1-13.警察のお仕事
時間は深夜0時を回っていたが、このまま放っておくわけにはいかない。
峰岸さんは酔いつぶれた状態で辛うじてタクシーに乗っていたので、今頃は爆睡しているに違いない。
池上さんは廊下に座って眠り込んでいる。
(──110番、だよな)
スマホを手に、少しだけ迷った。
(これ、緊急でいいのかな……? こんな時間だけど……近所迷惑とか……)
「……ええい、ままよ」
意を決して110番に発信する。
ワンコールでオペレーターの声が聞こえた。
『はい、110番、事件ですか? 事故ですか?』
「あ、あの……自分の部屋が荒らされてまして……はい、今帰宅したら……はい……え? あ、今は誰もいません。危険は……たぶん……」
要領を得ない受け答えに、オペレーターは淡々と続ける。
『住所とお名前、連絡先をお願いします』
『何か盗まれた物や、怪しい人物を見ましたか?』
たどたどしく状況を説明し、名前や住所を告げる。
その間に、池上さんが目を覚ましたようで、部屋の状況を見て頭を掻いている。
「……あ、今から、警察来るって」
「そうか。見た感じ、こりゃ”脅し”だな。一応、無くなった物がないかチェックしときな。……必要になったら起こしてくれや~」
池上さんはそう言って、ベッドの上に散乱していた引き出しや衣類を床に下ろすと、横になって眠ってしまった。
こういう荒事も慣れてるのだろうか。動じない精神力、羨ましく思う。
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やがて、赤色灯を回転させたパトカーが静かにやってきた。
靴を揃えて二人の警官が部屋に入り、散乱した室内を見回す。
一人はすぐに手帳を取り出し、もう一人は壁際や窓辺を注意深く見て歩いた。
「こちら、窓の鍵は閉まったままでしたか? 侵入経路は玄関側……かな? ドアの鍵はどうされてましたか?」
「ドアも窓も施錠はしていたはずなんですが……」
「あー、このタイプかー。ちょっと心得があれば数秒で開けられちゃうんだよねぇ」
(マジか……鍵の意味よ)
「他に家族の方とかは?」
「いません。一人暮らしなんで……。あのベッドで寝てるのは友人です。四日ほど前から泊まり込んでて」
「何か盗まれた物とか、壊されたものは?」
「……えっと、特に……。盗られて困るような物はなかったはず……壊されたものは……」
台所の方を指差す。
皿やカップ類が割られていた。
永年愛用していた箸まで折られている。そこまでしなくたっていんじゃない?
ちょっと腹立たしくなってきた。
警官が部屋の中をざっと見渡し、もう一人と目配せする。
「ここまで荒らされてて、何も盗られてないってことは……。現金とか、通帳や印鑑、貴重品とかは、どうされてますか?」
「大丈夫です。貴重品は持ち歩くようにしてたんで」
そう言って、リュックをパンパンと叩いて見せた。
「そうですか。周辺で空き巣の被害報告は今のところ出されてないようだし……”物盗り”っていうよりも、”嫌がらせ”か”探し物”が目的だった可能性がありますねー」
池上さんが言ってた、”脅し”って可能性が濃厚ってワケか。
「ちなみに最近、人から恨みをかうようなこととかー」
「いえ、ちょ……っと思い当たらないですね」
「ですよねぇー。あなた、なんだか人柄も良さそうだし、恨まれるタイプじゃなさそうですよねぇ。はっはっはっ」
「あはは……」
「それじゃね、これは形式的なものなんですけどね……」
そう言って、氏名、実家の連絡先、今日一日の行動についてと順番に質問してきた。
池上さんも起こされて、同じように質問されていたが、住所は不定と答えていた。
「じゃあ、ひとまずこれで。夜が明けたら、鑑識の者が来ますから、その時にもう一度立ち会ってもらいますね」
「は、はい……」
「部屋の中、あんまり触らないように、お願いしますね。この状況じゃ、とっても休まらないと思いますが……。あと、何か気になることや、思い出したことがあったら、すぐにまた110番してください」
若い警官が、申し訳なさそうに、形式ばったことを言って頭を下げた。
「それじゃ、ひとまず、これで失礼します。明日……というか、数時間後に、また来ますから。お休みなさい」
静かにドアが閉まる。
二人が去ったあと、改めて荒らされた部屋を見渡す。
休めるスペースなんかない。
「ふぅー……池上さんの言った通りでしたね」
「ん? 貴重品はちゃんと持ち歩いてたか」
「はい、全部、このリュックの中に入れて持ち歩いてますよ」
「そうかー。大事に持っとけよー」
俺と池上さんは、鑑識が来るまで休むことにして、部屋の中に休めるスペースを確保した。
散乱する荷物の中に、数年前に椿ちゃんからプレゼントされたモアイ像のティッシュBOXがあった。
ちょっとした想い出の品ってやつなので、リュックに入れて持ち歩くことにした。
◇ ◇ ◇
夜が明けると、言っていた通り鑑識の人たちがやってきた。
手袋をはめたスーツ姿の男性と、無口な女性。
二人とも淡々と手際よく、部屋のあちこちを写真に収め、指紋採取のキットを取り出す。
「こちら、お住まいの方の指紋だけ、念のためお願いできますか」
インキレス・パッドに指を押し当てる。池上さんも、淡々と応じていた。
昨夜駆け付けてくれた二人の警察官も立ち合い、小一時間ほどで鑑識作業は終わった。
「ご協力、ありがとうございました。何か分かったら、警察からご連絡しますので」
そう言い残して、警察の方々は静かに部屋を後にした。
「何か分かるもんですかねぇ」
「さあな。詳しいわけじゃねぇが、どうしたって”優先順位”ってもんがあんだろうから」
「優先順位……」
「『事件に大きいも小さいもない!』なんてな、ドラマなんかじゃ恰好良く言ったりすっけど、現実は──人が死んだり傷つけられたりした事件が優先されるだろう。ただ荒らされただけってんなら、被害届を受け付けたましたってとこで警察のお仕事としては、ほぼ終わったみたいなもんよ」
「はぁー、分かるような、納得できないような……」
「ま、いつまでこうしてても始まらねぇ。飯でも食いにいこうや。俺はちょっと寄るところがあるから、シローは先に歩いててくれ」
「貴重品を入れたリュックを忘れずに……だね」
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そうして、俺は一人で駅に向かって歩いていた。
アパートを出てから、ずっと尾行られているのは分かっていた。
あえて、人気のない通りを選んで入ると、後ろの足音は歩幅を速めて近付いてきた。
『大人しくそのリュックを渡してもらおうか』
背中越しにドスの効いた声を掛けられる。
振り向くと、薄めのサングラスにオールバックの、あの男が立っていた。
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