第九十七話 モブ兵士、約束する
俺は、カグヤの顔を見た。
強烈な言葉とは裏腹に、その顔はいつもと変わらないように映った。
「言っておくけど、冗談なんかじゃないわ。また夜になれば、私は魔族に戻って、今度こそ誰かの命を奪うかもしれない。そうなる前に……私に心が残っているうちに、殺してほしいのよ」
「……なんとなく、お前はそう言うと思ってたよ」
カグヤは、とにかくプライドの高い女だ。自分が、魔族という忌み嫌う存在になってしまうことが、心の底から許せないのだろう。それこそ、死んだほうがマシと思うくらいに。
「暴れている間に、色々と思い出したわ。研究所にいた頃のこと。そして、憧れていた女の子のことも」
「もしかして、前に言ってたヨミって子か?」
「ええ。ヨミは、あの暗い世界でも、ずっと明るく笑っていたわ。私が私である限り、誰にも負けたりしない、ってね」
とても、幼い子供とは思えない。
少し話を聞いただけで、俺はそのヨミという少女に、尊敬の念を抱いていた。
「仲間が減ったときも、ヨミは見えるところでは泣かなかった。本当は、私たちと同じように、辛くて怖くて苦しいはずだったのに……。どうして、忘れてたのかしら……」
昔を懐かしむように、そしてどこか泣きそうな顔で、カグヤは空を見上げた。
「初めて私が力に目覚めたのは、ヨミが死んだとき。実験に失敗して、動かなくなった彼女が運ばれていくところを見て、何かの糸が切れたの。意識を取り戻したのは、施設を飛び出したあとだったわ」
それが、ネフレンの言っていた感情の昂ぶりってやつだろう。
「魔族になると、私は私でいられなくなる。そんなことは、もう我慢ならないのよ」
拳を握ったカグヤは、俺の前に立ち、腕を広げた。
「自分で命を絶つのが筋だと思ったのだけど……今の私は、そう簡単に死ねないみたい。酷なことなのは分かっているわ。でも、私が私でいるうちに、アナタの手で始末をつけてほしいの」
俺は、剣の柄を握りしめる。
今なら、カグヤは抵抗しないだろう。この先も、昨晩のような暴走を繰り返すとしたら、ここで止めてやるのが、優しさなのかもしれない。
――――だったら、俺は優しくなくていい。
「冗談じゃねぇ。殺したりなんかするもんか」
俺はカグヤに近づき、瞳を真っ直ぐ見つめる。
その瞳には、眩しいくらいの強い光が宿っていたはずなのに、今はそれがない。
ならば、俺が取り戻す。
「魔族だろうがなんだろうが、お前はお前だ」
いつも偉そうで、興味がないことにはとことん無関心。
何よりも舐められることが嫌いで、欲しいものは力ずくでも手に入れようとする。
俺が知る限り、世界で一番我儘な女。それが、カグヤだ。
「お前の心が折れるところなんて、見たくないんだよ。そのためなら、俺は俺のすべてをかけて、お前を支えてやる。絶対に、死なせてなんかやるもんか」
「シルヴァ……」
無意識のうちに、声が強くなっていた。
カグヤを殺して、それで世界が平和になるとしても、俺はそれをハッピーエンドとは認めない。
この世界も、推しも、すべて守る。
それが、ブレアスを愛する者としての――――いや、俺の使命だ。
「言ったはずだ。俺が、お前を守るって」
カグヤが、広げていた腕を下ろす。
すかさず、俺はその手を握りしめた。
「必ず助ける。だから、俺を信じろ」
息を呑んだカグヤが、俺の手を握り返してくる。
しかし、その手はすぐに力を失った。
「……アナタって、本当に不思議だわ。でも、無理なものは無理よ。魔族の力は、私の中に深く根づいている。これを取り除かない限り、決して止められないわ。それとも、取り除く方法があるというの?」
「さあな、まだ分からないけど」
苦笑いを浮かべた俺は、カグヤの手を放し、背を向ける。
「……ま、どうしても駄目なら、そのときは俺が責任を取る。お前を連れて、誰もいない土地で一緒に暮らしていくさ」
みんなに会えなくなるのは悲しいが、カグヤを一生失ってしまうくらいなら、人里を離れたほうがマシだ。
それに、毎晩カグヤと戯れるなんて、オタクからしたらご褒美でしかない。
「……」
「ど、どうした?」
突然、カグヤの瞳が潤み始め、俺は焦る。
何か傷つけるようなことを言ったのだろうか? それとも、セリフがクサすぎた?
「あなた、自分が何を言ったのか気づいてないのね」
「え?」
「今の言葉、ほぼプロポーズよ?」
涙目のまま、カグヤがクスクスと笑う。
言われてみれば、責任を取るだの、一緒に暮らすだの、割とそのままのことを口走っているではないか。気づいた途端に、顔が熱くなる。
「こんなときだってのに……締まらねぇな」
「そのほうが、ダーリンらしいわ。……安心して? アナタが本気で私を救おうとしてるってことは、ちゃんと伝わったから」
「……ああ、それならいいや」
「ここで待ってるわ、あなたのことを」
俺はひとつ頷いて、塔から飛び降りる。
カグヤを救う。その方法は、まだはっきりとは分からない。
だからこそ、今できることをやらなければ。再び月が顔を出す、そのときまでに――――。




