極メシ!!番外編【一ヶ月前に開封した黒糖いなり&稲村某はどーして何でも喰うのか?】
人は生きる為に食う。何故なら生きる事とは、消耗する事だからである。消耗した栄養素を補わなければ、死んでしまうのだ。
人は生きる為以外にも、食う。
……理由は、まぁ人各々なんだが。
先日、職場にて大変レアな食材を見つけてしまった。何と何と開封後、一ヶ月も経過した黒糖いなりである。いや待て、レアっていっても非加熱とかそーいう類いじゃない。我が職場は、不特定多数に喫食を提供する飲食店。そんな特級呪物みたいな代物は非常にアウトオブデッドラインで、発見し次第速急に廃棄すべき存在なのである。だがしかし、奴は我々の捜査網を巧みに掻い潜り、その日までのうのうと冷蔵庫の隅に陣取っていたのだ。
いなりとは、稲荷の事であり、ググれば神社の鎮守像として祀られている神の使いの狐の好物として長々と綴られているだろう。まあ、元は狐の好物のネズミ(米を食う害獣のネズミを狐が食べる→稲を守る、から稲守として狐を祀るのが名前の由来だとか)を模した供え物にしているのだが、要は甘く煮しめた油揚げに酢飯を詰めたモンである。煮しめた油揚げと酢飯の組み合わせは、気温の高い日本の気候でも優れた保存性のお陰で古くから携帯食として人気だ。因みに太平洋戦争中には零戦の操縦士に携帯食として、缶詰めにした稲荷寿司を機上でも片手で食べられるからと配給していた。あるなら一度食べてみたいもんである。
……と、そんな事はともかく。その調味料として使う砂糖の代わりに黒糖を使ったのが黒糖いなり。砂糖と違い、若干の酸味と強いコクが独特で好きな人には堪らない一品かもしれない。そんな黒糖いなりだが、その癖の強い風味からレギュラー商品のいなりよりマイナー的な存在である。そのせいで職場での回転率も若干悪い。注文頻度の低い店によってはラップで包んだそれを冷凍し、注文毎に解凍して使っている程だ。
で、稲村某も店で働くパートさんの注文に応じ、冷蔵庫からパックに入れた(入荷時は二十枚セットの袋入り)黒糖いなりを冷蔵庫から取り出した。
(……こんな匂いだったっけ?)
だがしかし、寿司に長年係わっている稲村某は引っ掛かった。黒糖いなり自体は確かに独特な匂いがするのだが、鼻腔の奥底に僅かにだが嗅ぎ慣れない匂いを感じたのだ。何と表現すれば良いか……うん、たぶん一番近いのは排水溝の臭いだ。それも、本当に若干。だがそれは余りにも弱々しく、癖の強い黒糖独特な匂いだといわれたら、そんな気がする程度のレベルである。
(……まさか、ねぇ……ま、開封日時のラベル見りゃ判るか……)
そう思いながら規定量の酢飯を詰め、体裁良くクルリと余った皮を巻き込んで形を整える。それで終わりの筈である、しかし、どうしても気になってパックに貼られたラベルを確認してみた。
【 08.10.11 】
ラベルにはそう記されていた。最初の数字は月、次は日、そして最後は時間である。
アウト、である。いや待て、ちょっと待て。おいおい今日は何日だ? はいはい九月十日ですよ~そーかそーかつまり一ヶ月前の黒糖いなりタンかぁ~おやおや君は随分と隠れんぼがお上手なんですねぇ~
いや、そーじゃない。何故? 何故!? 八月のお盆の繁忙期を経由して、何回も消費と補充を繰り返してきたろーに! こんなもんが出てくるなんて、ウチの店の冷蔵庫はタイムカプセルか? (違います)
稲村某は、考えた。パックは通常、二個程度なら纏めて積んで仕舞われる事もある。しかし、黒糖いなりは回転率も悪く、仕舞っていた順番が狂えば下の方に呪物化したコイツが残る可能性も、有るっちゃあ確かにある。一例として、
黒糖いなり(一週間前の奴)
黒糖いなり(一週間前の奴)
黒糖いなり(今朝開けた奴)
これがまぁまぁあるパターン。おいおい二個もダブってんじゃねーかと突っ込まれるだろうが、日曜日の朝に補給した分が当日中に使われなかった場合、割りと週明けでも長々と居座る事もたまに有る。しかし、今回は違った。
黒糖いなり(特級呪物)
黒糖いなり(準特級呪物)
黒糖いなり(一週間前の物)
……山田くん、座布団全部取ってハリセンで泣くまでシバいたりなさい、ってレベルである。マジでビビりましたわ……一応、古い物から順番に並んでますが、それでも一週間前の物が一番新しいとか信じられませんなぁ。いや他人事みたいに言っている場合じゃないが。
そんな訳で、まな板の上に鎮座している黒糖いなり風の物体は速攻で廃棄し、新しい物を使って事無きを得ました。身内でもヤバいが、万が一お客様の注文だったら大問題に発展しかねん。
…… だ が し か し 、
(……まー、一応検食しとくか。死にゃせんだろうし、ネタ的に面白そうだからな)
