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第九十九話 推しヒロイン、覚醒する

「ウ……ウゥア……」


 魔力の爆発によってできたクレーターの中心に、カグヤの姿はあった。

 全身くまなくダメージを受けており、再生が間に合っていない。今なら、とどめを刺すことだってできそうだ。


「マダ……マダ……モット……」


 起き上がろうとするカグヤだったが、体に力が入らないようで、上手く立てないでいた。

 やがて、彼女の肌が、少しずつ元の色に戻っていく。

 どうやら、さっきの一撃が、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟の再生速度を大きく上回ったようだ。放っておけば、数時間もしないうちに再生してしまうだろうが――――。


「シル、ヴァ?」


「おはよう、寝坊助」


 カグヤの前でしゃがみ、顔を覗き込む。

 魔族の力が弱ったことで、元のカグヤが顔を出したようだ。角や髪の色も、少しずつ元に戻っていく。


「……まさか、魔族の力に目覚めた私ですら、相手にならないなんて」


 地面にぺたんと座り込んだカグヤは、呆れたように笑った。


「どれだけ強いの? アナタ」


「いや、結構必死だったよ」


 戦闘で疲れを感じたのは、ずいぶん久しい。

 体の疲れというよりは、一瞬の油断で命を落とす緊張感による、精神的な疲れのほうが大きいかもしれない。


「残念だわ。アナタとは、私の意識があるときに戦いたかった」


「……やっぱり、意識は別なんだな」


 それが分かって、俺は安堵した。


「このあと、私をどうするつもりかしら。私の中で、魔族の力が元に戻ろうとしている気配があるわ。ちんたらしていると、またあの姿になるわよ?」


「分かってるよ。……こっちも準備が整ったみたいだ」


 振り返ると、そこにはシャルたそが立っていた。

 カグヤは、呆気に取られた顔をする。


「カグヤ、あなたの中には、もうひとつの魂がある。多分、実体を持たない者と繋がれる、精霊魔術使いの私だから、分かったことだと思う」


「……どういうことかしら」


 いくら混血とはいえ、人間であるカグヤと、うちに秘めた魔族の力は、どうしたって別物だ。

 その二つを分けるのは、カグヤという魂と、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟という魂。魂自体が異なる以上、カグヤが魔族の力をコントロールすることは、不可能だ。自分の肉体なのに、気の毒な話である。


「〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟は、カグヤの中にあるもうひとつの人格みたいなもの。赤き月が出ているときしか、表に出られない……だから、心が育たなくて、赤子みたいな行動を取る」


「私の、もうひとつの人格……?」


 カグヤが、自分の胸に手を当てる。


「ここからが本題。カグヤの人格が表に出てる今、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟には実体がない。なら、私の〝精霊魔術〟で、契約できるかもしれない」


「……あなた、自分が何を言っているか、分かってるの?」


 カグヤの困惑はごもっとも。

 シャルたその魔術は、あくまで精霊と契約するものだ。

 昔からある伝承や、くだらない噂話。そういったものから生まれた、概念的存在こそが、精霊である。少なくとも、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟を精霊と定義づけるのは、無理がある。


「直観だけど、できるって思ったの。私は、私を信じる」


 シャルたその言葉で、カグヤが息を呑む。

 成功する可能性は、極めて低い。ゲームにはない設定だし、とてもじゃないが、背中は押せない――――はずだった。

 瓦礫の塔に登る前、シャルたそから、初めてこの話を聞いた。

 そのとき、シャルたその自信に満ちた表情を見て、俺はすべてを誤解していたことに、ようやく気がついた。

 この世界が、ブレアス本来のシナリオからずれていくのは、何も悪いことばかりじゃない。

 ヒロインたちが、本来のシナリオよりも強くなることだって、十分あり得る。

 俺の最推しは、もうブレアスのシャルル=オーロランドじゃない。

ここにいる、ただひとりのシャルたそだ。推しができると言ったなら、俺はそれを信じる。


「俺は、シャルたそに懸ける。だから、お前も乗ってくれ」


「……ほんと、あなたたちって、とことん強情なのね」


 呆れたように、カグヤはクスクスと笑う。


「分かったわ。シャルル(・・・・)、あなたにすべて任せる」


「……うん」


 力強く頷き、シャルたそは両手を合わせる。

 青白い魔力が渦巻き始め、シャルたそとカグヤを包み込んだ。


「〝汝――――シャルル=オーロランドの名のもとに、いざ契約を果たさん〟」


 カグヤの中から、黒い魔力が噴き出す。

 それはシャルたその魔力と混ざり合い、やがて実体となった。

 白き髪、漆黒の肌、赤く輝く眼。

 その姿は、まさしく〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟だ。

月に吼えるもの(ムーンビースト)〟は、暴れることなく、ジッとカグヤを見つめた。


「……不思議な気分だわ。あなた、こんなに綺麗だったのね」


 自ら死を選ぼうとするくらい、その心は苦しめられたはずだ。

 なのに、カグヤは目を細め、〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟に慈しむような笑みを向けた。

 カグヤの体にわずかに残っていた、魔族としての特徴が、ゆっくりと消えていく。


「成功……した……」


 シャルたそがよろめく。とっさに抱きかかえると、現れたばかりの〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟は、たちまち消えてしまった。

 カグヤから引きずり出すときに、相当魔力を使ってしまったのだろう。


「お疲れ、シャルたそ」


「うん……」


 顔色は悪いながらも、得意げな表情を浮かべたシャルたそは、何よりも魅力的に映った。


「……二人とも、感謝するわ」


 立ち上がったカグヤは、おぼつかない足取りで、俺たちのそばまで近づいてきた。


「素直に感謝されるなんて、ちょっとびっくり」


「あら、ふてぶてしい態度のほうがよかったかしら」


「そうとは言ってない。……カグヤらしいけど」


 これにて、すべて一件落着。


――――とは、いかないらしい。


「ある意味、ここからが本番か」


 俺たちに向かって、ゆっくりと近づいてくる人影があった。

 ネフレンと、カグヤもどきである。


「ああ、神よ……どうして消えてしまわれたのですか」


 血の涙を流しながら、ネフレンは俺たちに、憎悪の視線を向けた。


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