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第九十話 モブ兵士、たどり着く

「にしても、面倒な相手になってきたな……」


 弱点の位置を変えるなんて、そんな掟破りが許されるくらいだ。次は心臓を増やしてくることだって考えられる。

 そうなったときは、いよいよ魔力による力業で消し飛ばすしかない。周りを巻き込まないよう、意識することも増える。さっさと犯人を見つけなければ、状況は悪くなる一方だ。


「ねぇ、シルヴァ。この傷は何?」


「ん?」


 シャルたそがツギハギの胸を指差すと、そこには刃に貫かれたような傷があった。

〝円舞〟は、怒涛の連続攻撃で相手を斬りつける技。一連の流れに、突きは入っていない。

 しかし、どうも既視感がある。傷口を見る限り、少し古いもののようだ。


きっと胴体に使われた魔族が、前に負った傷だろう――――。


「っ……いや、そんなまさか」


 俺は、改めて傷口をよく観察する。

 やはり、見覚えがある。それも、つい最近のことだ。


「お手柄だよ、シャルたそ。おかげで、犯人に繋がる糸口が見えた」



 騒動に関する事情聴取を受けたあと、俺たちは、勇者のみが借りられる宿舎を訪れた。

 勇者のランクによって、借りられる部屋には制限が設けられており、ここは四級から三級でも借りられる低家賃の宿舎だ。


「どうしてこんなところに来る必要があるのかしら?」


「ちょっと確かめたいことがあってな」


 お目当ての部屋番号を見つけた俺は、入口のベルを鳴らす。

 すると、すぐに扉が開いた。


「はい――――って、門兵じゃないか」


 アレンは俺を見てギョッとしたあと、後ろに控えていたシャルたそを見て、さらにギョッとした。


「急で悪いな。今少し話せるか?」


「あ、ああ……別にいいけど」


 声のトーンで真剣な話題だと察したアレンは、俺たちを部屋に入れてくれた。

 部屋の中は、少し散らかっていて、まさに独り暮らしの男の部屋といった様子だ。何もかもやる気が起きず、散らかりっぱなしになっていた社畜時代の俺の部屋と比べれば、これでも綺麗なほうだが。