稲村某は、敢えて火中の栗を拾う事にした。一ヶ月前に開封し、ずーっとパックで密閉し冷蔵庫に保管されていたブツを、敢えて検食(鮮度的に怪しいと感じた物を実際に味わって確かめる事)する気になったのだ。只のバカである。
では、食してみよう。
はむっ、とマスクを上げた口の中に黒糖いなりの皮を一枚押し込み、まむまむと咀嚼……おおおおぉっ!? な、何だこれシュワッとするぞっ!? 口の中が炭酸みたいになった!!(注・これは食品に含まれる糖分がアルコールに変化する際に二酸化炭素を放出した為かと思われる。いわゆる炭酸ガスである)
……だーかーらー、今から思い返せば、何故この時の俺は僅かに千切った欠片だけにしなかったんでしょーねぇ? バカだから丸々一枚そのまんま食べちゃったんですよ!? シュワッとしただなんて喜んでますが、普通ならベッと吐き出して口ゆすいでますってのに……
確かに最初の一口は奇妙だったが、黒糖いなりとして味わえばそれなりに……いや、こんなにポロポロと口の中で崩れるか? それに若干だが、妙な臭みも有る気がするって思えば思えなくもない。ま、低温保存されてたし、煮しめた油揚げと黒糖だから心配ないか~。
とかお気楽に考えながら、貴重な経験したなとそのまま仕事を続けました。消化系にゃ自信有るし、いなりの皮で当たったなんて聞いた事無かったですし。少しだけお腹がゴロゴロいってる気もしましたが、特に問題はないし。
えー、約二日経過した稲村某です。当たったかと言われたら、まーそれなりに当たったんじゃないかと思います。但し、まぁ軽い下痢気味ってだけですし、嘔吐や発熱なんて皆無です。普通に酒飲んでますし。そんな気軽な気分でこれ書いてます。ではまた。
と、いつもならバカの異物摂取エッセイで終了するんですが、今回は蛇足を書こうと思います。題して!!
【 稲村某は何故そんな物を平気で喰うのか? 】
何故か、といわれたら答えは簡単です。知りたいからです。知って、教えたいからです。先ず、先程もチラッと書きましたが、稲村某は飲食店で働いています。しかも、鮮度を大切にする寿司関係の仕事をしています。つまり、味の劣化から冷静に鮮度を判断するのも仕事の一環なんです。
腐る、とは物体に含まれている蛋白質が酸化等の化学反応により変化する事を指します。その化学反応で食品の蛋白質がアミノ酸化すれば旨味になりますが、その変化の先には腐敗が待ち受けているのです。そして、アミノ酸化から腐敗への変化は温度や空気に触れている等で千差万別です。美味しいが急に不味いにいつ変化するのかは、実際に匂いや触感、味で判断するしかありません。
では、腐った物はどんな味がするのか? 匂いは? 口の中に入れるとどんな触感(食感)なんだろうか? と、聞かれれば……実際に食って確かめて、あーこりゃダメだと知るしかないのです。腐った食べ物風のダミー食品は、今のところ一切存在していないでしょう。そんなもん聞いた事ねーや、余りにもニッチ過ぎて。
まあ、自分みたいにヤバい物を平気で口の中に入れる方は余り居ませんが、飲食店勤務の皆さんは大抵検食の経験はあると思います。そんな職務上の義務感も手伝い、稲村某は日々チャレンジしているのです(稲村某は特殊な訓練を積んでいます、良い子の皆さんは絶対にマネしないでください)。
後は、やっぱり小説やエッセイのネタになるからですかね……架空の動物や、空想上の存在を味で表現しようとしたら、敢えて何でも食ってみて想像の肥やしにしたくなるからかな? それと、稲村某はかなり味の記憶が鮮明な方で、子供の頃に口に入れた物の味や食感をいまだに覚えているんです。コンクリートって、砂粒混ざってるから固いけど少しだけ石に似た味がするんですよねって石の味が判るヒト居るのかな? あ、テーブルはニスの酸っぱい味がほんの少し残った木です。墨汁は少し鉛筆の芯に似てますし、紙は糊と木の味がします。糊はちょっとだけお米に近いですが、ほんの僅かですが塩化ビニル系の風味が混ざります。齧っただけですが、だいたい覚えてますね。
人は、生きる為に食う。命を長らえる為に食い、そして生きる。
しかし、人は知識を蓄える為にも食う。それはきっと、命を長らえる為に様々な物を確かめてみた結果を、いまだに覚えているからかもしれない。
生まれたての赤ん坊は、何でも口の中に入れる。食えるか食えないか確かめている訳はない、彼等は母乳しか必要としていないからだ。だが、味や匂い、噛んだ感触や食感は記憶を育み、膨大な知識の最初の一歩となる。だからこそ食う事は、人にとって思考や知識を蓄積する大切な情報収集の為に、必要不可欠な行為なのかもしれない。
……完全栄養食もいいけれど、変わったモノ食うのも必要だと俺は思うよ?