2-8.狂気の呼び声
「それじゃ、再生するわね」
寺島さんが残していったUSBメモリーには、動画ファイルが1つだけ保存されていた。
──────────
(コンテナハウスの室内……キャンバスの裏面越しに、人影が映る)
『……んん。あー、今、この動画を観ているキミは、”キミ”かな?
そうであって欲しいと願っている。もし、”キミ”じゃないのなら、
この先の話は意味をなさないので、止めてくれていい』
(人影は、天を仰ぐような動きを見せる)
『”キミ”だ、ということで話をさせてもらうよ。
まずは、この場所を見つけ出せたことを称賛させてくれ。
ボクからのメッセージと、アトリエに残してきた絵が……
キミを導いたと信じている。
ボクは『Diffusix 5』を完成させるために旅をしている。
結論から言うと、『Diffusix 5』はまだ完成の域には到達していない』
(突然、人影の雰囲気が豹変する)
『ああ、ああ! もう少し。あと少しなんだよ!
ああー、ぁぁぁああああー! 聞こえるんだぁ!
声が! 「まだだ」 「もっとだ」と言っているんだ!!
”キミ”が聞いたのはコレなのか!? なぁ、そうなんだろお?
何が足りない?……あとは……(ボソボソ、ボソボソ)……』
(頭を抱えてもがくように震える人影)
『Duhet të shkoj. Dëgjoj një zë që më thërret. Atje.』
(人影はキャンバスの横を回り込んでカメラに近づき、レンズを覗き込む)
──────────
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狂気すら感じる動画に、俺たちは言葉を失った。
「えーっと……、この動画に映ってた人影が、寺島くん、かしら?」
「そう……だと思います。だいぶ雰囲気がアレですけど……多分、本人です」
「なんつーか……相当キテるヤツだなぁ」
どうして、そこまで『Diffusix 5』にこだわるのか、正直理解できない。
「”アトリエに残してきた絵が導いた”って言ってたけどー、何のことかわかる?」
「いえ、アトリエにあった絵は全部、あの柳田って人たちが持ち去ったみたいですから……そっか、その中にヒントがあったんだ」
「高橋くんが居なかったら、ここへは到達できないとこだったわね」
「次の行先も、タッカーさんなら調べられますか?」
「そうねぇ……出入国くらいはわかるだろうけど、今回この場所を見つけられたのは、運みたいなものだから……」
「寺島さん、最後にまた外国の言葉を喋ってましたよね? 何て言ってたんだろ?」
「ちょっと待ってねー」
動画の最後の部分だけ、何度か再生してみる。
「うーん……イタリア語に聞こえないこともないけど……」
「日本人特有の発音もあるからなぁ。トルコ語ぽくもあり、セルビア……いや、マケドニアっぽくもある」
「アトリエに残ってた絵があれば、わかりそうですよね?」
『柳田か』
峰岸さんと池上さんは、顔を見合わせて、ため息を漏らした。
「とりあえず、日本に帰りましょう」
「今戻ると、荒木たちと鉢合わすかもしんねぇぜ?」
「う……じゃ、じゃあ、ちょっと時間潰してからですね」
「あ、それなら、今日はこの村で一泊して、明日、北回りで帰りましょう♡」
峰岸さん、やっぱり観光が主目的だ──
◇ ◇ ◇
帰国──
十月の東京は、秋の気配はまだ遠く、とても暑い。
柳田たちに部屋を荒らされて、池上さんたちが脅しをかけてくれて──
『俺が責任持って綺麗にさせてもらうぜ』と言われたあと、初めての帰宅となる。
郵便受けに溜まったチラシを除けると、部屋の《《新しいカギ》》が置かれていた。
簡単に解錠されない”いい鍵”に付け替えてくれたそうだ。
部屋に入ると、若干の違和感はあるものの、思ってた以上に綺麗に整っていた。
「へぇー、柳田って人、やることはちゃんとやる人なんだね。さすが、そっち系の人、やると言ったらやれる人……」
台所の箸立てに目が留まった。
「いや、コレは無いわぁー」
折られた箸が、テーピングで繋がれていた。
ゴミ箱行きである。
まさかと思い、戸棚を開けてみると──
「ぁぁ……」
割られていた皿は、ボンドで張り合わされていた。
ゴミ箱行きである。
どれもこれも百均で買い揃えた品なので、特段思い入れがあるわけじゃないが。
「さーてと、ヤツから連絡があるまでは、することがねぇな」
池上さんは、柳田に連絡して、アトリエから持ち去った物も全部、元の場所に戻せと指示を出してくれていた。
「そうですねぇ。しばらくは”大学生”やらなきゃかな」
ほんの一ヵ月ほど前は、お金に困っていたのに、今は使っても使っても減る気がしない。
それでも、庶民の暮らしというのは、沁みついているらしく、新しい食器と箸は百均で買い揃えた。
ちょっと高めの箱ティッシュで悦に浸れる。
今のこの気持ちを、忘れずにいたいと思った。
◇ ◇ ◇
久しぶりの大学──
いくら大金を手に入れたからといっても、やはり大学はちゃんと出ておきたい。
まだだ。まだ、ギリ、単位は足りているはずだ。
講義の内容は、まるで頭に入ってこなかった。
なんだか、違う世界のスローライフ系ドラマでも見せられているような、おかしな感覚。”心ここに在らず”とは、このことだ。
昼の食堂では『特盛カツカレー』を注文した。
以前は、お財布に余裕のあるときにだけ注文していたメニューだ。
食堂のおばちゃんに『バイト代でも入ったのかい?』と声をかけられた。
普段、誰が何食べてるのか、どこまで把握してるのだろうかと疑問に思う。
テキトーな席について、ふと、一ノ瀬母の言葉を思い出した。
『三日連続で学食のカレー食べてたーとか、クリーニングのタグ付けたままコート着てきてたとか。そんなことを毎日のように聞かされるものだから……』
椿ちゃんが母親に報告していた日常の一コマだ。
(今日は、カレーはカレーだけど『特盛カツカレー』なんだぜ?)
