佐藤美奈の場合【2】
美奈は翌日、いつものように仕事に行った。少しでも修斗くんのために使えるお金が欲しいからと思い、残業をして会社の外に出る。
駅のホームまで歩いていくと、まだ電車が来るまでしばらく時間があるようだった。SNSでも見るかと思ってスマホを出そうとすると、ふと自分の前を横切っていく女子高生の会話が耳に入ってきた。
「ねえ、聞いた?Spring解散やばいよね」
「めっちゃ急だよね、私ちょっと弥生くんのこと好きだったから悲しいもん」
「分かる。ってかさ、ライブで解散発表ってやばくない?推しにされたら普通に泣くんですけど」
ああ、この子たちもSpringが解散するって信じてるのか。
美奈は微笑ましい気持ちで、女子高生たちを見つめた。Springは、年齢問わず愛されている。こんな風に、女子高生にも話題にしてもらえるくらいに。
それは、かつて修斗くんが目指していたSpringの未来だった。まだ村崎くんが脱退する前だっただろうか。いつかSpringが子供からおじいちゃんおばあちゃんまで、世代を問わず愛してもらえるグループになったらいいなと。修斗くんは、そう言っていた。
今度こそスマホをカバンから取り出すと、通知が届いていた。修斗くんが、ファンクラブ向けのブログを更新したらしい。
美奈はワクワクした気持ちで、そのページを開いた。
【なんかさ、エゴサしたら解散ドッキリって言ってるファンの人が沢山いたんだけど。違うからね?マジで俺ら解散するから。ごめんね。受け入れられないファンの人たちが沢山いることもわかってるし、俺らとしても話せないことも沢山あって。Springの解散、寂しいよな。俺も寂しいよ】
ブログの文章はまだ続いていたけれど、美奈はそこまで読んで、スマホをスクロールする手を止めた。
えっと、本当に解散するってこと?
最初から文章を読み直す。やっぱり、そこには【マジで俺ら解散する】と書いてあった。
修斗くんは嘘をつかない。ということは、これは事実?どうゆうこと?
美奈はただただ混乱した。どうして?解散する必要、ないよね。え、寂しいって書いてあるけど、それならなんで?もしかして、誰かが修斗くんの夢の邪魔をしているの?
だとしたら、助けなきゃ。
美奈の中に、使命感が生まれる。修斗くんを助けなきゃ。まずは、何が修斗くんを邪魔しているのかを、突き止めないと。
ブログの続きの文章を、スクロールしていく。けれどそこには何も書いていなくて、修斗がゲスト出演したドラマのオフショットが載せてあるだけだった。
そうしている間に、待っていた電車がホームに着いた。美奈は慌てて電車に乗り込む。
修斗くんを助けるためにまだスマホを触っていたかったけど、電車があまりにも混んでいたので諦めることにした。
ガタンゴトンと電車が揺れる中、美奈の頭の中は修斗のことでいっぱいだった。
♢
冷凍ドリアを電子レンジで温めながら、美奈は考えていた。Springが解散に追い込まれた理由。修斗くんを助ける方法。
そういえば、ネットニュースでいろいろと言われていた気がする。ドッキリではないとすると、その中に真実が隠されているかもしれない。
彼らの解散理由を突き止める方法なんて、どこにでもいるOLの美奈にはそのくらいしか思いつかなかった。
温まったドリアを口に運びながら、SNSを開く。いくつか来ていた通知を無視して、流れてきた投稿文を眺めた。
【Springの解散って、やっぱり奨太くんが匂わせ女と結婚するから?】
その程度のことで解散する必要はないはず。だって同じ事務所の先輩グループには、結婚してからも活動を続けている人がいたから。
【最近事務所がWinterばっかり推すようになったから怪しいと思ってたんだよね】
それはそう。でも、Springが後輩のためを思って自主的に解散する可能性はない。後輩に追い抜かれないように頑張らないとって、言っていたし。……もしかして、事務所のせい?
