第九十四話 獣、吼える
「エルダ、僕にひとつ案がある。もしかしたら、やつに一太刀浴びせられるかもしれない」
「……分かった、聞こう」
ヘンゼルに耳打ちされたエルダは、一瞬驚いた顔をした。
しかし、すぐに頷き、わずかに後ろに下がる。
「アハァ……」
笑みを浮かべ、カグヤは三人に向かって魔力の塊を放つ。それを再び魔術で弾いたヘンゼルは、グレーテルに目配せした。
「〝両想引力〟――――〝双極〟!」
グレーテルは、ヘンゼルが弾き飛ばした魔力と、カグヤ自身に〝引力魔術〟をかける。
互いに引き合う性質を付与されたことで、魔力の塊は、放った本人であるカグヤへと向かっていった。
そして、見事に着弾。カグヤを中心に、大爆発が起きる。
「よーし! なんか調子いいかも!」
グレーテルが、得意げな顔をする。
赤き月は、魔を目覚めさせる。
すなわちそれは、魔族としての力を呼び起こすということ。
当然それは、〝人造魔族〟であっても例外ではない。
「グレーテル、油断するなよ」
「分かってるよ。こんなので倒せるなんて思ってないしね」
煙が晴れると、案の定無傷のカグヤが現れた。彼女は少々不機嫌そうにしながら、服の汚れを手で払う。
「呑気なやつだな。僕らよりも、服の汚れが気になるらしい」
「失礼しちゃうね。お兄ちゃん、もっと攻めよう」
グレーテルは、自らに引力を付与し、カグヤへと飛んでいく。ヘンゼルは、自身と地面を反発させることで、同じように宙を舞った。
その曲芸のような動きを見て、カグヤはキャッキャと笑った。
「その余裕を崩してやる! グレーテル!」
「うん!」
グレーテルが両手をかざすと、ヘンゼルとカグヤの体が、先ほどと同じ要領で、互いに引き寄せ合う。
ヘンゼルは、空気と体を反発させ、さらに加速。最高速に達したヘンゼルは、ソニックブームを発生させながら、カグヤに突っ込んでいく。
「〝三重斥力〟――――〝引力衝突〟!」
音速の跳び蹴りが、カグヤを捉える。くの字に折れ曲がったカグヤは、王都とは反対方向に吹き飛んでいった。
「これならさすがに……」
手応えを覚えたヘンゼルは、ニヤリと笑う。
しかし、カグヤは空中でぴたりと制止し、ゆっくりと顔を上げた。
「――――アハァ」
うっとりとした笑みを浮かべたカグヤは、ヘンゼルとグレーテルに手をかざす。
その瞬間、抗えない重力によって、二人はカグヤのほうへ一気に引き寄せられた。
「うそっ⁉ 今のでも駄目⁉」
「くそ……冗談じゃない」
ヘンゼルが舌打ちをする。このままカグヤに捕まれば、徹底的な破壊が待っている。
ただ、二人にはまだ、策が残されていた。
「今だよ! エルダっち!」
グレーテルがそう叫んだ瞬間、カグヤの背後に、氷の翼を生やしたエルダが現れる。
カグヤにとって、彼女はもう動くはずがない玩具。完全に不意を突かれ、反応が遅れる。
「僕らには、他人の魔力を吸い取る力がある。その応用で、僕らの魔力を一時的に分け与えたのさ」
「名付けて! 〝魔力譲渡〟だよ!」
エルダが、氷の大剣を振りかぶる。
「さっきは、簡単に受け止められてしまったが……」
流し込まれた魔力に反応し、氷の大剣が、黒く染まっていく。
大剣に込められた魔力は、エルダだけのものではない。二人の魔族の力が組み合わさったことで、刃はさらに黒く、そして、さらに巨大になる。
「――――〝黒氷大剣〟!」
黒い大剣が、カグヤの肩にめり込む。カグヤの体を守る魔力と、エルダの刃がこすれ合い、火花が散った。
――――これでも、まだ……!
三人の力を掛け合わせても、刃がこれ以上進まない。
これを外せば、三人にあとはない。エルダは歯を食いしばり、最後の一滴まで、魔力を剣に注ぎ込んだ。
「これで……落ちろォォオ!」
エルダが刃を振りぬくと、カグヤは真っ逆さまに落ちていく。
そして、そのまま強烈な勢いで地面に叩きつけられ、土埃が舞った。
「はぁ……はぁ……」
魔力を使い切ったことで、エルダの背中から翼が消える。しかし、すぐに二人が助けたことで、無事に地面に着地できた。
「完璧な一撃だった。これで駄目なら、いよいよまずいな」
「お兄ちゃん、それフラグって言うらしいよ」
グレーテルが苦笑いを浮かべると、土煙の中から、ゆっくりとカグヤが姿を現した。
その肩には、エルダの一撃によってついた傷がある。
「アハッ! アハハハハハ!」
子供のような甲高い笑い声が、夜空に響く。
決死の攻撃でつけた傷が、三人の目の前で、みるみる塞がっていく。
彼女たちを再び絶望させるには、十分な光景だった。
「再生能力まで……ちょっと、ずる過ぎるかも」
「さすがに、もう策はないぞ」
身構えながら、三人はじりじりと後退してく。
痺れを切らしたカグヤが、そんな三人に跳びかかろうとした瞬間。
どこからともなく、無数の矢が飛来した。
「騎士団長をお守りしろ!」
馬に乗った騎士たちが、カグヤの周囲を取り囲む。
茫然としているエルダは、状況が飲み込めず、辺りを見回した。
「団長! ご無事ですか⁉」
「あ、ああ……」
「勇者の招集が間に合いました! 我々は一時撤退を!」
騎士の馬に乗せられ、エルダは戦線を離脱する。
「ひとまず、エルダは役目を果たせたってわけか……」
「はぁ。もう、ヘトヘト……」
魔族を相手取るとき、騎士は勇者が現着するまでの足止めを担当する。討伐することが理想ではあるが、エルダは最低限の役割をこなしたということになる。
人間でありながら、あの化物相手に大したものだと、二人は思った。
「っと……僕らも一旦退こう」
「うん」
ヘンゼルとグレーテルは、騒ぎに乗じて離脱した。
二人を知る騎士は、まだ少ない。余計な混乱を生む前に、姿をくらます必要があった。
そして、彼らと入れ違いになるように、十数名の勇者が、カグヤの前に立ちはだかる。
「ウウ――――アァァアアアアアアア!」
新たな敵の出現を喜ぶかのように、カグヤは月に向かって吼えた。




