表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/107

第九十八話 モブ兵士、少し本気を出す

 夕方。

 橙色を塗り潰すかのように、空が赤く染まっていく。

 再び顔を出した赤き月は、昨日よりも禍々しく見えた。月に意思などあるはずもないが、赤き光をまき散らす姿は、まるで憎悪に支配されているようだ。

 俺は、入念に研いだ剣を鞘に戻し、騎士団のキャンプを離れた。

 すでに、周辺の人払いは済んでいる。俺が心置きなく戦うために、エルダさんが無理を言って、全軍を下がらせてくれたのだ。

 カグヤを相手にしたときの、陣形の無意味さを説いたらしい。今は、王都を囲うように待機してもらっている。説得は骨が折れただろう。本当に、感謝してもし切れない。

 深く呼吸をして、俺はカグヤがいる塔へと近づいていく。

 できることはやった。考えられるだけ考えた。あとは、俺がカグヤと全力でぶつかるだけ。

 ここまでやって駄目なら、そのときは仕方ないと言い切れる。


「……約束通りだな」


 ゆっくりと、塔の上からカグヤが舞い降りる。

 赤き月を背負った彼女は、神と見間違うほどの美しさだった。

 ネフレンが神を見たという気持ちも、少しだけ分かる。


「何か、いい解決策はあった?」


「ああ、まあな。そのためにも、まずはお前に大人しくなってもらう必要がある」


 そう言いながら、俺は剣を抜いた。

 一瞬、驚いた様子を見せたカグヤだったが、すぐに笑みを浮かべる。


「そういえば、前に言ったわよね。アナタの本気が見たいって。今日は、そのお願いを聞いてくれるってことでいいのかしら?」


「さあな。本気になる必要があれば、おのずと見られるだろうよ」


「あら、挑発みたいね」


「そう取ってもらって構わない。こんなときに悪いけど……柄にもなく、ワクワクしちまってるんだ」


 カグヤを助ける。その目的を忘れているわけではない。

 ただ、この世界に来てから一度も、俺は全力で戦ったことがなかった。   

 レベルをしっかり上げて、余裕をもって敵を倒すのが、俺のプレイスタイルではあるのだが、たまには血沸き肉躍る戦いに身を投じてみたい。

 カグヤが相手なら、それが叶うかもしれない。


「ふふっ、ふふふ……悔しいわ。アナタとは、私のままで戦いたかった」


「今を生き残れば、いずれ叶うさ」


「そうね……その通りだわ」


 赤き光に照らされ、カグヤの姿が変化していく。

 白き髪に、黒き肌の異形――――〝月に吼えるもの(ムーンビースト)〟となったカグヤは、俺を遊び相手(・・・・)として認めたのか、歓喜の叫びをあげた。


――――さあ、遊びましょう。


 どこからか、そんなカグヤの声が聞こえた気がした。


「ああ、とことん遊んでやる」


「アァァアアアアアアアアァァァ!」


 叫び声と共に、カグヤから魔力が溢れ出す。

 さて、かっこつけて啖呵を切ったはいいが、俺も気を引き締めなければ。

 今のカグヤの魔力量は、俺の想像を遥かに超えている。

 少なくとも、俺の〝魔力領域〟で魔術を封じ込めるのは、不可能と言っていいだろう。

 まあ、だからって他に取れる手段もないのだが。


「〝魔力解放(マナバースト)〟」


 解き放った魔力が、カグヤの魔力を押し返す。

 それに気圧されたのか、カグヤの顔が少し歪んだ。


「行くぞ……!」


 膨大な魔力によって強化された体は、カグヤとの距離を瞬時に詰めた。

 魔術を発動する隙を与えない。それが、〝重力魔術〟への対策だ。

 カグヤが後ろに退こうとするのに合わせて、さらにもう一歩踏み込む。それと同時に、剣を振り抜いた。

 駆け抜けた刃が、カグヤを袈裟懸けに斬る。肩から脇下にかけて線が走り、血が噴き出した。


「イ――――イヤァアアアアア!」