【せめて理由が知りたいよね。言えないってことは、事務所に無理矢理解散させられたってことでしょう?Springがかわいそうだよ】
事務所に無理矢理解散させられた。なんだかとても、しっくりくる。事務所が、Winterを売り出すためにSpringが邪魔になった。
つまり、修斗くんの邪魔をしているのは、事務所?そうかもしれない。
半ば確信を持って、【解散 事務所のせい】と入力して検索する。
そこに表示された投稿文の数々を見て、美奈は怒りに震えた。
「どうしてSpringを守らなくちゃいけないはずの事務所が、Springの邪魔をしてるのよ!」
修斗くんの邪魔をしているのは、所属事務所だった。そんなこと、あってはならない。だって、そんなの、ずっとずっと苦しい思いをしながら生きてきたってことじゃないか。
【Spring解散って絶対事務所のせいだよね。だって本人達はまだまだ上目指すって言ってたし!】
【アイドルに年齢なんて関係ないのに!あの事務所いつも最年長が三十歳超えた辺りから急に干すよね。事務所のせいで解散……】
【Springが解散したらWinterの人気が上がるとでも思ってるのかな?事務所のせいでメンバーもファンも憂鬱だよ】
【修斗くんのブログ読んだ。言えないこともあるって書いてあったし、やっぱり事務所のせいで解散することになったのかな、ムカツク】
画面をスクロールすればするほど、美奈の身体は怒りで震え、目には涙が浮かんでくる。
大丈夫だよ、修斗くん。私が守ってあげるからね。Spring解散なんて、絶対にさせないから。
美奈は食べ終わった冷凍ドリアの容器をゴミ箱に捨て、勢いよく投稿文を作成していく。
【事務所のせいで解散なんて許せない。ファンのみんなでSpringの解散を阻止しよう!】
ポチッと投稿ボタンを押すと、SNS上で良いと思った投稿文に押すことができる【共感!】ボタンの通知が美奈の元に大量に届いた。
みんな、気持ちは同じなんだ。
美奈は通知の止まらないSNSを閉じ、立ち上がった。修斗くんのためにできることならなんでもしようと、心に決めて。
♢
仕事の休憩中、社食のテレビ画面に映るWinterのメンバー、藤冬馬の姿を見つける。
美奈はまた、イライラしていた。解散を発表した直後から活動を休止したSpringメンバーの仕事を、後輩であるWinterのメンバーが次々に引き継いでいくからだ。
レギュラー番組、ラジオ、ドラマ、映画。かつてならSpringのメンバーの仕事だったはずのそれらが、次々にWinterの物になっていく。美奈にはそれが堪らなく悔しかった。
後輩ってだけで、なんの努力もしてないくせに!Springが頑張った成果を横取りするなんて、許せない。それを支持する事務所は、もっと許せない。
メンバーの言葉を封じて、身動きが取れない状態にして、解散させて。仕事を奪って。そんなのイジメ以外何者でもないじゃない。
適当に買ったいつものメニューを頬ばりながら、【Spring 解散】で検索をかける。
美奈は、事務所のせいだという投稿文を見つける度に共感!ボタンを押していった。自分と同じ気持ちのファンがたくさんいると思うと、心が少しだけ満たされる。
「佐藤さん?なんだか怖い顔してますけど、何かありました?」
スマホの画面を見ながら一心不乱に【共感!】ボタンを押していた美奈は、のほほんとした顔で隣に座ってきた同僚に声をかけられ、我に返る。
「……ちょっとね。ごめんなさい。今日はやることがあるから、食べたらすぐデスクに戻るわ」
いつもなら雑談の一つでもするのだが、美奈は一刻も早く、この場を去りたかった。
ここにいると嫌でも、テレビから大嫌いなWinterの藤冬馬の声が聞こえてくる。
スマホを置いて残りのご飯を一気に胃の中に入れ、立ち上がる。
美奈はため息を吐きながら、社食を後にした。