おばさんの一周忌でもらった本
自費出版についてあまり好意的に書いておりません。
苦手な方は自衛ください。
おばさんの一周忌の集まりでおじさんからおじさん著の本を貰った。
え?おじさん作家デビューしてたの?だったら教えてくれたらよかったのに。そう思っておじさんといとこを見たら誇らしげな顔をしているおじさんとは対照的にいとこたちはレモンを口の裏に貼り付けられたような顔をしていた。深堀していけないことだけがわかった。
なのだが、「ぜひ感想を聞かせてほしい」とおじさんはいっておばさんの一周忌は終わった。
感想を聞かせてほしいなんていうくらいだ、きっと気持ちがこもっているんだろうなと思った。だが、集まりが終わった後にいとこから届いていたメッセージに『その本は捨ててください』とあった。え、なにそれ。もうこれは読んでくださいというフリではないか?私は好奇心からおじさんから貰った本を読んだ。
おじさんから貰った本を読んだ。驚いた。おばさんのことが全く書かれていなかった。
いやだって。
考えてみてほしい。
おばさんの一周忌に渡された本だよ?何かおばさんのことについて書かれていると思うでしょ?いや、何にも書かれていなかった!!登場人物におばさんが?と思って探してみたがそれっぽい人物はいなかった。それどころかもう一度読み直してさらに目立つ。
「誤字脱字が多い」
あれ、漢字これであってる?あ、送りがな間違ってる。これは送りがなが足りない。
「改行が全くない」
そう、改行がなかった。改行がないだけでこんなに読みにくくなるのかと、逆に感心した。
「これは一人視点?それとも三人視点?」
主人公の視点からだと思っていたら唐突に第三者視点になってなんか情報が入れられる。説明口調だと思ったら主人公の心情と第三者の説明が続いていた。なんだか訳がわからなくなってきた。
私はおじさんに『感想を聞かせてほしい』と言われたらまず間違いなく『読みにくい』と答えるだろう。それほどに誤字脱字が多かったし、改行もなくわかりにくかった。加えてあまりにも頻繁に変わる視点に『なんの話だっけ?』と、どんどんよくわからなくなっていった。
もうどんな話だったのかわからないくらいだった。
一回読むだけでもだいぶ疲れた。なのにおばさんを探してもう一回読んで見たらおばさんは見つからず、更なる誤字脱字によるダメージを負った。
まあ、コピー本も同人誌も初めて作れば誤字脱字はあるよなとは思う。でもこんなに誤字脱字があってたまるか、おじさん絶対確認してない、そう確信したが、いや一周忌控えて忙しかったんだろうなと自分を納得させようとしていると父親の声が聞こえた。
「おーい、貰った本持って来い」
父親は次の資源ごみの日におじさんから貰った本を出すためにビニール紐で縛ろうとしていた。
「捨てちゃうの?」
自分で散々読みにくい、と酷評していたのに捨てるのは戸惑った。だってまだ貰って一日どころか数時間しか経ってない。
「言われただろ、捨てろって」
確かにいとこのメッセージは捨ててくださいだったけれども。せっかく作った本をこうしてすぐに捨てるのはどうなんだろうかと葛藤するのだ。
「持ってたら次は買ってくれって言われるぞ」
「え?」
「これ、自費出版だ。どんぐらい金使ったかわからないけど、このまま持ってたらそれを理由に買ってくれって言われるかもしれない」
「そんなこと」
「ないって言えるか?なんかの拍子にうちに本が置いていることがわかって『続編だ!』なんて言われてうちに来ないなんて言えるか?」
それは話が飛びすぎじゃないかと思った。
「これ作るのにどれくらいかかるんだ?時間も、金も。少なくともこのタイミングで親族に渡せるくらい前からやってたってことだろ」
そう言われて初めて、制作期間や資金面の問題を考えた。
そうだ、この文量。何文字かはわからない。でもハードカバーで100ページ以上はあった。この内容を書くにはいったいどれくらいの時間がかかるだろうか。そして、それからデータで発注したとしても。親族みんなに配っていた。集まっていたのは9人、いとこは除く、だ。10部とか少数作るくらいだったらそんなに資金はかからないのではないか。いや、ハードカバーの印刷っていくらするんだ?絶対コピー本なんか目にならないくらいかかるんじゃないか?10部でもだいぶかかるんじゃないか?
「いつまでも悲しんでほしいわけじゃないが、こうも亡くなったのを待ってましたとばかりにやられるのは気分が悪い」
「え?」
「考えなしに金を使って本を作ろうとしていたのをあいつが止めていたんだ」
父の言うあいつは、妹にあたるおばさんのことだろう。
この短い言葉で考えると、おじさんは自分の本の制作に一番の障害であっただろうおばさんが亡くなってはっちゃけている、ということなんだろう。
なんだろう、急にあの本がおじさんの独りよがりの結晶のように思えてきてしまった。
「勝手にしていたらいいさ。俺にはもう手に負えない」
父は絶縁宣言とも取れそうなことを言った。私は迷いなくおじさんの本を手放した。
その後、おじさんがどうなったかは知らない。両親もいとこもおじさんの話をしないので。
100部くらいは余裕で作ってそう。
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