 自分から流れ出る血を見て、カグヤが悲鳴を上げる。

 瓦礫を積み上げて遊んだり、痛みに泣き叫んだり。

 今のカグヤは、まるで子供のようだ。これでは、やりにくいったらありゃしない。


「ウウウゥゥゥゥ」


 唸ると共に、カグヤの胸の傷が塞がっていく。

 ツギハギ以上の再生力。なるほど、自分じゃ死ねないわけだ。


「ダァ!」


 カグヤが俺に手をかざす。〝重力魔術〟の発動を予感した俺は、さらに魔力を解放した。

 カグヤの魔術は、距離が離れるにつれて効果が弱まっていく。

 それは、距離が遠いほど、魔力操作の難易度が上がっていくためである。

 よって、〝魔力領域〟でカグヤの魔力を拒むことで、〝重力魔術〟の効果範囲を、限りなく狭めることにした。

 俺が動かないことに顔をしかめたカグヤは、苛立った様子で吼える。

 そしてもう片方の手を突き出すと、そこから魔力の塊を撃ち出してきた。


「ゼレンシア流剣術――――〝独楽噛み〟!」


 魔力の塊を斬り裂き、そのままカグヤに向かって跳びかかる。そして真っ直ぐ刃を振り下ろすと、カグヤは後ろに跳んで回避した。


「ゼレンシア流裏剣術――――」


 体を捻り、溜め込んだ力を、距離を取ったカグヤ目掛けて放つ。


「〝青天一閃〟!」 


 剣を振り抜くと、それによって生まれた斬撃が、カグヤの胸を真一文字に傷つけた。

 夥しい量の血が噴き出し、痛みによる絶叫が響く。ツギハギが相手なら、これで終わりだ。

 しかし、さすがはカグヤ。これほどの傷でも、すぐに再生してしまう。


「アハァ!」


 どうやら、新しい遊び(・・)を思いついたらしい。

 突然、カグヤは己の左腕を引きちぎる。すると、その左腕がボコボコと変形し始め、やがてひと振りの剣となった。

 理屈は分からないが、肉体を変形できるということが分かれば、今はそれでいい。


「イヒッ」


 楽しげに笑ったカグヤは、剣を振りかぶりながら、俺に向かってきた。

 いつの間にか、左腕が再生している。まったく、厄介なことこの上ない。


「上等だッ!」


 剣と剣が、激しくぶつかり合う。

 衝撃が駆け抜け、地面が大きくひび割れる。

 木々が仰け反り、雲が吹き飛ぶ。

 耳をつんざくほどの金属音が鳴り響き、それ以外のすべての音が、一瞬消え去った。

 やがて、音が戻ってくるのと同時に、俺たちの体は、それぞれの方向に弾き飛んだ。


「くっ……」


 痺れる腕を押さえ込む。

 剣術のけの字もない、ただの力任せな一撃で、これだけの威力を生むなんて。


「アハッ! アハハハハハァ!」


 カグヤは、心底楽しそうに笑っていた。

 俺と戦うことが、そんなに楽しいか。

 暢気なことを言っていられる場合じゃないが、正直なところ、嬉しい。


「モット……モットォォォォ!」


 カグヤが剣を振り回し、俺がそれを捌く。

 次第に息が合い始め、まるで舞を踊っているかのように、規則正しい金属音が響いていた。

 俺という男は、なんて不謹慎なのだろう。世界の命運をかけた戦いといっても過言ではないのに、今が楽しくて仕方がない。こんな時間が、もっと続けばいいのにと思ってしまう。


「ああ、もっと遊ぼうぜ……!」


 互いに歯を見せあい、剣をぶつけ合う。

 ひと際強い衝撃が駆け抜け、俺たちは再度距離を取った。

 カグヤが剣を振り上げると、その刃に黒い魔力が集まっていく。

 俺は小さく息を吸い、剣に魔力を込める。


「ゼレンシア流裏剣術――――〝魔神白滝〟!」


 お互いに、溜め込んだ魔力を斬撃に載せて放つ。

 魔力と魔力がぶつかり合い、混じり合い、そして弾ける。

 光が視界を包み込み、やがてすべてが収まる。


 立っているのは俺だけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