……ぎゅ♡って抱きしめたらポシェットの存在がバレバレ……!? おいおいおいー、なんで抱きしめた? 違うでしょ? とりあえず、真鍋に見つからないようにしないとでしょ!? どこか部屋の外へ追いやってから……)
「り、凛ちゃん、先にシャワー使っていいよ?」
「ぇえ? ……んもぉ~♡ 昇くんて、案外エッチなんだね♡」
(し、しまったぁぁあああーーー!!! なるよね? そうなるよね!?)
「や、違っくて、ほら、旅の疲れっつーか、こんな時間だし、は、早くサッパリして、お、ぉお大人しく寝た、寝たいなって。あ、睡眠! 睡眠ね! 寝るって」
「きゃははは♡ なにうろたえてるのぉ~? やっぱり面白いなぁ~昇くんは♡」
くすくす♡ と笑いながら、真鍋は荷物から着替えを取り出して、風呂場へと向かう。
「あ、バスタオルとー……タオル、これ、これ使って! シャワーだけで良いよね?」
「うん、良いよ。ありがと♡ お風呂はー、こっちで良いのかな? あ、あったあった。ここだねぇ。バストイレ別々じゃ~ん♡」
風呂の前で、しばし立ちすくむ真鍋──
「ねぇ、昇くん……」
「ん? ど、どうした?」
「脱衣所って……無いんだね」
(おっとーっ! リビングからキッチン、キッチンから風呂へは直! 遮るものは無し! 池上さんは男同士だし、あんま意識してなかったー!!)
「うしろ、向いててね♡」
「はい、それはもう、よろこんで」
俺のうしろで、真鍋が服を脱ぐ音が聞こえる。
「昇くん、シャワー、一緒にしても、いいんだよ?」
「な!? だ、ダメでしょ! そんな……」
「えへへ、冗談だよぉ~♡」
キィ──パタン☆
シャァァァ────……
(ふぅー……理性、飛ぶとこだった。でも、真鍋は荒木さんと一緒にパリへ行ってたっていうし、そういう経験も……してきたんだろうな。アイスランドでは抱き合ってたし……付き合ってないって言ってるけど、ここで変に関係持っちゃうと、三角関係とか後々面倒そうだ。池上さんーどこ行っちゃったんだよぉー……)
真鍋が脱ぎ捨てた下着が目に飛び込んでくる。
(今まで身に着けていた……脱ぎたてホヤホヤ♡ ダダダダメダメダメ! そんなことより、今のうちに貴重品バッグを隠さなきゃ……)
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しばらくして、シャワーを終えた真鍋と入れ替わりで、俺もお風呂に入る。
真鍋は背を向けていたけれど、異性を目の前にして素っ裸になるなんて、もう”その時”だよな。
女子のあとの風呂場は、背徳感溢れる匂いがした。
テキトーに汗を流して、シャワーを済ませる。
念入りに俺の部分を綺麗にする。
意を決して部屋に戻ると──
真鍋はベッドの上で、モアイのティッシュケースを抱えて、吐息を立てていた。
(あー、うん。そうだよね。疲れてるしね)
安堵と肩透かしの念が交錯する中、真鍋に毛布を掛けて、俺は床で横になった。
椿ちゃんが好きだったモアイ像を大事そうに抱えている真鍋。
彼女は今、何を思ってここに居るのだろうか。
時計は深夜2時を回っていた──
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結城のアパートをあとにした池上は千鳥足のまま、来た道を戻っていく。
路地の角で一度立ち止まり、アパートを振り返る。
「今夜はもう危険な匂いはしねぇ。たまには甘い夜を楽しみな。シロー」
池上は優しい笑みを浮かべて、そう呟き、角を曲がる。
そして、颯爽とした確かな足取りで、駅前方面へと向かった。
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駅前通りにある、ちょっとダークな雰囲気が漂う半地下の喫茶店『SubRosa』。
昼間は喫茶店だが、夜間はバーとして営業している。
「あ~ら池ちゃん♡ 珍しいわね。こんな時間に来てくれるなんて♡」
青髭のマスターは、池上の手を握りながらカウンターの奥に座る男に視線を流す。
カウンターの奥には、首筋に薄気味悪いタトゥーを入れた男が一人。
自分の首を絞めようとするか細い手のタトゥー。
池上は、その男の隣に座り、《《いつもの》》水割りをオーダーした。
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