2-6.閉ざされた道
国道ルート1、通称リングロードから脇道へ入って、小一時間ほどでボルガルフィヨルズル・エイストリに到着した。
「やだ、この村、袋小路じゃない」
地図を確認していた峰岸さんが、何か気付いたようだ。
「ちっ」
つまり、寺島さんを見つけ出して、一緒に村を出たとしても、リングロードに戻る間の一本道で、荒木さん率いる私設軍隊御一行様と鉢合わせる可能性があるということだ。
『ここからは他の逃げ道は無い』──背筋がひやりとする。
時刻は朝の8時を過ぎたところ。
日本とは違い、24時間のコンビニエンスストアはない。
カフェなどのお店もまだ閉まっている。
「さて、どうしたもんか……」
すると、カフェの店先で、従業員らしいお姉さんが開店準備をしているのを見つけた。
「よし、ちょっくら聞き込みしてくるわ」
池上さんはそう言うと、ジャケットの襟を直して、お姉さんのところへ向かっていった。
「助かるわ。よろしくね♡ 怖がらせちゃダメよ?」
峰岸さんが小声で釘を刺す。
池上さんは、程よい距離を保ったまま、身振り手振りを交えながら話している。
時折、気さくに笑ってみせるあたり、案外こういうのは得意なのかもしれない。
──しばらくして、池上さんは戻ってきた。
「ラッキーだ」
「何かわかったのね」
「日本人のアーティストが、この村に滞在してるってのは有名な話だったよ。娯楽の少ない集落だ。珍しい者が来りゃ、すぐに噂が広まるんだろうよ。滞在している小屋の場所も聞いてきた。すぐそこだ」
順調にことが運んでいる。ちょっとコワいくらいだ。
◇ ◇ ◇
小屋は質素なコンテナハウスだった。
壁には色とりどりのペンキの跡や、謎の張り紙、ドアには何ヶ国語かで「歓迎」の文字が書かれていた。
ゴンゴンゴン☆
鉄製のドアをノックしてみるが、返事はない。
ゴンゴンゴン☆
──やはり、返事はない。
まだ寝ているのかもしれない。
そっとドアを引いてみると、鍵は掛かっておらず、ギィーと音を立てた。
部屋の中から、油絵具の匂いが混ざった冷たい空気が漏れ出てくる。
中は薄暗く、生活感がうっすらと残るだけ。
「……いない」
俺の呟きを聞いて、池上さんと峰岸さんが手早く室内をチェックする。
ふいに、背後から声を掛けられた。
『Eruð þið þeir sem eru að leita að þessum Japana?』
(え……なんて?)
池上さんが応対してくれた。
間近で聞いたのは初めてだけど、池上さん、アイスランド語ペラペラなんだ。
今更だけど、そういうの”出来そう”なのって、どちらかというと峰岸さんの方だったけど──表情から察するに、ヒアリングはチンプンカンプンらしい。
『ねぇ昇くん、おじさんたち、何て言ってるのかなぁ?』
『さ、さあ……現地の言葉っぽいから、俺にも聞き取れないや』
それが英語だったとしても、怪しいものですが。
池上さんは、『ちがうちがう』みたいに両手をヒラヒラさせたかと思うと、俺を指差してニカっと笑って見せている。
どういう会話をしているのか気になる──。
しばらくして、話しかけてきた老人は池上さんに何かを手渡し、手を振りながら去っていった。
「あの老人は、この小屋の管理人みたいなもんだったよ。ここにいた男は”また旅に出る”と言って、数日前に村を出たそうだ。向かった先まではわからないと。しかし──」
池上さんは、老人が手渡してきた物を見せてくれた。
「USBメモリー?」
「『自分と同い年くらいの日本人が訪ねてきたら、コレを渡してくれ』と頼まれてたそうだ。『こんなにすぐに来てくれるなんて、肩の荷が下りたよ』って喜んでたぜ」
「次の行先のヒントかしらね? 車に戻りましょう」
峰岸さんが言ったその時、池上さんが顔を曇らせた。
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「姿勢低くしろ。……来たぞ」
池上さんの視線の先、村の入口付近のガソリンスタンドに二台の黒いワゴン車が停車するのが見えた。
「あれは……荒木さん……!?」
「だろうな。予想より早く着きやがったか……っ」
反射的に、小屋の陰に身をひそめる。峰岸さんも俺の腕を引いて、低く姿勢を落とした。
直線距離にして80mもないくらいだろうか。
こちらから見えているのだから、向こうからも──下手に動いて目立つのはマズい。
俺たちは死角になるように移動して、なんとか車に乗り込んだ。
「さて……どうしたものか」
「このまま、しれーっと村を出るってわけには、いかないかな?」
「車はおろか、人だって歩ってねぇんだ。確実にチェックされるだろうよ。ましてや社内に居るのが日本人となりゃ~……」
車内からコッソリ様子を窺う。
一台ずつ順に、ガソリンを入れているようだ。二台目に取り掛かっている。
「あいつは……『三田村』じゃねぇか!? ヤベェの連れてやがるな……」
スマホのズームで相手の人数なんかを確認していた池上さんが呟いた。
裏稼業ってやつだろうか。顔と名前が知れている人物がいるってことは、今がどれだけ危機的な状況なのかということを、改めて思い知らされる。
「あたし、行くね?」
突然、真鍋が声を上げた。
「凛ちゃん、行くって……」
このタイミングで『行く』だと?
