1-12.頼れる人たち
どこから話せば良いか迷いつつ、一ヵ月ほど前にスマホが使えなくなったことから説明を始めた。
先日の峰岸さんのプロファイリング通り、生活水準は中の下よりも下だったこと。
そして──
「一週間ほど前に、海外のオークションでラクガキみたいな絵が62億円で落札されたってニュースがあったの、覚えてますか?」
「あー、そんなニュースやってたわね。公にはなってないけど、アートリュクスっていうニューヨークのオークション会場よ。黒い噂の絶えない会場だから、いくら62億円なんて高額が出たとしても、ニュースになるのは珍しいのよ?」
池上さんは『へぇー』と、興味無さそうに聞き流している。
「さすが、情報通ですね」
「仕事柄ってやつよ。そのニュースは、たまたま目に入っただけ、だけどね♡」
ちょびっと舌を出して笑う峰岸さん、チャーミングな笑顔も素敵です♡
「その時、落札されたっていうラクガキ、実は俺が描いた絵だったんです」
それまで無関心だった池上さんが、すごい勢いで顔を向けてくる。
「マジか! お前、今、そんな……60億も持ってんのか!?」
「ちょっとイケガミ、あんた落ち着きなさいよ」
まるで、興奮する大型犬を宥めるような仕草で、池上さんを引き離す。
「ははは……。実際に振り込まれたのは、46億円でした。でも、その絵を描いたのは確かに俺なんですけど、オークションに出品したのは俺じゃないんです」
そうして、一年ほど前にサークルのメンバーで描いた『Diffusix』シリーズのこと、他の五人のメンバーのこと、アトリエがもぬけの殻になっていたことについて話した。
「なるほどねぇー。それは、いくら大金持ってても、使う気にはなれないわよね。むしろ、なるべく手を付けない方が良いわ」
「シローを追ってた男は、その金のこととか絵のことを知っている連中ってことか?」
「なるほどー、それで身辺警護ってことなのね? 何があったの?」
「先日、一ノ瀬の調査をお願いしたあと、駅前通りで怪しい男たちに尾行されてたんです。で、捕まりそうになったところを、池上さんに助けてもらって──」
「あの日──そういえば、シロくんが出てったあと、外が騒がしかったわね」
いつの間にか『シロくん』て呼ばれてる。
「色々と状況は把握できたわ。じゃあ、これからどうするか……どうしたいのか、ね」
「どうしたいか……。一ノ瀬が死んだのも、芹沢さんが殺されたのも、あの絵が関係しているのだとしたら、他の三人も危ないかもしれないですよね? まったく連絡付かないし……」
グループチャットのアプリを開いてみた。
──────────
結城:
スマホ買った。みんな、連絡してくれ!
