第九十五話 モブ兵士、合流する
ついに〝月光領域〟から逃れた俺は、それからずっと全力で走り続けていた。
ここがどこの山かも分からない。ただ、一直線に飛ばされたおかげで、王都への道は分かっている。とはいえ、飛んでいた時間を考えると、相当距離が空いてしまったはず。
休まず走り続けたとしても、数時間はかかる。
今のカグヤの手にかかれば、それだけの時間で、王都を壊滅させることができるだろう。
「間に合ってくれよ……」
そう祈りながら、ひたすら走る。
すると、ようやく王都が見えてきた。
一見、無事に見える王都だが、そこにはあるはずのものがなかった。
「なんだ、これ」
〝月の塔〟があったはずの場所が、更地になっている。
騎士団の簡易キャンプが設営されていることから、すでにここで戦闘が起きたらしい。
「ううっ……」
「いてぇ……いてぇよ……」
キャンプを覗き込むと、そこには治療を受ける勇者たちの姿があった。
有名な顔もあるし、ここに集まった勇者が、実力者ばかりだと分かる。
だが、全員もれなく重傷を負っており、当分は立ち上がることすらできないだろう。
「シルヴァ……?」
名前を呼ばれたほうを見ると、そこにはエルダさんが立っていた。
疲弊しきっているようだが、大きな怪我はしていないようだ。まずはそのことに安堵した。
「エルダさん、その――――」
カグヤが魔族になったのは、俺の責任だ。
謝罪しようとした瞬間、俺はエルダさんに抱きしめられていた。
「よかった……貴様が無事で……」
エルダさんの抱きしめる力が、一層強くなる。
「……すみません、心配をかけて」
「っ、まったくだ! まあ、貴様ほどの男が、簡単にやられるとは思っていなかったがな」
自分が何をしているのか気づいたようで、エルダさんは俺から離れ、頬を赤くしながら、パタパタと手足を動かした。
俺は、〝月の塔〟で起きたことを、手短に伝えた。
「そうか。やはり、あれはカグヤなんだな。何かの間違いであってほしかったが……」
エルダさんは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「元に戻す方法は、まだ分かりません。ひとまずは、俺の〝魔力領域〟に閉じ込めようかと思っています」
「分かった。カグヤは王都を越えて、さらに北上を試みているようだ。今は、第二陣の勇者たちが足止めに向かっている」
「北上……」
その方角には、月の研究所の跡地があったはずだ。
「分からないことだらけだが、これだけの規模の戦いがあって、死傷者が出ていない。希望的観測に過ぎないが、カグヤはまだ、かろうじて理性を保っている可能性がある」
「っ!」
「なんとか正気に戻してやりたい。そのためには、貴様の力が必要だ」
「……はい」
「頼んだぞ、シルヴァ」
エルダさんの言葉に、俺は深く頷いて見せた。
王都を横断するように駆け抜ける。
エルダさんは、カグヤとの戦闘で魔力をすべて消費してしまい、しばらくは戦えない。後方支援として参加しながら、魔力が回復次第、第二陣と合流すると言っていた。
それから、情報を拡散するあたり、魔族の正体がカグヤであることは、伏せてもらうことにした。カグヤのことは、何がなんでも元に戻す。日常に戻ったあと、彼女に居場所がないというのは、あんまりだ。
「……なんだ?」
王都を飛び出し、なおも走り続けていると、規則的な大地の揺れを感じた。
研究所跡地が近づくに連れ、その揺れは激しくなっていく。やはり、カグヤが目指したのは、自身の古巣だったようだ。
東の空が明るくなり始める。もうじき夜が明けるということは、月が沈み、カグヤの力も少しは落ちるかもしれない。
わずかな希望を抱きながら、茂みを飛び出すと、研究所の跡地は目と鼻の先だった。
「――――え?」
そこに広がる光景を見て、俺は首を傾げる。
「アハァッ!」
楽しげな笑みを浮かべながら、カグヤは瓦礫を魔術で浮かせる。
それを他の瓦礫の上に積み上げ、今度はまた、別の瓦礫をその上に積み上げる。
規則的な揺れは、カグヤが瓦礫を積み上げる際に生まれたものだったらしい。
そして、この光景を、茫然とした様子で勇者と騎士たちが眺めていた。
「シルヴァ」
「っ! シャルたそ! 無事でよかった」
声をかけてきたのは、困惑した様子のシャルたそだった。
「シルヴァも、無事でよかった。ねえ、あれ……カグヤだよね?」
「……ああ」
二人で、いまだ瓦礫遊びに夢中になっているカグヤを見上げる。
「ツギハギを倒したあと、桁違いに強い魔族が暴れているって聞いて、他の人たちと追いかけてきたんだけど……。カグヤに何があったの?」
「あとで詳しく話すよ。その前に、シャルたその他に、正体に気づいてる人はいた?」
「ううん、多分いない。私もまだ、あれがカグヤだってことは誰にも伝えてない」
「ああ、そのままで頼むよ」
そう言った直後、ひと際大きな揺れが起きた。
カグヤはすべての瓦礫を積み上げると、満足そうに手を叩く。
出来上がったそれは、巨大な塔だった。彼女が住処にしている〝月の塔〟と、ほぼ同じ高さに見える。
「どうしてこんなものを……」
俺がそう呟いた途端、いよいよ顔を出した太陽が、カグヤの顔を照らす。
すると、カグヤは苦しげな呻き声を漏らした。
「ウウウゥゥゥ……」
そして、自分で積み上げた塔の頂上まで飛んでいき、姿を消してしまう。
状況がまったく吞み込めずにいる俺たちは、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
――――騎士団全隊に通達。
女型の魔族、一時沈黙。
これより女型の魔族を、未発見である〝レベル5〟と仮定し、討伐隊を編成する。
なお、これより当の魔族を、〝月に吼えるもの〟と呼称する。




