2-9.旅のお供
「イケガミー、もう少し、笑顔で!……はい、こっち見て? 撮るわよー♡」
眩しい陽射しの下で、峰岸さんがスマホを構えてはしゃいでいる。
背景に映るのは、ティラナ中心部のスカンデルベグ広場。
観光客や地元の人々でごった返していて、陽気な音楽が鳴り響いている。
──アルバニア共和国。
イタリアを『ブーツの形』に例えるなら、その”かかと”から、アドリア海を挟んだ対岸にある国。そこがここ、アルバニア共和国だ。
俺たちは今、その国の首都ティラナにいる。
夏の終わりを感じさせる十月の風は、ほどよく涼しく心地よい。
《《あの動画》》の中で寺島さんが最後に言っていた言葉がアルバニア語だと判明したのは、帰国後、タッカーさんと峰岸さんが調査してくれた成果だ。
それに加えて、アトリエに残されていた(柳田に売られてしまった)寺島さんの絵が、アルバニア中南部の都市ベラトの風景らしいことを突き止めてくれた。
さっそく三人で、この国へやってきたのだが、思ったとおり──峰岸さんは観光を楽しんでいる。
(……ん?)
ふと、広場を横切る人の流れの中に、違和感を覚えた。
黒いジャケットを着た男が、俺たちから一定の距離を保ちながら、視線だけを向けてくる気がした。
感じる視線は彼一人じゃない。
新聞を片手に歩くスーツの男、あっちのベンチに座っているアフロのばあさん。
はしゃいでいる日本人観光客に目を向けただけなのか、それとも──
「(……池上さん)」
俺が小声で呼ぼうとした瞬間、池上さんはチラリと視線を寄こして、ニヤリと口角を上げた。
(『気付いてるよ』……ってことか)
さらに峰岸さんも、大げさにカフェのメニューを指差しながら、囁いた。
「シロくん、《《視線》》を気にしちゃダメよ。楽しんで、ね♡」
(……二人とも最初から分かってたんだな……)
◇ ◇ ◇
俺たちは、わざとらしいほどの観光客ムーブを続けながら、広場を抜けていった。
人混みから少し外れ、細い路地へと入る。
「(あの角を曲がったら、次の角まで走れ)」
池上さんの低い声に、俺は黙った頷いた。
・
・
・
「(今だ! 走れ!)」
ダッシュ! 次の角まで──と、遠い!?
そして、峰岸さん、脚、遅っ!!
振り向くと、黒いジャケットの男が角を曲がったところだった。
こちらが走っているのを見つけて、慌てて追いかけてくる。
「お前ら、止まらずに行け」
池上さんが道を塞いで立ちはだかる。
俺は峰岸さんのペースに合わせて、次の角を目指す。
──なるほど。
胸の大きさ、そして揺れ、それが速度に影響を及ぼしている元凶かもしれない。
そんなことを、0.3秒で分析していると、背後から池上さんと黒いジャケットの男が揉み合う音が聞こえてきた。
・
・
・
「(はぁ、はぁ、はぁ)ヒールで、走るもんじゃ、ないわね(はぁ、はぁ、はぁ)」
ぁぁー、速度に影響を及ぼしていたのは”そっち”でしたか。
すぐに池上さんが合流してきた。
黒いジャケットの男の様子を見ると、壁を背に座り込んでぐったりしている。
「(殺しちゃったの?)」
「いんや、しばらく寝ててもらうだけさ。寝起きは最悪な気分になるだろうけどな」
「何者かしら?」
「ありゃ、イミルナータの構成員……だな。腕に『三つ目と逆ピラミッド』のタトゥーがあった」
(『イミルナータ』……芹沢さんが流した都市伝説を信じて、『Diffusix』シリーズを揃えようとしている秘密結社……だったか)
「今回の旅は、面白くなってきたな」
そういって池上さんは、指をペキポキと鳴らした。
「騒ぎを大きくしちゃダメよ? さ、行きましょ。バスの時間に遅れちゃうわ」
◇ ◇ ◇
俺たちはティラナ南バスターミナルから発着する大型バスに乗り込んだ。
目的地は──寺島さんの絵に描かれていた街、ベラト。
(イミルナータに、尾行られてたってことは、俺たちの動向が筒抜けってことなのか……。荒木さんたちにもマークされていると思ったほうがいいよな。もしかしたら、このバスの乗客の中に“刺客”が紛れているかもしれない)
俺の後ろのシートに峰岸さん。通路を挟んで横並びに池上さんが座った。
幸い、他の乗客が少なかったので、ゆとりを持って席を確保できた。
他の乗客を見渡してから席につく。
荷物を隣のシートに置いて、窓の外を警戒する。
疑心暗鬼になってしまって、見る人すべてが怪しく思えてくる。
(今スマホを耳に当てた奴……どこかに連絡してるんじゃ? 一瞬目があって逸らしたおばさん! 明らかにこっちを警戒してそうな……)
「あのぉ~、隣ぃ、空いてますかぁ~?」
突然の女の声に、思わず肩が跳ねた。
聞き覚えのあるふわふわとした日本語。
ゆっくりと首を回して声の主を確認する。
──やはり、真鍋だった。
「……なんで、また」
「え~? 言ったよね? 『またね♡』って。既読、付いてたよぉ?」
池上さんは、諦めたようにシートを倒して帽子を顔にかけた。
峰岸さんは、愛想笑いを浮かべて、手をヒラヒラとさせている。
仕方なく、隣のシートに置いた荷物を足元に下ろした。
「ありがとう♡ やっぱり昇くんは優しいなぁ。好きよ♡」
真鍋の他に乗り込んできた客が居ないか、慌てて確認する。
「心配しなくても、あたし一人だよ? 蒼司くんとは別行動なんだ♪ カンザキさんて人とチャッ友になったから、いろいろ教えてもらえるんだぁ~♪」
”カンザキ”に反応したのか、池上さんがチラリとこちらに視線を寄こした。
”三田村”に続いて、”カンザキ”という人も、裏稼業で有名人なのだろうか。
・
・
・
俺の不安を他所に、
エンジンが低く唸りを上げ、
古いバスは埃っぽい幹線道路を走り出した。
読んで頂き、ありがとうございます!
「★★★★★」「ブックマーク」「いいね」頂けると嬉しいです!!




