2-11.マイノリティの価値
【タァ──ンッ】
びくりと肩が跳ねる。
目の前にいた、黒いジャケットの男が、胸元を押さえてその場に崩れ落ちた。
濃い血が、じわりと地面を濡らしていく。
黒布を纏った男たちは一斉に散開して、
木の幹に背をつけ、銃口をあたりに向けて警戒を強めている。
「走れ! 寺院の中へ!」
池上さんの声に押されて、俺たちは古びた寺院の中へと駆け込んだ。
半ば廃墟と化している寺院に扉は無く、中もガランとしていた。
「みんな、怪我はない?」
各自、自身の身体をまさぐりながら確認する。
真鍋は俺の腕から離れようとしない。
振り返ると、入り口の外に、黒いジャケットの男が倒れているのが見える。
恐らく、既に死んでいるだろう。
(人が、死んだ……目の前で……俺たちが描いた落書きのために? 寺島さんの絵を追ってるだけなのに?)
「……ロー、おい、シロー! しっかりしろ! 死にてえのか!?」
はっ! 我に返って、頬を叩いた。
「よし。みんな、入り口や窓から離れて、壁際でじっとしてろ……」
池上さんはそう言って壁に張り付き、外の様子を窺っている。
そのとき──
【パンッ! パンパン! パンッ……ダダダダダッ!】
外から激しい銃撃音が響き渡った。
「これ……って、誰と誰が撃ち合って……あ、荒木さんの?」
「ううん? 蒼司くんたち、ティラナに戻ったって、さっきメッセージきてたから」
「それじゃあ、いったい誰が……」
──そして、静寂が訪れる。
ピタリ、と音が止んだ。
耳を澄ましていると、外から足音が近付いてくる。
入り口から差し込む逆光の中に、男の姿が現れた。
男は寺院の中へと歩を進め、中をぐるりと見渡した。
白いスーツの上着を羽織り、青いシャツに黄色のネクタイ。
長髪を後ろで束ねた日本人の男。
どことなく見覚えがあった。
男は俺を見つけると、両手の掌を見えるように掲げて、近づいてきた。
『敵意は無い』という意思表示だろうか。
池上さんも警戒しているが、さっきまでの焦りは感じられない。
スーツを羽織った男は、近くまで来ると、人差し指を立ててから、
ゆっくりと上着の内ポケットへと手を滑り込ませた。
そして取り出したのは──”防犯ブザー”?
”それ”には見覚えがあった。
男は、ゆっくりと、じらすように、防犯ブザーの紐を引いた。
【ギャアアアアアアアアーーーーーー!!!】
(やっぱり、ホラーな叫び声のヤツ!)
池上さんも、峰岸さんも、真鍋も驚いたことだろう。
だが、俺とその男だけは知っていた。この叫び声を。
・
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「いやー、驚かせてしまって、すまない。いつぞやは、”コレ”のせいで、ゆっくりお話しさせてもらえなかったので、ねぇ」
「……池上さんと初めて出会った日、柳田の前に、この人が俺に接触してきてたんです。そうか……柳田の仲間じゃなかったんだ……」
「申し遅れたが、私は──『|Veritas Animae』という財団の者です。結城昇くん、キミの『Diffusix 6』を落札させて頂いた組織の者──と言ったほうが伝わるかなぁ?」
(”手段を選ばない”ヤバい組織!?)
「一応、今日のところは、キミたちの”命を救った者”として警戒を解いて頂けると、ありがたいのだが、ねぇ~え?」
「そうね。助けられたのは確かなようね。それで……何が目的なのかしら?」
峰岸さんが前に出た。
「話が早くて助かるよ。美しいお姉さん♥ ウチのボスが、結城くんとお話しがしたい、と言っていてね」
そう言うと、男は寺院の外に向けて、指をパチン☆と鳴らした。
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何も起きない。
男は苛立ったように寺院の外へ出ると、何語かわからない言葉を叫び、外に居た男からタブレットPCを奪い取るように受け取り、戻ってきた。
「……失礼」
そして、タブレットPCを操作して、ビデオチャットを起動させ、こちらに向ける。
そこに映し出されていたのは、アンティーク調の大椅子に腰掛ける50代くらいの男。白髪混じりのオールバック。碧い瞳と濃い眉、鷲鼻で精悍な顔立ち。
「(バルタザール・クインシー……)」
峰岸さんが呟いた。確か、ヨーロッパのアート業界で“狂気のコレクター”と呼ばれているとか──
カメラが少し引いて、チョビ髭の男が顔を覗かせる。
「(おーっと……ナイジェル・スネッド、彼が通訳に立ちますか)」
スーツを羽織った男は、ビデオチャットに自身の顔が映らないように、俺に耳打ちしてくる。
「(この男はナイジェル。ただの通訳なのだがぁ、とにかくクチが悪い。悪気はないのだが、ね)」
◇ ◇ ◇
タブレットの画面越しに、バルタザール・クインシーは静かにこちらを見つめている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
『Questa opera... è semplicemente divina. Mai visto nulla di simile.』
言葉の意味はわからないが、柔らかく、そして情熱を感じさせる声だった。
横に立っていたチョビ髭の男が、うんうんと頷いて、カメラに向かって声を上げた。
『テメエの Artサクヒンはー、God、カミガカッテタぜ、コノヤロー。コンナモノはー、アリエナイ。ナッシング。マジでカンドー、ダ。コノヤロー』
バルタザール氏は、優しい笑みを浮かべて頷いているように見える。
「ぇぇー……」
なんというか、訳し方に問題がある気がする……。
スーツを羽織った男に視線を向けるが、彼は背を向けてしまった。
バルタザール氏は続けて、さらに語りかけてくる。
『Mi chiedo... quale fosse l’intento, l’anima, il caos che hai voluto imprigionare in quell’immagine.』
またチョビ髭が、うんうんと頷いてカメラに向かう。
「テメエの、Soul、あー、タマシイ? ドンナhellでモエアガッタか? コノヤロー。アレに、ドンナ、オーモイ、ブチコメタのカ、イッテみろ、コノヤロー」
(ちょ……言い方ぁ……!)