(荒木さん側のスパイとして送り込まれたかもしれない彼女だ。このまま行かせちゃったら、こっちの居場所を伝えられて、速攻でヤツらが来るに違いない。……いや、そもそも彼女が一緒に居る時点で、GPSで場所はバレてるんじゃないのか? ……それともGPSで追跡なんてされてない? だとしても……)
「大丈夫。昇くんたちのことは、絶対に蒼司くんにバレないようにするから。信じて?」
「凛ちゃん……」
唇を震わせながら、無理矢理に笑顔を作ろうとしているのがうかがえる。
疑われるのは覚悟の上での提案ってことか。
池上さんと峰岸さんは黙っている。判断は俺に委ねると言われているみたいだ。
(もし、真鍋が荒木さん側だとしたら、このまま行かせるのは即アウトを意味するだろう。じゃあ行かせなかったら? 荒木さんたちの目を盗んで、うまく村を脱出できるかもしれないけど、GPSでの追跡が無いとは言い切れない。そもそも、そんなに都合よく脱出できるかどうかもわからない。池上さんが厳しそうにしているくらいだ)
「……昇くん?」
「凛ちゃん、でも、どうやって……凛ちゃんだって危険なんじゃないのか?」
「あたしなら大丈夫だよぉ。蒼司くんは~、あたしにラブだから♡」
そう言って、手でハートマークを作る。
「でもぉ~、心配してくれて、ありがとうね♡ 昇くん。たった一晩だったけど、っていうかぁ、ずっと寝ちゃってたけど、みんなと旅が出来て、楽しかったよ? ホントはもっといっぱい、い~っぱい色んなとこ行きたいんだけど、それは、また今度、ね。だから……」
「凛ちゃん……」
「今は、行かせて?」
信じることにした──。
少なくとも、今、この場をどうにかしてくれると──信じる。
黙って頷く。
池上さんと峰岸さんも、真鍋と視線を交わして頷いた。
「ありがとう」
そう言い残して、真鍋は静かに車から降りて、荒木さんたちの方へ走っていった。
・
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俺たちは何もできず、ただ固唾をのんで見守るしかなかった。
黒いワゴンから、男が一人降りてきた。遠くてよく見えないが多分、荒木さんだ。
二人は、しばし車の前で言葉を交わしてから、ぎゅーっと抱き合った。
そして、ワゴンに乗り込む。
「(さぁて、どうなるかな……)」
やがて、黒いワゴンは二台とも、静かに走り去っていった。
「……なんとか、なったみてぇだな」
「あの子、うまくやれたみたいね」
「……凛ちゃん」
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
昨夜の彼女の涙が本物だったのか、幻だったのか、今は考えないことにした。
「さぁて、感傷に浸ってても始まらないわね。寺島くんが残していった”それ”の中身を確認してみましょ♡」
峰岸さんは、俺が握っていたUSBメモリーを指差した。
あえて、必要以上に賑やかに振る舞っているように見える。
ピコン☆
メッセージの通知音が鳴った。
──────────
真鍋:
またね♡
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返信はせずに、そっと閉じた。
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