1-11.素敵な笑顔
超美人のセクシー探偵、峰岸さんに仕事を依頼してから四日後。
俺は調査報告を聞くために、”ミネギシ探偵事務所”に来ている。
隣にはいかつい男が腕を組んで座っている。
「ごめんなさい♡ お待たせしちゃって」
奥の扉を開けて、書類を手にした峰岸さんが現れた。やはり美しい……。
隣の男が即座に反応を示す。
『ほぉおお~~♡』
「あら、今日はお連れ様がいらっしゃるのね?」
隣の男はすっくと立ちあがり、堂々とした態度で自己紹介を始めた。
「はじめまして。シローの身辺警護を仰せつかっている池上 健太という者です」
──な、なんなんだ、唐突の紳士キャラは!?
「シロー? あ、ああー『結城(ゆうき)くんの……」
峰岸さんは、真意を確かめるように、俺に視線を送ってくる。
「は、はぁ……。ちょっと、色々ありまして……ははは」
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そう。
あれは四日前、この事務所を出たあとのことだ──
街中で不審な連中に追いかけられていた俺を助けてくれたのが、この池上さんだ。
『飯、奢ってくれんだろ?』
そう言って向かった先は、なんと俺のバイト先──『すずめの囲炉裏』
驚いたことに、店長と池上さんは知り合いだったらしい。
『おや~? こんな時間に珍しい客が来たもんだ。って、結城くんも一緒? キミら知り合いだったの?』
俺は適当に誤魔化して、一緒に晩飯を食べにきただけだと告げた。
すると、店長は俺を厨房に呼んで心配そうに言った。
『一緒にって……大丈夫なのかい? まさか、キミの奢りじゃないよね?』
『……ぇ、それって、どういう……』
『やっぱり知らないんだな。あの人、池上さん、そうとう食うよ? 物凄く飲むよ? キミ、いくつもバイト掛け持ちしてるって言ってたじゃない。お金、大丈夫なの?』
(ええー!? そんなん言われたって、一応、命の恩人かもしれないしなぁ)
『あ、あの……今日のお勘定は、次の給料から天引きとかって、できますか?』
『それは構わないけど……足りるかなぁ』
席へ戻ると、池上さんが注文を入れているところだった。
『生ね。大ジョッキを三つ。あと、こっから~ここまで、二皿ずつヨロシク♪』
(ちょっ!?)
金持ちになったら言ってみたかったセリフのひとつ。
飲食店のメニュー開いて『こっから~ここまで』ってやつ!
しかも、お高い焼き鳥のページ!
(開幕早々、次のバイト代が飛んでる件……)
最終ラウンドまで数時間──
池上さんは『こっから~ここまで』を繰り返し、計り知れないほどのお酒をあおった。
あんなに長く打ち出されたレシートは見たことがない。
店長には、『後日キッチリお支払いします』と言って頭をさげた。
店を出てから、酔っぱらった池上さんを放置するのもアレなんで、俺の部屋に連れ帰った。
(千鳥足のおっさんを”お持ち帰り”とか……ありえねぇー)
そして翌朝──
『少年、ヤバい事件に巻き込まれてんなら、俺を雇わなねぇか? 安くしとくぜ?』
『安くって……昨日の飯代、いくらになったと思ってんすか!? 向こう三ヵ月はバイト代飛んじゃってますよ……』
『三ヵ月だな。よし! そんじゃ、三ヵ月キッチリ、俺が警護してやるぜ』
こうして、襲われていた理由も聞かず、『いつ、どこで、だれが、どうやって襲ってきても、俺はお前を護る。それだけだ』などと言って同居が始まった。
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そして今に至る。
あの悪夢のような夜以降は、普通の食事量だったのがせめてもの救いだ。
「まぁいいわ。それじゃ、このまま調査報告をさせて頂いても構わないわね?」
そうだ。
峰岸さんへの依頼内容は三つ。
椿ちゃん──
