1-14.コワい人たち
池上さんが、初めて俺の部屋に来たとき、周辺の状況なんかをつぶさに観察したあと、いくつかアドバイスをくれていた。
「いいか、シロー。よく聞いとけよ。そして実戦するんだ」
まず、これから数日のうちに、この部屋は泥棒に荒らされるだろうと言った。
「玄関の鍵は旧式のピンシリンダー。こんなのは数秒で突破される。だからお前、貴重品は全部持って出歩け」
押し入れを開けて、遠出用に買ってあった大き目のリュックを取り出した。
「コイツに、テキトーなモン入れて、ちょっと重たいくらいにしとくんだ」
池上さんは「体に密着するタイプのポシェットは無いのか?」と言って、押し入れの中を物色しだした。
そういえば、韓国へ行ったときに買ったヤツがあったはず。スーツケースの奥から発掘する。
「丁度良い。本当の貴重品はそいつに入れて、肌身離さず持ち歩くんだ」
通帳と印鑑、それと『重要ノート』をポシェットに詰め込んだ。
「もし部屋が荒らされることがあったら十中八九、盗聴器の置き土産があると思え。そうなったら、それを逆手にとって──」
──本当に、そういう状況になった。
目の前で凄んでいるグラサンの男が、気の毒に思えてしまうほどだ。
俺はゆっくりと、重たいリュックを軽いように偽りながら差し出す。
グラサンの男はそれを奪い取って走り去ろうとした。
思いのほか重量があって、驚いたことだろう。
体制を崩して転びそうになっている。
そして、音もなく背後に迫っていた池上さんが制圧する。
完璧だ。
「よー、また会ったな」
「て、てめぇ! くそっ! どきやがれ!」
「まぁまぁ、せっかくの再会だ。お茶くらい付き合えよ。な? 柳田さんよ」
池上さんはいつの間に抜き取ったのか、グラサン男の免許証をヒラヒラさせている。
それを見た柳田と呼ばれた男は観念したのか、大人しく項垂れていた。
◇ ◇ ◇
駅前通りにある、ちょっとダークな雰囲気が漂う半地下の喫茶店『SubRosa』。
「マスター、奥の部屋、空いてるかい?」
「あら池ちゃん♡ 珍しいわね。こんな昼間っから来てくれるなんて♡」
隠す気が無さそうな青髭が印象的なマスターは、カウンターからしゃなりと歩み出ると池上さんの腕に纏わりついた。
そして、俺と柳田を交互に見て「優しくしてあげて、ね♡」と言って、奥の部屋へと案内してくれた。
小洒落た個室の真ん中に円形のテーブルがひとつ。その周りに椅子が四つ。
池上さんは椅子を一つ、壁際に持って行って、柳田を座らせる。
自分もその正面に椅子をずらして腰を下ろした。
「さぁて、まずは自己紹介から始めようか。お互い、照れるって歳でもねぇだろうし、こういうことに時間は掛けたくないんだ。なぁ、あんたもそう思うだろ? 柳田さんよ」
後ろからでは池上さんの表情は見えないが、声色を変えながら凄んでいる様子が目に浮かぶ。
完全にビビっている柳田の表情を見ても、相当凄まれていることが伺えた。
ただただ、気の毒でならない。
「……俺は流木会に所属している」
柳田は諦めたように、低い声で語り出した。
「そっちのニイちゃん、芹沢ってヤツ知ってんだろ? 元々はアイツが持ち込んだネタだったんだ。ラクガキみてぇな絵を持ってきてよぉ。”裏社会を牛耳る組織の機密情報にアクセスするための鍵だ”とか抜かしやがった。んなハッタリ、誰が信じるかっつう話よ。……けどよ、アイツは俺の、後輩だったからよぉ……話に乗った振りして、借金のカタ替わりに受け取ってやったんだ。ふっ、元々アイツの借金じゃなかったしなぁ」
コンココン☆ コン☆ コン☆
──カチャ
部屋に青髭マスターが入ってくるのだと思っていたが、コーヒーを持って現れたのは、なんと、峰岸さんだった。
「ぇえ!? なんで?」
「お待たせしました~♡ 《《特製》》レギュラーコーヒーをお持ちしました♡」
峰岸さんは、コーヒーを乗せたお盆ごと円形テーブルの上に置くと、空いていた椅子に腰かけた。
(えっと……どういう状況?)
