第九十三話 双子、協力する
「〝氷飛翔〟!」
エルダの背中に、翼を模った氷が現れる。
そして、その羽ばたきに合わせて、エルダの体が宙に浮かび上がった。
「貴様を止める……!」
カグヤの真上を取ったエルダは、剣を両手で握りしめ、大きく振り上げる。
「〝氷大剣〟!」
握りしめた剣に氷が集まり、巨大な刃を形作る。
エルダは、それを真っ直ぐカグヤに向かって振り下ろした。
かわす素振りを見せないカグヤは、その一撃を片腕で受け止める。
「っ! なんの!」
エルダが魔力を解放すると、刃に触れているカグヤの腕が、氷に包まれる。
腕を包んだ氷は、徐々に広がっていき、やがてカグヤの全身を包み込んだ。
「〝氷呪縛〟……!」
氷に囚われたカグヤが、地面へと落ちていく。
――――これで、少しでも時間を……。
エルダの中に芽生えた、わずかな希望。
しかし、それは容易く砕かれてしまう。
氷の中にいるはずのカグヤが、ニヤリと笑った。
そして、彼女を包んでいた氷が、呆気なく砕け散る。
「そんな……!」
驚きも束の間、カグヤは一瞬にしてエルダの眼前に現れ、指を鳴らす。
すると、抗えないほどの重力が、エルダを襲った。氷の翼はまったく役に立たず、体は地面に叩きつけられる。
「かはっ⁉」
叩きつけられた衝撃で、肺の中の空気が吐き出る。
そんな彼女の前に、カグヤが舞い降りた。
「ぐっ……」
立ち上がろうとするも、さらに重力が強くなり、再び地面に顔をつける。
「アハァ」
カグヤは、恍惚とした顔をしながら、動けずにいるエルダを見下ろす。
たとえるならば、蟻の巣に水を流し込む子供。虫のように足掻くエルダを眺めることで、カグヤは己の好奇心を満たしていた。
「まだだっ……!」
エルダが地面に魔力を流すと、カグヤの足元が盛り上がる。
そこから飛び出してきたのは、無数のつららだった。
「アハハッ!」
カグヤは、宙に浮かび上がってつららをかわす。
その隙を突いて、カグヤから距離を取った。
――――やはり……私の魔術では駄目か。
呼吸を整えながら、エルダは剣を構える。
エルダがまだ生きているのは、カグヤが遊んでいるからだ。
少しでもカグヤの気が変われば、エルダは一瞬で、この世から消し飛ばされる。
もはや、そうなることに口惜しさなどない。
むしろ、まだ呼吸ができていることに対し、エルダは感謝すら覚えていた。
一体、誰が彼女を止められるというのだろう。時間を稼いだところで、現存の戦力では、どうにかなるはずもない。
唯一、希望があるとすれば、あの門兵のみ。
――――そうだ、シルヴァは?
ふと、エルダの脳裏に、彼の顔がよぎる。
カグヤと共に行動していたはずの彼は、一体どこへ消えたのか。
「貴様……シルヴァを、どうした?」
質問の意図を知ってか知らずか、カグヤはニヤニヤとした表情を崩さない。
最悪のビジョンを想像し、エルダの脳内が絶望に染まる。
カグヤにとって、エルダが抵抗をやめたのは、玩具が動かなくなってしまったのと同義。
壊れたら、もう必要ないのだ。
「ムウ」
カグヤは、つまらなさそうに唇を尖らせ、エルダから視線をそらした。
そして、エルダのほうを見もせずに手をかざすと、そこに黒い魔力が集まっていく。
そうして放たれたのは、すべてを飲み込む魔力の本流。
このままでは、エルダだけでなく、そのはるか後方にある王都すらも、甚大な被害を受けるだろう。
「全魔力解放……!」
エルダは剣を地面に突き立て、迫りくる魔力を睨みつける。
「〝氷城壁〟―――― 」
巨大な氷の城が現れ、カグヤの魔力を受け止める。
「はぁぁあああああ!」
エルダの全魔力を注いだ氷の城は、カグヤの魔力を受け止めきった。
すべてを使い果たしたエルダは、崩れ去る氷の城を前に、膝をつく。
「どうした……まだ私は生きてるぞ!」
カグヤの注意を惹くために、エルダが叫ぶ。
しかし、カグヤは退屈そうなまま、再び手をかざす。
その手には、先ほどよりも膨大な魔力が集まっていた。