どう対応して良いやら、困り果てて回りを見るが──
池上さんは、そっぽ向いてるし、
峰岸さんと真鍋は、ニヤニヤして様子を窺うことに決め込みましたってな顔をしている。
「あー、えーっと」
た、多分だけど、『Diffusix 6』を褒めてくれてるんだよな?
で、どんな想いを込めて描いたのか、聞かせて欲しいってとこだろう。
「あの作品はーですねぇ、なんと言いますかぁー、”無”、そう”虚無”の中で、キャンバスと向き合い、ふと気が付けば筆が走っていた。言ってみれば、そう、魂の静寂」
もう自分でも何言ってるかわかんないや。
『オーケイ!』
そう叫んだチョビ髭は、小声でバルタザール氏に話しかけている。
(絶対、正しく伝わってないと思う……)
しかし、バルタザール氏は満足気に微笑を湛えたまま、さらに言葉を紡いだ。
『È come se l'opera mi parlasse, in un linguaggio di emozioni pure.』
そしてチョビ髭。
『アノArtサクヒンはー、オレサマに、カタリカケル。キモチ、スッキリ、ショウテン。Goodね、ベリベリいいよね』
もう、池上さんも、峰岸さんも、吹き出しちゃってるし。真鍋なんか腹抱えて爆笑してんじゃん。
こっちは泣きたいよ──早く解放してくれぇ。
画面の奥で、バルタザール氏が満足気に頷いて、力強く言い放つ。
『Allora ti chiedo... aiuta me, a trovare il prossimo. Il 'Diffusix 5'.』
ん? 『Diffusix 5』って聞こえたような──
それまで笑っていた池上さんが、目の色を変えた。
『テメエに、タノムぜ、コノヤロー。'Diffusix 5'をモッテコイ、コノヤロー。ホウシュウはー、'Diffusix 6'のサンバイでもイイ』
「おい、シロー、三倍だってよ」
正直、報酬なんて、どうでもいい。
俺が描いた落書きを、こんなにも称賛してくれる人がいることを、素直に嬉しいと感じた。
半面、とてつもない罪悪感にもさいなまれた。
本当に冗談で描いた”落書き”だったのだから。
でも、寺島さんの『Diffusix 5』は違う。
彼は本当に魂を込めて、『Diffusix 5』に取り組んでいる。
そんな、寺島さんの作品を、まだ見てもいない作品を、ここまで欲しがる人がいる。
それが、なんだか嬉しかった。
「きっと、俺が、俺たちが見つけて、届けてやるぜ、コノヤロー!!」
たとえ”それ”が誰にも理解されないモノだったとしても。
”それ”を必要としてくれる誰かがいるなら──届ける意味は、あるんだ。
チョビ髭は満足気にほほ笑むと、バルタザール氏に何かを告げて、
二人、カメラの向こうでサムズアップにウインクしながら、ビデオチャットを終えた。
──俺が描いたのは、本当にただの落書きだったんだ。
でも、その落書きに心を動かされる人がいた──彼の”想い”は、
誰も笑えない。
誰も否定しちゃいけない。
見る人がいて、感じる人がいる限り、それは”意味のあるもの”になる。
少数派だろうが、変わり者だろうが、それが誰かの”救い”になることだってある。
多数派じゃないって理由だけで、否定されることなんて、あっちゃいけないんだ。
それを、俺が、俺たちが描いた『Diffusix』シリーズが伝えられるというなら──
あの落書きたちは、”意味のあるもの”になったのかもしれない。
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