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第八十九話 モブ兵士、舞う

「ドルセン=ラグドエル。〝幻想協会(フェアリーテール)〟の元所長であるあんたに、聞きたいことがある」


「な、なんだ……」


「ツギハギの魔族について、心当たりはないか?」


「ツギハギ? わ、訳分かんねぇよ……」


 俺の問いに対し、ドルセンは困惑している。

 様子を見る限り、ツギハギについては、本当に何も知らないようだ。

 ならば、訊き方を変えよう。


「次だ。魔族の研究中、おかしなことは起きなかったか? たとえば、研究資料を紛失したり、単独行動をしている職員がいたりとか」


「別に……そんなことは――――あ」


 どうやら、思い当たることがあったらしい。


「一年くらい前、研究中にいなくなったやつならいた。魔族の細胞を調べるために、死体をひとつ騎士団経由で提供してもらったんだが……」


 騎士団経由ということは、ジークの仕業だろうか。ここでもまた、思い出すことになるとは。

 ドルセンは、言葉を続ける。


「死体が届いた日の夜、研究室にいたそいつが、いなくなっちまったんだよ。その死体と一緒にな」


「っ! その話、もう少し詳しく話してくれ」


「詳しくも何も、それで全部だ。おおかた、その魔族は死んだふりをしていて、研究所に残っていた職員を殺して逃げたってところだろうよ」


「もうひとつ可能性があるだろ。その職員が、魔族の死体を盗んで、姿をくらませたのかもしれない」


「は、はぁ? なんでまたそんな……。大体、あいつにそんな度胸あるわけ……」


「その職員の名前と、特徴を教えてくれ」


「そんなの聞いてどうすんだよ。もう死んでるってのに」


「いいから」


 軽く鉄格子を叩くと、ドルセンはビクッと肩を震わせた。


「ね、ネフレンだ! 〝ネフレン=ナイア〟だよ! 丸眼鏡に、いつもボサボサの髪で、左手に大きな火傷の痕がある! 冴えないやつだったけど、〝月の研究所〟時代からの同僚だから、さすがに忘れねぇ!」