「……冗談じゃない」
エルダが、全力を賭して、初めて止められる一撃を、カグヤは平然と連射する。
これまで、差がありすぎるが故にぼやけていた絶望が、はっきりと形になった。
苦笑いを浮かべたエルダは、がくりと項垂れる。
この一撃を防げるだけの力は、もう残っていなかった。
「せめて……シルヴァの安否だけでも知りたかったが」
彼の困った顔を思い浮かべ、エルダは頬を緩める。
いつの間にか、エルダにとってあの門兵は、何にも代えがたい存在となっていた。
退屈からくるあくびと共に、カグヤが魔力を放とうとした。
――――まさに、そのとき。
「〝片想引力〟――――〝衝突〟!」
突如として飛来した跳び蹴りが、カグヤの体を直撃する。吹き飛ばされたカグヤだったが、すぐに空中で静止した。
「ちぇ、直撃したのになぁ」
「先走るな、次は一緒にやろう」
「うん、そうだね」
エルダを庇うように、二人の魔族が並び立つ。
「ヘンゼル……! グレーテル! 貴様ら、何故ここに……」
「エルダっちが急に飛び出していくもんだから、気になっちゃってさ」
「そのあとすぐ、とてつもない魔力を感じたからな。助けが必要かと思ったんだ」
ヘンゼルに肩を借り、エルダは立ち上がる。
空中から三人を見下ろしていたカグヤは、新たな玩具を見つけたことへの歓喜で、口角を吊り上げた。
その威圧感を受け、ヘンゼルとグレーテルは、とっさに身構える。
「なんだ……この魔力は……」
「カグヤっちに似てない……?」
かろうじて自分の足で立つことができたエルダは、重たい腕で剣を構え直す。
「どうしてこうなったのかは知らんが、やつはカグヤだ」
「でも、どう見ても魔族だよ?」
「それも、僕らとは桁違いのね」
カグヤが、三人に向けて手をかざす。
そして、魔力が再び放たれた。
「〝片想斥力〟――――〝受流〟!」
ヘンゼルが指を動かすと、突然カグヤの魔力が軌道を変え、虚空へと消えていった。
〝反発魔術〟によって、ヘンゼルが弾き返せるものには限界がある。
カグヤの魔力に正面からぶつかったところで、競り負けてしまうだけ。故にヘンゼルは、角度を変えて〝反発魔術〟をぶつけ、カグヤの魔力を受け流した。
以前、ジークの攻撃を防げなかった際に学んだ、工夫のひとつである。
「っ……想像以上に重いな」
「大丈夫? お兄ちゃん」
「ああ、多めに魔力を持っていかれただけだ」
三人がかりとはいえ、依然として勝機は見えてこない。
このままでは、遅かれ早かれ全滅する。エルダは、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「……二人とも、今すぐここから離れろ」
「え?」
魔力切れで苦しげな顔のまま、エルダは二人の前に出た。
「このままでは、全滅だ。だがせめて……お前たちまで、失いたくない」
エルダにとって、大切なものを失うのは、自分が死ぬよりも恐ろしいことだった。
「何それ。エルダっちらしくないじゃん」
グレーテルは、エルダの首根っこを掴むと、そのまま後ろに放り投げた。
「お、おい!」
「あたしが生きてていいって思えたのは、エルダっちのおかげなのに。自分勝手だなあ」
グレーテルの責めるような視線を受け、エルダは息を呑んだ。
「……あんたに死なれたら、僕らは後ろ盾を失うんだ。僕らだけで生き残ったって、意味がないんだよ」
「貴様ら……」
呆然とするエルダの目の前で、グレーテルは兄の脇腹をつつく。
「そんなこと言って、お兄ちゃんもエルダっちに死んでほしくないだけでしょー?」
「ば、バカ!」
ヘンゼルが、グレーテルの口を塞ぐ。こんな状況でも、この兄妹はいつも通りだった。
それがなんだかおかしくて、エルダは自然と笑みを浮かべていた。
「……そうだな。貴様らの言う通りだ」
再び立ち上がり、エルダは剣を握り直す。
「戦って、生き残るぞ!」
三人が並び立つ。
それを見て、カグヤは嬉しそうに目を細めた。どうやら彼らは、もう少しだけ遊べるらしい。