池上さんは、続けろと言わんばかりに柳田に向かって手の平を差し出した。
「組の若いモンがよぉ、都市伝説だなんだと面白がって、裏のオークションに出品しやがったんだよ。そのラクガキを。そうしたら驚いたぜ。どっかの画商か何か知らねぇが競り合ってくれて、あれよあれよという間に6万ドルに届く勢いよ」
池上さんは、チラりと俺の様子をうかがった。
『続けてくれて大丈夫』の意味を込めて頷いてみせる。
「それに味しめてよぉ、芹沢に聞いたんだよ。”そのラクガキ、他のは手に入らねぇのか”って。全部で6枚あるって言ってたからよぉ。そしたら、それっきり芹沢とは連絡が途絶えちまったんだ……でも数日後、他のオークションに出てやがったんだよ。そのラクガキが。しかも落札額が半端ねぇ! 10万ドル、50万ドル、しまいにゃ80万ドルオーバーだぜ? 出品したヤツをちょいと調べたら…………全部、芹沢のヤローだった……。あいつ…………裏切りやがったんだっ(くそっ)」
「なるほどねぇ……だから、殺したのか?」
「な……バカ言ってんじゃねーよ! いくら裏切られたっつったって、殺しまではしねぇ。とっ捕まえて半殺しにしてやろうとは思ってたがな。芹沢のバカヤロー……海外にまで飛んで……ホントにバカなヤローだぜ……」
裏切られたといって怒りをみせつつ、どこか寂しそうに声を震わせる柳田。
本心では、先輩後輩の仲として、本当に芹沢さんのことを可愛がっていたのかもしれない。
「んで? シロー……結城を狙った目的は?」
「あんたも知ってんだろ? そいつがオモテのニュースになった”あの”62億のラクガキを描いた本人だってことをよぉ。知らねぇ仲じゃねぇんだ。少しくらいおこぼれに預からせてもらいてぇなぁ~って思っただけだよ」
「それだけじゃねぇだろ?」
「ぅ……ゎ。わかったよ。敵わねぇな……。”5”だよ。何とかってラクガキの5枚目だけ市場に出てねぇっつーじゃねぇか。そいつを手に入れることが出来たら、な? わかるだろ?」
池上さんは峰岸さんに視線を送った。
「私が入手した情報とも、概ね合致してるわ」
峰岸さん、昨日はあんなに飲んでたのに、いつの間に動いていたんだろ?
椅子から立ち上がった峰岸さんは、カツカツと柳田の前へ歩み出た。
「ねぇ、柳田さん。これ以上、この件には関わらない方が良くってよ? ”コワ~い人たち”が動き始めてるみたいだから……ここから先は、単なる金儲けの話じゃなくなるの。わかるわよね♡」
(”コワい人たち”……?)
俺的には、この人たちの方がよっぽどコワいように思えてきた。
(敵じゃなくて良かったと心底思う……………………敵じゃ、ない、よね?)
「わ、わかったよ。もうこの件には関わらねぇよ……。組のモンにもそう伝える。だから……」
「さーて、どーすっかなー……なぁ? ボス?」
池上さんは、そう言ってイタズラっ子のような笑顔を俺に向けた。
「ぇ……ボス? えーっとぉー、いいんじゃないかな? 解放、してあげても」
「ホント、すまなかったよ……これっきりだから……」
「あ! でも、俺の部屋、キチンと元通りにして欲しいかな」
「そりゃーもちろん、俺が責任持って綺麗にさせてもらうぜ、な? ははっ、はははっ」
「ふっ」と笑って、虫を掃うように手をヒラヒラさせる池上さん。
「あら、私が淹れた特製コーヒー、飲んでらっしゃいな?」
「あ、あー、頂きやす。姐さん。もう喉がカラカラで……(んぐっんぐっ)」
柳田は緊張の糸が解けたのか、愛想笑いを浮かべながら、コーヒーを一気に飲みほした。
「ためらうことなく飲んだわね」
「飲み干したな」
「え? え? まさか、毒入りだった……とか?」
それを聞いた柳田はコーヒーカップを落として、その場で尻もちをついた。
「やぁねぇ。そんなこと、しないわよ。でも、柳田ちゃん、長生きしたかったら、もう少し慎重に、ね♡」
この人たちなりの”脅し”なのだろう。
柳田は何度も頭を下げて、部屋を出ていった。
・
・
・
テーブルと椅子の位置を戻して、
それぞれの椅子に腰を下ろし、
冷めたコーヒーを啜る──。
ずずずーっ
ふーーーぅ
何ごともなかったかのように、ため息をついてくつろぎだす二人。
「あの…………今って、どういう状況?」
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