一ノ瀬の実家の住所を調べてもらって、彼女の死因についてと、その死に不審な点が無いか。
俺は黙って頷いた。
峰岸さんは、対面のソファーに腰を下ろすと、封筒をひとつ差し出してきた。
「まずは、一ノ瀬さんのご実家の住所ね。ここに記載してあるわ」
「ありがとうございます」
そう言って、封筒を受け取る。中身の確認はあとでいい。
「次に、彼女の死因についてなんだけど………………『オブラート』は必要?」
『オブラート』の意味を、直感的に理解した俺は、黙って首を振った。
峰岸さんは優しく微笑むと、手にしていた大き目の茶封筒のひとつを下げた。
もうひとつの茶封筒は、クチのところに赤いラインが引いてある。
その封筒を開いて、中から数枚の写真と書類を取り出した。
「死因は事故死よ。〇月〇日の21時頃、△町の横断歩道で、走ってきたトラックにはねられ、頭を《《強く打った》》ことにより死亡。損傷の状況から、その場で即死と判断されたわ。胸から上の損傷が酷く、ご遺族でも本人の特定が難しいほどだったけど、遺留品などから一ノ瀬椿本人であると断定されました」
さりげなく置かれた写真は、司法解剖時のものだろうか。
首から上が、原型を留めないほどに潰れた女性が写っていた。
他の写真は乾いた血がこびりついた免許証やスマートフォンだった。
見覚えのある、モアイのストラップも血まみれだった。
「…………」
「苦しみはしなかった、はずよ……」
「ありがとう、ございます」
「お仕事だからね、このくらい調べるなんて、ワケないわよ」
峰岸さんの気遣いに対しての『ありがとう』だったのだが。
「そして──、多分だけど、キミが一番知りたかったこと。彼女の死が、事故なのか、事件なのか」
峰岸さんは、不敵で美しい笑みを浮かべて、俺をじっと見つめる。
俺は黙って頷いて、次の言葉を待った。
「三日間では、裏取りまでは難しかったけど、あたしは事件だと睨んでいるわ。容疑者も絞り込めたんだけどー、ちょっと遅かったみたい」
「え? 『遅かった』っていうのは……」
「先日、亡くなったわ。パリで」
「パリって、まさか! 芹沢……さん?」
「キミが所属している絵画サークルのメンバーよね。サークル内で、キミの知らない何かしらの問題が起きていたみたいなの。本来であれば、キッチリ裏が取れた事実のみ伝えるものなんだけど、キミ自身にも危険が及ぶ可能性があると判断したので、憶測として報告させて頂くわ」
芹沢さんが、椿を死なせて、海外逃亡? パリ?
え? でも芹沢さんも、そのパリで──
「結城くん、あなた、厄介な事件に巻き込まれているんじゃなくて? 探偵としてはこういうのは失格なんだけど……良かったら、力になるわよ♡」
黙って隣に座っていた池上さんが、ピクっと反応したように思えた。
状況に飲まれるな。
プランだ。プランを構築するんだ。
(椿ちゃんの死……芹沢さんの死……サークル内でのトラブル……俺の口座に振り込まれた大金……先日、俺を追ってきた男たち……『Diffusix』シリーズで繋がっているとしか思えない。得体は知れないけれど、悪い人には見えない池上さん。この人がそばに居るからなのか、あのあと追われることはない。峰岸さんの探偵としての腕も確かなようだ。なんて上から目線で判断できるほど知ってる世界じゃないけど、きっと凄い人なんだと思う。何より美人さんだ。この二人が仲間になってくれるなら、そんなに心強いことはない。よし)
体感3秒で、俺は心を決めた。
「二人に知ってもらいたいことがあります。俺が今置かれている状況について。そして、これから俺がどうすれば良いのか、力を貸して欲しいんです」
池上さんは黙って天井を見上げていた。
峰岸さんは初めて、営業のじゃない、素敵な笑顔を見せてくれた。
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