(未読)
──────────
やはり、俺の書き込みで止まったまま、既読も付いていない。
「そうねぇ。それじゃあ、あたしが三人の行方を追ってみるわ。シロくんはできるだけ普段どおりの生活を続けて、イケガミはシロくんに張り付いて、追ってきた男がまた現れたら、確保して知ってることを吐かせるってことで、どうかしら?」
「俺は構わねぇぜ。どっちみち三ヵ月は護るって約束だしな」
なんだか、凄く頼もしい。
「よろしく、お願いします! あの、ありがとうございます」
「いいのよ。すべての問題がクリアになったら、報酬はたんまり頂くから♡」
あ、やっぱ金だ、この人。
「さあ! そうと決まれば、まずやるべきは──決起集会ね!」
「え? 俺、これから夜のバイトが……」
「億万長者なのに、まだバイトなんか続けてるの!?」
「いや、だって、勝手に振り込まれた金に手ぇ出すのは怖いですよ……もう何十万か使っちゃってるけど……」
「それもそうねぇ。何のバイトしてるの? 夜のってことは~♡」
峰岸さんが何を想像したのかわからないが、いやらしいこと考えてるのはわかる。
「ち、違いますよ? 居酒屋ですよ。すずめの囲炉裏。駅前の」
「あら、ちょうど良いじゃない! じゃあ、そこでやりましょう♪ 決起集会!」
「ええー!? あの、お金は……」
「学生は心配しなくて良いわよ。ここは大人なあたし達に任せなさい?」
「おい、大人って、俺も入ってんのかよ? 金なんか持ってねぇぞ。でもまぁ、すずめの囲炉裏ならいいか」
大丈夫だろうか──。
悪夢のようなあの夜がフラッシュバックしていた。
◇ ◇ ◇
『らっしゃ~っ、い!?』
池上さんの顔を見た店長は、一瞬動きを止めていた。
「おはようございます、店長」
「結城くん、また?」
「いえ、今日はちゃんとした”大人”が一緒なんで……」
少し遅れて峰岸さんが入店。
「ほお、いらっしゃい! 結城くんのお知り合いで?」
店長、わかりやすく鼻の下が伸びてるっすよ。
「俺、今からホール入りますね!」
「んー今日はいいや、人手は足りてるんだ。お前、せっかくなんだから、その人たちと一緒に飲んでけ」
そして、悪夢は繰り返された──。
『こっから~ここまで』は阻止したが、酒の勢いが二倍、いや三倍になっていた。
そう、峰岸さんも信じられないピッチで酒をあおり続ける。
喉を通ったお酒は、どこに入っていくんだろうか。
酒の席での話だから、どこまでが本当のことなのかわからないけど、二人は色んなことを語ってくれた。
池上さんは元傭兵だったそうで、世界各地の紛争を渡り歩いてきたとか。どこかの暴力団組織を壊滅させたことがあるとか。『裏の世界じゃちったぁ名の知れた男なわけよ、俺ってヤツぁ』なんて息巻いていた。
(自分で自分を凄いって言っちゃうのって、どうなん? しかも、そんなへべれけな状態で……)
峰岸さんは、大物弁護士の下で働いていたけど、セクハラに耐えきれなくなって飛び出して、事務所を構えたのだとか。
『アイツは~、あたしには頭が上がらないのよぉ。何かあったら働いてもらうから、シロくんは安心してお姉さんについてきなさい!』なんて言ってたけど、それって脅迫的な何らかの罪になるのでは。
(この人、自覚なしに、あちこちで敵作ってそぉ……)
そして、宴もたけなわではございますが、閉店のお時間がやってまいりました──
池上さん、テーブルに突っ伏して、ガーガーといびきを立ててますね。
峰岸さん、持ってこられた会計伝票を薄い目で一瞥したかと思うと、その伝票をこちらへ押し付けてくる。
「シロぉ~、あんた払っといてよぉ~。お金ぇ、いっぱい持ってんでしょぉお?」
(くっ!……これが”大人”ってヤツなのか!?)
店長は呆れた顔で二人の大人を見下ろしていた。
「やっぱりねぇ……どうする? ツケにしとくかい?」
「ぃ、ぃぇ……今日は、ちゃんと”預かってる”ので払えます。大丈夫っす。お会計……電子マネーで、いいっすよね」
◇ ◇ ◇
店を出ると、峰岸さんはタクシーを捕まえて、どこかへ帰っていった。
俺はまた、千鳥足のおっさんを連れて、徒歩で部屋へ向かった。
(なんか、カモられてたりしないよな……決起集会とか言ってたけど、集まるたびに飲み会とか……ないよな。さすがに……)
先行きが不安でしかなかった──。
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部屋に到着すると、玄関の鍵が開いていた。
違和感と胸騒ぎを覚えつつドアを開けると、
棚は倒され、タンスの引き出しは無造作に引き抜かれている。
衣類や本は床一面に散乱していた。
足の踏み場もないほど荒らされた部屋を前に、呆然と立ち尽くすしかなかった──
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