2-5.疑心の涙
キュルルルルッ──
静まり返ったヴィークの街を、車の急発進する音が突き破った。
池上さんがハンドルを握ると、まるでカーチェイスが始まるかのように、レンタカーは夜の国道へと躍り出た。
(ぇぇー……もっとこう、コッソリ逃げるように行くんじゃないんだ……)
後部座席には、俺と真鍋が座る。
窓の外は、薄っすらと月明りに照らされていた。
「……ねえ、昇くん」
真鍋がぽつりと呟いた。眠たげな声だ。
「椿ちゃん、死んじゃったん、だよぉ……」
一瞬、言葉に詰まる。
「ぁぁ……今でも信じられない……」
事故ってことで処理されたが、峰岸さんの調べでは殺人──しかも、芹沢さんが絡んでいた可能性があったという。
その芹沢さんは、パリで射殺されたので、真相は闇の中だ。
どこまで話題にしていいのかどうかも分からないまま、俺は口を閉ざした。
「椿ちゃんね、昇くんのことが、大好きだったんだよ?」
椿ちゃんの部屋にあった俺の写真、スマホに残されていた画像などを思い出し、胸が締め付けられる。
(真鍋、どうして今、そんな話を……)
「悲しいよね…………ね……」
真鍋はそう言うと、俺の肩にそっと体重を預ける。
そのまま静かに寝息を立て始めた。
彼女の目元から、涙がひと粒、頬を伝って落ちていった……ように見えた。
「シロくんも、寝てて良いのよ」
助手席でカーナビを操作していた峰岸さんが気遣ってくれた──ような気がした。
──────
────
──
◇ ◇ ◇
何時間経ったのだろう──
いつの間にか寝入っていたようだ。
真鍋は、まだ俺の肩に頭を乗せたまま、小さな寝息を立てている。
窓の外を見ると、水平線に鮮やかな朝焼けが広がっていた。
「ぉぉー……すげー……」
「ん……?」
真鍋がゆっくり目を開け、ぼんやりと朝焼けを見つめている。
「お二人さん、おはよ♡」
「あ、おはようございます! すみません……すっかり寝入っちゃって……」
「いいのよ。気にしないで。あと、1時間くらいで到着するわよ」
そうだ、追手は──
後ろを振り返ってみたけど、見える範囲に他の車両は見当たらなかった。
「池上さん、夜通し走りっぱなしですか?」
「おおよ。なんてことねぇよ。俺は三日三晩カーチェイスを繰り広げたことだってあんだからよ」
そんなに走り続けられる車は無い、と思ったけど、黙っておこう。
真鍋の様子を見ると、スマートフォンを操作していた。
まさか、こっちの場所を荒木さんに連絡するのか!?
「あわわぁー……蒼司くんから、すっごいたくさん着信が入っていたよぉ……メッセージもきてるけどぉ、全部既読無視しちゃえ」
本当に荒木さんを裏切って逃げてきたのだろうか。
それとも罠か。こちらの位置や情報を荒木さんに流しているとか。
(スマホの電源入った状態なら、GPSとかで居場所が筒抜けなんじゃ?)
池上さんと峰岸さんは、”そんなこと”は百も承知だろう。
それでも素知らぬふりをしてるってことは、”あえて”好きなようにさせている?
そう考えると、昨夜、ヴィークの街を出る時も、きっと”あえて”派手に音を立てて、出発したのかもしれない。
『お前らがスパイしてんの、バレバレだぜ?』って意思表示だったとか──
俺は俺に出来ることをやっていこう。
「ねえ、凛ちゃん。俺が連絡出来なかった一ヵ月の間に、サークルで何が起こっていたのか、教えてくれないかな」
ミネラルウォーターのペットボトルを手渡しながら、まずはざっくりと切り込む。
「うん、いいよ。あたしが知ってることは全部、教えてあげるぅ」
真鍋はペットボトルを受け取ると、コクンコクンと喉を潤してから、喋り始めた。
「直人くんから、昇くんがハートブレイクだって聞いてから何日かあと、蒼司くんからね、あたしの絵……『Diffusix 4』が、すっごい高く売れたって聞かされたの。それでね、嬉しくなって、椿ちゃんにも教えてあげたんだけど、椿ちゃん、なんだか怒り出しちゃって……」
真鍋は言葉を詰まらせながら、続けた。
「椿ちゃん、『こんなことするのはアイツしかいない!』って言って、アトリエに集まったときにも、すっごく怒ってて……。でも蒼司くんが、あとは調べておくからって言って、その場は解散したの」
池上さんと峰岸さんは、まっすぐ前を向いたまま、黙って話を聞いてくれていた。
「それからね、何日かして、椿ちゃんが……車にはねられて死んじゃったって……(ひっく、ひっく)」
真鍋は大粒の涙を流して、泣き出してしまった。
これがもしも演技だとしたら、女優にだってなれるだろう。
「椿ちゃんの、お葬式のあと、何日かしてからね、突然、蒼司くんが『パリに行くから一緒に来い』って。旅費は出すからって。でね、急にどうしたのか聞いたら、『Diffusix』シリーズを持ち出して売っちゃったのは、直人くんの仕業だって。いっぱい稼げたから、山分けしようって誘われてて、パリで落ち合うんだって」
ここからは昨夜も聞いた話だな。
「なるほど……そしたら、芹沢さんが殺されてた、だね。そのあと、荒木さんと真鍋は、どうしてたんだ? 『Diffusix』シリーズが売れたお金も受け取れなかったんだよな」
「うん……。でも、蒼司くんお金持ちだから、そのままパリ観光していこうって話してたら、そしたらね、昇くんの『Diffusix 6』がすっごい値段で落札されたってニュースを見て、蒼司くん、コワい顔になって、『寺島の仕業だ』って怒り出しちゃって……」
ペットボトルの水を、ゴキュゴキュと飲んでから続けた。
「(ぷはぁ)蒼司くん、実家とかに連絡してね、コワい人たちがゾロゾロやってきて、寺島を探し出して『Diffusix 5』を手に入れるんだー!って、軍隊の隊長になったみたいになって」
そこで池上さんが割り込んできた。
「ちょっと聞いておきたいんだが、その”コワい人たち”ってのは武装してたりしたか?」
「武装? あ、はい。鉄砲を持ってました。ずががががーって弾がいっぱい出そうな鉄砲」
「そうか、私設軍隊ってとこだな。そいつぁ、ちと厄介かもしれねぇなぁ」
「あら、イケガミでも敵わない?」
「……俺ひとりなら、どうってこたぁねぇけど……お前ら護りながらってなると、白旗が欲しくなるかもしんねぇよ」
「荒木さんたちとは出会わないことを祈りましょう……凛ちゃん、荒木さんは、今どの辺りなのか、わかる?」
どこまで向こうの情報を正確に流してくれるのか、信用できるかどうか。
真鍋はスマホを開いて、荒木からのメッセージを確認している。
「んー……昨日の夜はぁ、ヴァルマヒルズってとこに居たみたい」
すぐさま、峰岸さんが場所を確認する。
「……ここね。朝まで滞在しててくれれば、5~6時間の猶予はあると思うわ」
「よし、さっさと寺島ってのを探し出して、ずらかるとすっか。着いたぜ、ボルガル……なんとか村だ」
建物がまばらに立ち並ぶ集落、ボルガルフィヨルズル・エイストリに到着した。
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