「ネフレン……」


 確か、名簿にもあった名前だ。

 ドルセンが言っていることに、嘘はないだろう。


「も、もういいだろ⁉ さっさと消えてくれ!」


 怯えた表情で、ドルセンが叫ぶ。

 その声は、カグヤに向けられているようだった。


「言われなくても、もう消えるよ」


 カグヤを苦しめ続けたくせに、謝罪のひとつもないのか。

 これ以上、こいつと話す価値はない。シャルたそとカグヤを先に行かせ、俺もあとを追おうとした、そのとき。


「……お前、あいつの正体(・・・・・・)を知らねぇのか」


 ドルセンに声をかけられた俺は、訝しげな顔で振り返った。


「なんのことだ?」


「はっ……知らないで一緒にいんのか。だったら教えてやるよ」


 引きつった笑みを浮かべたドルセンは、言葉を続ける。


「いいか? あいつの正体はな――――」


 突然、牢の中の天井が崩落し、ドルセンの言葉を遮った。

 土埃が舞う中、瓦礫が転がる音に混じり、何かが潰れる音が響く。


「っ! ドルセン!」


 土埃が晴れる。牢の中には、瓦礫に潰され見るも無残な姿になったドルセンと、四つの腕を持つツギハギの魔族がいた。


「て、敵襲だ!」


 近くに控えていた騎士が、非常用のベルを鳴らす。

 その騒ぎで、シャルたそとカグヤも戻ってきた。


「何事かしら」


「この魔族、また……」


 すでに剣を抜いていた俺に合わせ、二人が身構える。

 ツギハギは、四本の腕で檻を捻じ切り、俺たちを睨みつけた。


「ニンム、カイシ……ジャマモノ、ハイジョ」


「っ……この野郎」


 こいつのせいで、ドルセンの最期の言葉を聞きそびれた。

 やつは、重要なことを告げようとしていたはずなのだ。

 怒りに打ち震えた俺は、すぐさまツギハギに斬りかかった。しかし、刃がツギハギの腕にぶつかると、派手な音と共に弾かれてしまう。


「なっ……」 


 驚いている隙に、ツギハギの拳が腹にめり込む。

 肺の空気が押し出される感覚のあと、俺は別の牢の鉄格子に、背中を打ちつけていた。


「シルヴァ⁉」


「っ、大丈夫、ちょっと油断しただけ」


 この程度の攻撃でダメージを負うほど、軟な鍛え方はしていない。

 すぐに立ち上がり、冷静になるべく、深呼吸をした。そうして敵を見れば、何故俺の刃が弾かれたのか、すぐに理解できた。 

 やつの手脚を包む、分厚い鱗。

 あれを斬るには、もっと強い魔力強化が必要だ。

 二回の敗北で、俺への対策を考えてきたのかもしれない。ただ、これだけのことで俺を排除できると思っているなら、少々心外だ。


「カグヤは少し下がれ。シャルたそ、リルでサポートを頼む」


「うん」


 リルの隣で剣を構える。

 腕が増えたことによるアドバンテージは、手数の多さだ。ならば、こっちも手数を増やすまで。

 跳びかかるリルに合わせて、俺は姿勢を低くして走る。

 ツギハギの眼球が,ギョロギョロと忙しなく動く。上からはリル、下からは俺。どちらを迎撃するべきか、決めあぐねているようだった。

 リルの機動力は、下手すれば俺より上だ。一瞬でも迷えば、リルにとっては十分な隙となる。そして案の定、対応が遅れたツギハギの目を、リルの鋭いかぎ爪が抉った。

 視力を失い、ツギハギがよろめく。その再生速度をもってすれば、すぐに視力も戻るだろう。ただ、すでに攻撃を繰り出している俺には、永遠にも等しい猶予だった。


「ゼレンシア流剣術――――〝脱昇〟!」


 床すれすれを走った刃が、ツギハギの体を斬り上げる。

 瞬間、心臓を斬った手応えがないことに気づいた。


「こいつ……!」


 ツギハギが、反撃の拳を繰り出してくる。相変わらず、攻撃自体は大振りで、かわすことは容易い。身をかがめて回避した俺は、一度距離を取った。


「……心臓の位置が違うのね」


「ああ……〝改良〟してきやがった」


 心臓が弱点なら、その位置を変えてしまえばいい。あまりにも単純な対策だが、シンプルが故に、俺のように単純な戦法しかない人間には、かなり有効だ。

 さすがは研究者。一戦一戦、しっかりと学んできやがる。ならば、一瞬で全身を攻撃し、心臓に当たることに賭けるしかない。


「ジャマモノ、ハイジョ」


 うわごとのように繰り返しながら、ツギハギは左右の手を一本ずつ重ね合わせる。すると、その手のうちに膨大な魔力が集約された。


――――これは、洋館のやつと同じ……。


 こんなところで魔力をぶっ放されたら、第一監獄ごとすべてが吹き飛んでしまう。

 それを防ぐためには、放つ前に潰すしかない。瞬時に距離を詰めた俺は、ツギハギの頭部目がけて刃を振り下ろした。

 しかし、洋館のときとは違い、こいつには自由に使える腕が残っている。鋼鉄の鱗で刃を受け止めたツギハギは、素早く距離を取り、俺に手を向けた。


「残念。これで幕引きだ」


 俺が跳びかかると同時に、ツギハギの眼前に現れたリルが、再びやつの眼球を抉る。

 一度リルを戻し、ツギハギのそばで再顕現。警戒していなければ、とても避けられない。

 シャルたそも、なかなかトリッキーな戦いをするようになったものだ。


「ゼレンシア流剣術――――〝円舞〟!」


 怒涛の連続攻撃が、ツギハギの体を斬り刻む。

 ツギハギは膝をついたが、まだ心臓は破壊できていない。

 技の終わり際、俺は強く床を踏みしめ、再び跳んだ。


「アンコールだ」


〝円舞〟から〝円舞〟に繋げ、ひと息つく間もなくツギハギの体を刻み続ける。

 するとようやく、心臓を破壊することに成功した。


「シッ……パ……イ……」


 膝をついたまま項垂れたツギハギは、そのまま動かなくなる。

 絶命を確認し、俺は剣を納めた。


「お見事ね。いい見世物だったわ」


「そりゃどーも」


 カグヤの拍手を受け、俺は苦笑いを浮かべた。


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