 それより、俺は部屋の中央に置かれた、大きなカバンが気になった。


「まさか、もう〝エヴァーマウンテン〟に?」


「……少しでも早く、強くなりたいからな」


 そう言って、アレンは拳を硬く握りしめた。

 それを見て、俺はニヤリと笑う。やっとこさ、俺の知っているアレンの顔になってきた。いずれ本当に、世界を救うほど強くなってくれるかもしれないな。


「それで、わざわざなんの用だ?」


「お前の剣を見せてくれ。今追っている事件に、関係があることなんだ」


「オレの剣が? ……よく分からないけど、そんなことでいいなら」


 アレンから受け取った剣を、鞘から抜く。

 この刃の形状、やはり俺の想像通りだった。


「ありがとう。もう大丈夫だ」


 首を傾げるアレンに剣を返し、俺たちは部屋を出ることにした。


「――――シャルル」


 去り際、玄関まで見送りに来たアレンが、シャルたそを呼び止める。

 少し警戒した様子で、シャルたそが振り返る。

そこには、頭を深く下げたアレンの姿があった。


「今まで、本当にごめん。オレの謝罪なんて、とても信じられないと思う。でも、今度こそ、ちゃんと謝りたいんだ」


「……」


 シャルたそが、ちらりと俺を見る。

 今のアレンは、周りが見えていなかった頃と違って、自分を客観視できている。きっともう、シャルたそを傷つけるような真似はしないだろう。

 俺は頷くことで、シャルたその背中を押した。


「確かに、アレンの謝罪は信頼できない」


 アレンの体が、わずかに震える。


「……でも、今のあなたが、変わったってことは分かる」


 シャルたそが、小さく笑う。


「いつか、勇者として、肩を並べて戦いたい」


「っ……! ああ! 必ず追いつくから!」


 顔を上げたアレンの目には、涙が滲んでいた。



 アレンの家を離れた頃には、すっかり日が暮れていた。

 そして俺は、二人を引き連れ、新たな目的地へと向かっていた。


「ダーリン、一体どこに向かっているの?」


「犯人のところだ」


 第一監獄で戦ったツギハギの胴体は、肌質的にダークスパイダーのものだろう。

 そして、あいつの胸にあった傷は、洋館でアレンが負わせたものだ。

 洋館でのとどめの一撃で受けた傷と、刃の形状を照らし合わせると、あのとき、アレンが殺した魔族であることは間違いない。

 何も、ツギハギを作るのに、魔族の死体をわざわざ自分で調達する必要など、なかったのだ。こんな簡単なことに、何故気がつかなかったのだろう。

 目的地に到着した俺は、足を止める。


「まさか……ここに?」


「ああ、きっとな」


 たどりついたのは、〝討伐魔術処理場〟だった。

 もう夜も遅いが、明かりがついているところを見るに、まだまだ稼働中らしい。


「ツギハギを作るたびに、わざわざ魔族を殺して回るっていうのは、どう考えても非効率だ。だけどここなら、自分で動かなくても、勝手に材料が集まってくる」


「なるほど、考えたわね」


 俺はダークスパイダーが〝魔術式焼却炉〟へと運び出されるところを見ていた。

 焼却前に死体がなくなったと分かれば、多少なりとも騒ぎになる。つまり、解剖室から焼却炉までの間で、あの死体は姿を消したということだ。

 そうなると、あの日の焼却処理を担当していた職員が、限りなく黒だ。


「よし、行くぞ。準備はいいな?」


「うん」


「ええ、もちろん」


 なんだか、パーティらしくなってきたではないか。

 俺はニヤリと笑って、建物の中に足を踏み入れた。

 見慣れたエントランスには、休憩中の男性職員たちが、のんきに雑談をしていた。


「ん? なんだ、あんたら」


 彼らは俺たちに気づくと、訝しげな視線で近づいてくる。しかし、すぐにカグヤに気づき、ハッとした。


「こ、これは! 特級勇者のカグヤ様!」


「本日は! どのような御用でしょうか!」


 さすがはカグヤ。これならすぐに話を聞いてもらえそうだ。


「魔族事件の捜査で来たの。焼却炉の当番について、訊きたいことがあるんだけど」


「は、はい! なんなりと!」


「ありがとう、助かるわ」


 カグヤが微笑むと、職員たちの頬が赤く染まる。

 洋館事件の日、つまりは魔族の死体を運び込んだ日付を指定すると、二人はドタドタと走っていった。


「なんだよ、ずいぶん機嫌がいいな」


 誰に対しても媚びないカグヤが、珍しく優しい声をかけたことに、俺は驚いていた。


「当然よ。だって、もうすぐ私を狙う不届き者を、完膚なきまで叩き潰せるのよ? それに、さっきから少しずつ、体の調子がよくなっているの。もうすぐ月食が終わるのね」


 そう言って、カグヤはひらりと回る。

 確かに、〝三神月食〟が始まってから、今日で三日目になる。月食が終わるのは、日付が変わった午前零時。犯人を追うことで必死になっていたが、もうすぐカグヤが本調子を取り戻すのだ。

 こうなると、相手がどんな罠を仕掛けてこようとも、負ける気がしない。


「すみません! お待たせしました……!」


 先ほどの職員が、分厚いファイルを持ってきた。


「えっと、その日の焼却炉当番は……ベクターですね。当番は基本ひとりでやるんで、間違いないです」


 当番はひとりだけということは、あの日、死体を取りに来た男がそのベクターとやらだろうか? よく見ていなかったため、風貌などはまったく覚えていなかった。


「ベクター……どういう方ですか?」


「そうですねぇ、無口で愛想がない感じで……飲みに誘っても、まったく乗ってこないようなやつです。あ、ちょうど今も当番なんで、会っていきますか?」


「っ! ぜひ」


 何が起きてもいいよう警戒を強め、俺は剣の柄をそっと握った。

〝魔術焼却炉〟の造りは、元の世界における溶鉱炉と似ていた。炉心に当たる部分には、魔道具によって燃え続ける炎があり、そこに魔族の死体を投げ入れることで、灰にすることができる。

 そんな焼却炉の淵に、人影があった。


「あそこにいるのがベクターで……あれ?」


 職員が首を傾げると、人影が振り返る。

 俺たちは、その顔を見て息を呑んだ。

 血が通っているとは思えないほどに白い肌。長く伸びた艶やかな黒髪。人形と錯覚するほど、整ったスタイル。


 そして、その顔立ちは、あまりにもカグヤそっくりだった。


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