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俺が描いた絵が62億円で落札された‥だと!?  作者: 角山亜衣
第2部 結城編④

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2-12.甘い誘惑

 帰国──

 十月下旬。金木犀の香りが濃くなり、ようやく秋の気配が本格的に漂い始めた。


 成田空港から直でミネギシ探偵事務所へ向かい、タッキーから状況報告を受けた。

 寺島さんの居場所は、いまだ掴めず。それでも、他のどの組織も手がかりを見つけられていないことだけは、確かだという。


 俺がこうやって飛び回っているのは、三田村陣営やイミルナータには筒抜けっぽいのに、寺島さんはどうして見つからないのか、謎である。


 ひとまず安心したので、すずめの囲炉裏へ向かった。


 池上さんの次は峰岸さん、そして今夜は真鍋が加わり、店長には不思議がられたが、”ツケ”も全て清算して、盛大に飲んで飲んで食って食ったのでした。


 数日ぶりの日本食に舌鼓を打ち、帰路に就いたのは深夜0時を回ろうとしている頃だった。


 玄関のドアを開けると──いつもの、俺の部屋があった。


(……ああ、ようやく帰ってこれたー。やっぱり自分ちは安心するね)


 千鳥足の池上さんが、後ろに続く。


 そして、その背後から、ひょっこりと顔を出す真鍋。


「だーかーらー、なんで凛ちゃんまで付いてくるんだよ!」


「だぁ~ってぇ♡ もう終電、無いかもだしぃ? 昇くんって、どんな風に暮らしてるのかな~って、気になっちゃって♡」


「何度も言うけど、荒木さんとこに帰ればいいだろ~?」


「ぷぅ~、またっ! そうやって意地悪言うぅ~。あたしは~、蒼司くんとは~、付き合ってるわけじゃないんだからねぇ~?」


「だ、だからって……何で俺んとこに……」


「だってぇ♡……昇くん、お金、た~っくさん持ってるんでしょ? 仲良くしたいなぁ~♡」


 天使のような笑顔で、真鍋はすぅっと部屋の中に上がり込んでいく。


「ふ~っ。シロぉ~、俺ぁ~今夜は野暮用あっからぁ、お前ら二人で、な?」


 池上さんはそう言い残し、酔いに身を任せて、どこかへと消えていった──


(どうしよう……なんか、色々とマズい状況な気がするんだけど……)


 ・

 ・

 ・


 恐る恐る部屋に入ってみると、真鍋は棚の上の本を覗いたり、冷蔵庫を開けたり、俺のスケッチブックをパラパラ~っと見たり──

 ”遠慮”というものを知らないようだ。


「思ったよりも、質素な生活なのねぇ~」


「そうかな?」


 めっちゃ緊張してる俺──

 考えてみたら、女の子を部屋に招き入れたのは、初めてだ。


 落ち着け。そ、そうだ。

 プランだ。プランを構築するのだ──


(ナニから考える? ナニか? ひ、避妊具か? そんな備え、あるワケな……違う! そうじゃない! 真鍋の目的だ! そうだ。金か。やっぱり金が目的か? えっと……通帳と、重要ノートを肌身離さずに……肌……身……ぎゅ♡って抱きしめたらポシェットの存在がバレバレ……!? おいおいおいー、なんで抱きしめた? 違うでしょ? とりあえず、真鍋に見つからないようにしないとでしょ!? どこか部屋の外へ追いやってから……)


「り、凛ちゃん、先にシャワー使っていいよ?」


「ぇえ? ……んもぉ~♡ 昇くんて、案外エッチなんだね♡」


(し、しまったぁぁあああーーー!!! なるよね? そうなるよね!?)


「や、違っくて、ほら、旅の疲れっつーか、こんな時間だし、は、早くサッパリして、お、ぉお大人しく寝た、寝たいなって。あ、睡眠! 睡眠ね! 寝るって」


「きゃははは♡ なにうろたえてるのぉ~? やっぱり面白いなぁ~昇くんは♡」


 くすくす♡ と笑いながら、真鍋は荷物から着替えを取り出して、風呂場へと向かう。


「あ、バスタオルとー……タオル、これ、これ使って! シャワーだけで良いよね?」


「うん、良いよ。ありがと♡ お風呂はー、こっちで良いのかな? あ、あったあった。ここだねぇ。バストイレ別々じゃ~ん♡」


 風呂の前で、しばし立ちすくむ真鍋──


「ねぇ、昇くん……」


「ん? ど、どうした?」


「脱衣所って……無いんだね」


(おっとーっ! リビングからキッチン、キッチンから風呂へは直! 遮るものは無し! 池上さんは男同士だし、あんま意識してなかったー!!)


「うしろ、向いててね♡」


「はい、それはもう、よろこんで」


 俺のうしろで、真鍋が服を脱ぐ音が聞こえる。


「昇くん、シャワー、一緒にしても、いいんだよ?」


「な!? だ、ダメでしょ! そんな……」


「えへへ、冗談だよぉ~♡」


 キィ──パタン☆

 シャァァァ────……


(ふぅー……理性、飛ぶとこだった。でも、真鍋は荒木さんと一緒にパリへ行ってたっていうし、そういう経験も……してきたんだろうな。アイスランドでは抱き合ってたし……付き合ってないって言ってるけど、ここで変に関係持っちゃうと、三角関係とか後々面倒そうだ。池上さんーどこ行っちゃったんだよぉー……)


 真鍋が脱ぎ捨てた下着が目に飛び込んでくる。


(今まで身に着けていた……脱ぎたてホヤホヤ♡ ダダダダメダメダメ! そんなことより、今のうちに貴重品バッグを隠さなきゃ……)


 ・

 ・

 ・


 しばらくして、シャワーを終えた真鍋と入れ替わりで、俺もお風呂に入る。

 真鍋は背を向けていたけれど、異性を目の前にして素っ裸になるなんて、もう”その時”だよな。


 女子のあとの風呂場は、背徳感溢れる匂いがした。


 テキトーに汗を流して、シャワーを済ませる。

 念入りに俺の部分を綺麗にする。


 意を決して部屋に戻ると──


 真鍋はベッドの上で、モアイのティッシュケースを抱えて、吐息を立てていた。


(あー、うん。そうだよね。疲れてるしね)


 安堵と肩透かしの念が交錯する中、真鍋に毛布を掛けて、俺は床で横になった。



 椿ちゃんが好きだったモアイ像を大事そうに抱えている真鍋。

 彼女は今、何を思ってここに居るのだろうか。



 時計は深夜2時を回っていた──




────────────────────────────────────




 結城のアパートをあとにした池上は千鳥足のまま、来た道を戻っていく。


 路地の角で一度立ち止まり、アパートを振り返る。


「今夜はもう危険な匂いはしねぇ。たまには甘い夜を楽しみな。シロー」


 池上は優しい笑みを浮かべて、そう呟き、角を曲がる。


 そして、颯爽とした確かな足取りで、駅前方面へと向かった。


 ・

 ・

 ・


 駅前通りにある、ちょっとダークな雰囲気が漂う半地下の喫茶店『SubRosa』。


 昼間は喫茶店だが、夜間はバーとして営業している。


「あ~ら池ちゃん♡ 珍しいわね。こんな時間に来てくれるなんて♡」


 青髭のマスターは、池上の手を握りながらカウンターの奥に座る男に視線を流す。


 カウンターの奥には、首筋に薄気味悪いタトゥーを入れた男が一人。

 自分の首を絞めようとするか細い手のタトゥー。


 池上は、その男の隣に座り、《《いつもの》》水割りをオーダーした。

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