1-10.終着点
雨が降り続いていた。
真っ黒なスーツを着て、通夜会場の隅っこでぼんやり立っていた。
無理に笑ったような一ノ瀬の遺影が、俺を睨みつけているように思えて、視線を合わせないようにしていた。
焼香を終えた荒木が、隣にやってきて言った。
「行こうか」
俺たちは、一ノ瀬の母親に向かって、深々と頭を下げてから会場を後にした。
「なぁ、荒木……俺、これから、どうすりゃいい?」
「大丈夫だ。キミは何も心配する必要はないよ。すべて手筈は整えてある。ボクの言う通り行動していれば、何の問題もなくなる」
これだ。
荒木は、ほんとにスゲぇヤツだ。
常に先のことを考えていて、コイツに『大丈夫』と言われると、俺は心底安心できる。
俺たちは電車で移動してから、ファミレスに入った。
「さて、芹沢……。さっきは『大丈夫』と言ったが、実は少しばかり悪い状況でもあるんだ」
「ぇ……」
一ノ瀬をヤったことが、バレて──
「柳田って男の組の連中に、何か掴まれた可能性があってね」
「………………」
内心、ほっとしたが、それはそれでマズい。いや、マズいなんてもんじゃない。
『マグロ漁船で快適な海の旅……行ってこいや』と凄む柳田さんの顔が浮かぶ。
「ど……どどどうすりゃいい? なな、何か手は、考えてあるんだよな? な?」
「もちろんだ。そうビビるなって」
荒木はそう言って顔を近づけると、小声で続けた。
『相手は暴力団だ。いつ強硬手段に出てくるかわからない。だから、俺たちはしばらく日本を離れるんだ』
『え……ってことは、また、韓国か?』
『いや、パリだ。キミはツアーに紛れて出国するんだ。出発は明後日。チケットは手配してある』
『……パリ?』
『ボクは二日後に出国する。別々に行って、向こうで落ち合うんだ』
『そ、そうか。でも大丈夫かな? 俺、英語も話せねぇけど』
『なぁに、今の時代、スマホがあれば何とかなるさ。連絡用にコレを渡しておくよ』
そう言って荒木は、最新のスマートフォンを寄こした。
『必要な連絡先は登録済だ。向こうでも使えるように設定も終わらせてある。キミはこのスマホと、”それ”を持って、市内観光でも楽しんでいてくれ』
荒木が指さしたのは、スマートフォンが入っていた紙袋だった。
中を確認すると、袋の底には外国紙幣の束が見えた。
『こ、これは!?』
『報酬の前金だと思ってくれていい。とりあえず600ユーロ渡しておく。日本円にすると、約10万円ってとこだ。残りの報酬は現地で落ち合ったときに渡せるよ』
(へっ、へへへっ、ついに報酬を手にする日がきたってわけか。海外で受け取ることになるなんて、スケールが違ぇよな。スケールが!)
『言っておくが、向こうでボクたちが手にする金は、そんなものじゃあないからな。ほとぼりが冷めるまで、海外を転々として豪遊してもお釣りがくるほどの大金を手にするんだ。今のうち”遊び方”を考えておけよ』
そう言って荒木は、今までにない笑顔を見せた。
俺たちのゴールは目前だ。
◆ ◆ ◆
飛行機に乗るのも、海外旅行も、何度か経験はあったが──
今回は、新しい人生の始まりだと言っても過言ではないだろう。
日本に帰るのは、どんくらい先になるやら。
(柳田さん、すんません。けど、俺はもう利用される側じゃないんで)
ファーストクラスのシートにもたれながら、荒木に貰った最新のスマホで、パリの情報をチェックしまくった。
定番の挨拶と、女の口説き文句くらいは、向こうの言葉で喋れた方が良いだろ?
(ボンジュール、ボンジュール……メルシー、メルスィ……ジュテーム、ジュテェ~ム……コンビアン サ クット?)
俺を乗せた飛行機は、約13時間かけて、パリのシャルル・ド・ゴール空港へと降り立った。
◆ ◆ ◆
パリの空気は、なんだか埃っぽくて甘ったるく感じる。
観光バスでルーブル美術館、エッフェル塔、なんとかっていう教会を次々と巡る。
ガイドの説明なんか、全然頭に入ってこない。
聞く気もない。
心ここに在らずってヤツだ。
俺の頭ん中は、荒木と合流してから、どこで遊び倒すか。そんなことで一杯だ。
今日と明日、手持ちは600ユーロ。
ちょっと調べてみたが、パリの市内にはカジノは無さそうだった。
カードをプレイできるクラブはあるようだが、如何せん言葉の壁があるから、単身凸する気にはなれねぇ。
なぁに、焦るこたぁねぇよ。
荒木と合流すれば、好きなとこへ行ける。
(やっぱ、まずはラスベガスに行きてえよなぁ)
そうして俺は、無難な店で浴びるほど酒を飲み、旨い飯を食らった。
もちろん、パリの女も堪能させてもらったぜ。
◆ ◆ ◆
ついに合流予定の日を迎えた──
連絡用のスマホが振動して、荒木からのメッセージが表示された。
『こっちも現地に到着した。地図を送る。指定の場所で落ち合おう』
ついに来た!!
これからだ!
金、報酬、俺の人生──
今までの人生は期待していたようなビッグイベントも無く、柳田みたいなのに使われるだけだった。
しかし、これからは違う。
信頼し合える相棒と共に、大金を手に世界を駆け回るんだ。
指定された地図を頼りに、パリの街を一人歩く。
地図のピンが指し示す路地裏は、とても静かだった。
いい雰囲気だ。
今の俺たちには、ピッタリな待ち合わせ場所だぜ。
そして、目的地に到着した。
『おーい、荒木……どこだ?』
辺りを見回した、その瞬間──
【パシュッ!】
(ッ!!?)
後頭部を巨大なハンマーで殴りつけられたような衝撃。
痛みは感じないが、あれ? 地面近くね?
何が起こった────────
身体動かね───────
何も……見え────
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