心の中で、そう呟きながらスプーンを入れた。
そこへ、生姜焼き定食を持った池上さんが現れた。
この一ヵ月ちょっとの間、基本的にどこへ行くのも一緒だ。
たまに、ふらっと姿が見えなくなるけど、気付いたら近くにいてくれる。
『三か月キッチリ、俺が警護してやるぜ』と言ってくれていた通り、ずっと護ってくれている──ようだ。
「池上さん、どっか行きたいとことかないの?」
「ぁあ? そうだなぁー。久しぶりに”すずめの囲炉裏”とか、どうだ?」
「……いや、そういうのじゃなくって……ほら、ずっと俺に張り付いててくれるじゃない? なんか申し訳なくって……」
「なんだ、そんなこと気にしてたのか。いいか? お前にとっての日常が、俺にとっての非日常なんだ。こちとら毎日が刺激的だぜ?」
池上さんはそう言って、美味しそうに生姜焼きを頬張った。
◇ ◇ ◇
数日後──
柳田から連絡が入った。
アトリエへ向かうと、柳田と数人の組員らしき男たちがいた。
何て挨拶すれば良いのか戸惑いながら、愛想笑いを浮かべて会釈してみる。
ビシッとした姿勢で頭を下げる柳田と男たち。
(ひえぇー……そこまでしてくれなくても……あ、池上さんに対して、なのかな?)
アトリエの中に入ってみると、何枚もの絵が無造作に積まれていた。
落書きされた石膏像も戻ってきた。
文化祭で作ったモアイ像は破損が酷い状態だったけど、俺のイーゼルはちゃんと戻ってきた。
しかし、ざっと見た感じ、寺島さんの作品が見当たらない。
「ウチの倉庫に残ってたのは、これで全部になりやす。絵が何枚か売れちまってて……」
「どんな絵が売れたか、写真とか残ってねぇのか?」
「あ、あります、あります。ネットオークションなんで、出品するとき撮ったヤツが……コレと、コレと──この三枚っす」
柳田のスマホを覗き込むと、三枚とも寺島さんの絵だった。
「その画像、転送してもらえますか?」
キャンバスに何かしらの暗号が隠されてたらアウトだけど、さすがにそこまではしてないだろう。
送られてきた画像を改めて見てみると、つい先日訪れていた、アイスランドの景色があった。
これがヒントになってたってことだろう。
他の二枚のうち一枚は富士五湖のどこかだろう。
もう一枚は、外国の風景だった。
(これだ、きっと、この国に居るんだ)
俺は黙って池上さんに視線を送り、頷いて見せた。
「よし、ご苦労だったな。もういいぞー。これで何か食って帰りな」
そう言って、池上さんは柳田に封筒を渡した。
裏稼業なりの作法みたいなのがあるのだろうか。
使うだけじゃなく、報酬も──
(いや、盗んでった物を返してもらっただけ、だよな……)
封筒の中身を改める柳田。
中身は現金じゃなくて、何かの割引クーポンだった。
そりゃそうだ。こっちは一方的に迷惑をかけられただけなんだから。
「そんじゃ、詳しい話は探偵事務所の方でやるか?」
「ですね。近日中にお邪魔しますって伝えてあるので、行ってみましょう」
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アトリエに戻された俺たちの作品の中には、荒木さんや真鍋が描いていたもの、それに、椿ちゃんの作品もあった。
落ち着いたら、きちんと整頓しよう。
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