2-3.観光じゃないよ
白いワゴン車は、俺たちの車の行く手を阻むように、少し先で停車している。
「シロー、ゆっくりだ……」
さらにスピードを落として、ゆっくりと近付く。
「よし、停めろ。様子を見てくるから、お前たちは車から降りるなよ。あと、ドアのロック、掛けとけ」
そう言い残し、池上さんは車を降りて、ゆっくりとワゴン車に近付いていった。
ワゴンの中からは、分厚いコートを羽織った白髪の老夫婦が降りてきた。
「……地元の人かしら」
と言いながら、峰岸さんはスマホのカメラをズームして観察している。
遠目に見ていると、老夫婦は困った顔で池上さんに何かを話しているようだった。
池上さんは慣れた様子でうなずいて、ワゴンの後ろへ回りこむ。
「パンクみたいね」
峰岸さんがポツリ。
その通りだった。
池上さんは手際よくスペアタイヤを引っ張り出し、寒風の中、しゃがみこんでタイヤ交換を始める。
異国の地で、こうして人助けをする池上さんの姿は、ちょっとカッコよく見えた。
やがて交換が終わると、老夫婦が嬉しそうに何度も池上さんと握手を交わして、小さな包みを手渡していた。
池上さんが車に戻ってくる。
「待たせたな。”《《問題なし》》”だ。これ、もらったぞ」
包みの中は、手作り風のクッキーだった。
ほのかにバターの香りがする、素朴な焼き菓子だ。
”問題なし”を強調するってことは、そういうことなのだろう。
老夫婦が乗ったワゴンは、俺たちの車の横で一旦停車して、にこやかに何か言って手を振りながら去って行った。
「『キミたちの旅に幸多きことを願う』ってさ」
そう言えば池上さん、アイスランド語、わかるんだ。ちょっと意外な気もしたけど、元傭兵で世界各地を巡っていたらしいから、そういうものなのかもしれない。
俺は頂いたクッキーを一口かじって、旅先でしか味わえない幸福感を噛みしめた。
◇ ◇ ◇
再び国道を走り出すと空は突然晴れわたり、遠くに白い水煙が立ち上るのが見えてきた。
セリャラントスフォスの滝――。
駐車場に車を停めて、降りてみる。
目の前に広がるのは、高さ60メートルもある巨大な滝。
「すっげぇー……」
思わず息を呑む。
滝の裏側まで歩いていける遊歩道があり、みんなでずぶ濡れになりながら裏側から滝を見上げた。
水しぶきが虹を作って、世界がキラキラと輝いて見えた。
「ホント、CGみた、い……エックション!」
九月のアイスランドは、もう冬の寒さといっていい。
急いで車に戻って、ブルブルと震えながら車内のヒーターを最強にした。
「これぞ、本場のアイスランド体験ね……想像以上に冷たいわ……っ」
峰岸さんは頬を赤くして、ストールをぐるぐる巻きにしている。
「だから言ったろ? カッパ着てけって」
池上さんは苦笑しながら、髪を拭き終えて平然としている。
(経験値、半端ない感じ……さすがだ)
◇ ◇ ◇
暖房で車内を乾燥室みたいにしながら、さらに東へ車を走らせる。
前方に巨大な白い壁のようなものが現れる。スコゥガフォスの滝だ。
さっきよりもさらに巨大で、高さも水量もケタ違いだった。
さっき立ち寄ったセリャラントスフォスが“繊細なレースのカーテン”だとしたら、こっちは“巨大な水の壁”だ。
駐車場に車を停めて、今度はカッパを着込んで滝へ向かう。
目の前には、巨大な白い壁のように流れ落ちる滝。
その迫力に圧倒されて、思わず足が止まる。
地鳴りのような水の落ちる音が、胸を叩いてくる。
滝の高さは約60メートル、幅25メートル。どこからこんな水が湧いてくるんだろう。
「シロくん、早く! 見て見て、虹が出てる!」
峰岸さんが、はしゃぐ子どもみたいに俺の袖を引っ張る。
スマートフォンで写真を撮りながら、滝の近くまでずんずん歩いていく。
「あ、ちょっとそこで写真撮るから、シロくんも一緒に!」
もう完全に観光モード全開。笑顔がまぶしすぎる。
「いや、あの……すごいけど、寒いっすよ? 滝のしぶきがまた……」
でもそんな心配をよそに、峰岸さんは滝の前に立って、両手を広げて「イェーイ!」とポーズを決めている。
いつの間にかカメラマンをやらされている池上さんは、無言でシャッターを切っているようだ。
「シロくん、こっちの階段から滝の上まで登れるって! 行ってみよ!」
「あ、は、はいっ」
峰岸さんに手を引っ張られて、俺も慌てて階段を登ることになる。
滝の上から見下ろすスコゥガフォスは、まるで地球の端っこまで続いているかのような広がりだった。
滝の上からは、遥か彼方まで続く草原と、曲がりくねった川が見えた。
夕暮れの光が水面に反射して、世界が金色に染まる。
「すごい……本当に映画のワンシーンみたいだよね! ほら、こっちも写真撮るから、笑って笑って!」
峰岸さんがパシャパシャとシャッターを切る横で、池上さんは遠くをぼんやり眺めている。
「……写真にゃ収まりきらねぇよ。現地で見た記憶ってヤツぁ……」
(おお、なんか良い! そのセリフ、頂いておこう。『現地で見た記憶は写真には収まりきらない』)
滝の前でみんなで写真を撮った。旅の記念になる一枚になった。
◇ ◇ ◇
スコゥガフォスの滝をあとにした頃には、アイスランドの空はすっかり灰色に染まっていた。
「この調子じゃ、今日はヘプンまで行くのは厳しいな」
池上さんがナビを操作しながら呟く。
「そうっすね……まだ200キロくらいあるし。夜道は怖いっす……」
「ヴィークあたりで一泊しちゃいましょ!」
峰岸さんは、いつのまにかスマホで宿を検索していた。
「そうしましょう。明日は、早めに出発すれば、夕方までにはボルガル……なんとかに到着できそうですよね」
「よっしゃ。何か旨いもん食って飲もうぜ!」
「ほどほどにね」
暗くなりはじめたアイスランドの道を、ヴィークまで慎重に車を走らせる。
外はほとんど街灯もなく、車のヘッドライトが唯一の頼りだ。
やがて、ヴィークの街に辿り着く頃には、空はとっぷりと夜に包まれていた。
明かりの灯るゲストハウスに三部屋チェックインする。
荷物を置いて一息ついたあと、ヴィークの中心部にあるこぢんまりとしたレストランに入った。
店の中はキャンドルの明かりが灯り、木造の温もりとパンの香りに包まれていた。
「さすがにメニューは全部アイスランド語だね……」
俺は思わずたじろぐ。
「魚料理がオススメって書いてあるみたいね」
峰岸さんは、スマホの翻訳アプリでメニューを解読していく。
池上さんを見ると、メニューの上から指でなぞっていた。
いつかの悪夢がフラッシュバックする。
「池上さん、注文は1~2品にしましょうね、ね?」
「大丈夫だ、心配するな。お前ら、注文は俺に任せておけって」
池上さんはそう言って、店員さんに合図を送り、メニューをほとんど見ずに、何やら注文していた。
やがて運ばれてきたのは、以外にも普通の量の料理だった。
・真っ白なタラのグリル、ガーリックバターソース
・ハーブと一緒にじっくり煮込んだラム肉のシチュー
・あつあつの黒パン
・地元のトマトを使ったサラダ
そして、アイスランドならではの『スキール』というヨーグルトのようなデザートも出てきた。
「わぁ、ラムシチュー、すっごく柔らかい♡」
峰岸さんが目を丸くしている。
「魚もうめぇな、さすが北の海だ」
池上さんは表情ひとつ変えず、もくもくと食べている。
「旅行って食べ物大事ですよねぇ~」
俺もつい、顔がほころぶ。
温かなテーブルの上で、知らない土地の味と、仲間たちとの時間を味わっていると、『旅に出て良かった』と実感するのだった。
◇ ◇ ◇
ゲストハウスに戻り、明日朝の出発時間を確認して、各自の部屋で落ち着いた。
窓の外は、ポツリポツリと灯りが見える。
部屋の調度品などを眺めながら、異国の地に居るんだと改めて実感していると、遠慮気味にドアをノックする音が聞こえた。
コン、コン
(ぇ……誰だろ? 峰岸さんなら、豪快にコンコココン☆とか叩きそうだし、池上さんはノックなんかしない……)
ゲストハウスのスタッフかも? と思いながら、そっとドアを開けた。
そこには、ここに居るはずの無い人物が立っていた。
「ぇ……真鍋……?」
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