第八十八話 モブ兵士、囚人と会う
エルダさんから名簿を受け取ったのは、翌日の昼だった。
「あの……大丈夫ですか?」
「これがそう見えるか?」
エルダさんの顔は、土気色になっていた。
目元には隈が深く刻まれ、髪は水分を失ってボサボサになっている。
俺は、こういう状態の人をよく知っている。俺も、残業で徹夜続きのときはこうだった。
「名簿は機密扱いだったからな……部下に探させるわけにもいかず、結局自分で探したのだ。それだけならまだしも、昨夜はこれまで以上に魔族事件が多発してな」
どうやら、愚痴タイムに入ったらしい。
カグヤは聞き流しモードだが、俺とシャルたそは、しばらく付き合うことにした。
結局、エルダさんがこうなったのは、俺たちが名簿探しを頼んでしまったからだし、愚痴を聞くくらい、お安い御用だ。
「勇者を起こして出動させたのだが、その中にいた三級勇者がしこたま酔っ払っていたせいで、民家を破壊してしまったんだ。その後始末の指示を出したり、人手が足らず、被害状況の確認がスムーズにいかなかったり……あー! もう辞めちゃおっかなぁ!」
「お、落ち着いてください!」
じたばたと暴れ始めたエルダさんを、なんとか取り押さえる。
いよいよ重症だ。このままでは、エルダさんがストレスでおかしくなってしまう。
「ううっ……すまない、取り乱した」
「謝らないでください。エルダさんの忙しさの原因は、俺たちにだってあるんですから」
俺がそう言うと、エルダさんはハッとしたあと、潤んだ瞳を向けてきた。
「そ、そう思うなら……今度、その、飲みにでもいかないか⁉」
「え?」
「ももも、もちろん、貴様が嫌なら断ってくれても構わないのだが⁉」
強制かと思いきや、そういうわけではないらしい。
上司の酒に付き合うくらい、前世で散々連れ回された俺にとっては、屁でもない。
しかも、相手がエルダさんなら、むしろ大歓迎だ。
「分かりました。一晩でも二晩でもお付き合いします」
「ひ、ひとばん⁉ ふたばん⁉ それはその、そういうことか⁉」
何を言いたいのかよく分からないが、突然顔色がよくなったし、俺の回答は正解だったようだ。
「シルヴァ、それは女たらしすぎる」
「え?」
いつの間にか、シャルたそからジト目を向けられていた。
「浮気性にもほどがあるわよ、ダーリン」
「ええ⁉」
カグヤまで、俺に呆れるような視線を向けている。
何故こうも責められているのか。板挟みになっている理由が分からない。
「ごほんっ……まあ、予定はまたあとで立てるとしてだな……」
咳払いと共に仕切り直したエルダさんは、金具で閉じられた資料を、デスクに置いた。
「これが、〝月の研究所〟にいた職員の名簿だ。研究所が解体されたあとの動向も、ある程度は分かっている」
「ありがとうございます」
名簿に目を通してみたが、並んでいる名前は、俺が知らないものばかりだった。
やはり、あれだけ自信があった俺のブレアス知識は、もうほとんど役に立たなくなっているようだ。
しかし、ブレアスの知識は使えずとも、この名簿から分かることがある。
「……ほとんどの職員が、〝月の研究所〟から〝幻想協会〟に移ったんですね」
名前の隣には、〝移動〟か〝死亡〟の、どちらかが記載されていた。
移動とある場合は、そのさらに隣に、移動先が書かれている。その中で、もっとも多く書かれている移動先は、ジークの一件で解体処分となった、〝幻想協会〟だった。
「知っての通り、〝幻想協会〟は、魔族を用いた研究を行っていた。仮に、犯人が潜り込んでいたとしたら、ツギハギを生み出すのに、その研究データを活かしている可能性はあるだろう」
「そうですね……なら、次は〝幻想協会〟の元職員を当たってみようと思うんですけど、解体されたあとって、結局どうなったんですか?」
「首謀者であるジークが命を落としたことで、ほとんどの職員が、また別の組織に移動した。ひとりを除いてな」
「そのひとりとは?」
「〝幻想協会〟の所長、〝ドルセン=ラグドエル〟だ。研究員は罪に問われなかったが、所長となるとそうもいかない。責任を押しつけられ、現在は投獄されている」
「話を聞く価値はありそうですね」
「うむ。すぐに接見の手配をしておこう」
俺はエルダさんに感謝を告げ、騎士団長室を出た。
すると、向こうからランツェル先生が歩いてくるのが見えた。
「おや、奇遇だね。仕事熱心なようでなによりだよ」
「ど、どうも……。お疲れ様です」
うげ、こんなときに会うとは。
ランツェル先生の独特な雰囲気から、シャルたそとカグヤも、どこか怪訝そうだ。その顔になる気持ちは、痛いほどよく分かる。
しかし、ランツェル先生は俺をからかうわけでもなく、退屈そうに語り出した。
「ちょうどよかったよ。この前のツギハギのことで分かったことがあるんだ。あれね、ただの死体の集合体だったよ。私はてっきり、強い魔族を掛け合わせたキメラだと思ってたんだけどねぇ……」
ランツェル先生は、至極残念そうにそう言った。
「でも、確かに生きていましたけど……」
「ああ、それのことなら。あれは、心臓だけは新鮮なものを使っていたんだろうね。極論、心臓さえ動けば、魔族本来の再生能力で戦うぐらいはできるだろう。ただ、死んじゃってるわけだから、そりゃ脳みそは腐ってるし、結局長くは持たないね。警戒はしたほうがいいけど、そこまで恐れるものじゃない」
――――心臓?
〝月の研究所〟にあった、無数の心臓を思い出す。
そうか、犯人はあの心臓をもとに、ツギハギを作っていたのか。
ならば、その死体はどこから? まさか、自分で調達してるのか?
「……死体を組み合わせるなんて、ただのままごとだ。面白いものが見られると思ってたのに、がっかりだよ。でも、君のその様子じゃ、また何か面白いものが見られそうだね」
「ありがとうございます、ランツェル先生。おかげで何か掴めそうです」
ランツェル先生は、にんまりと笑って、騎士団長室に消えていった。
「アナタ、付き合う人は考えたほうがいいわよ。あの人、ちょっと変だし」
――――一番の変人が何を言ってるんだ。
ともかく、俺たちも先を急ぐことにした。
王都には、複数の監獄がある。
罪の程度によって、第一監獄から第三監獄まで振り分けられており、非人道的研究に手を出したとされるドルセンは、もっとも罪深い囚人が収監される第一監獄に捕らえられている。
とはいえ、それは形式上の話であり、〝幻想協会〟騒動のほとぼりが冷め次第、すぐに釈放されるそうだ。
要するに、ゼレンシア王国と〝幻想協会〟が無関係であることを示すための、ただのアピールである。
「悪いことしてないのに、悪いことした気分」
第一監獄の武骨な外観を見上げ、シャルたそが目を細めた。
その気持ちはよく分かる。俺も、二十連勤が終わり、ようやく帰れると思った矢先に職質されたことを思い出していた。今思えば、連日の徹夜で、ゾンビのような足取りだったからだろう。もしかすると、あまりにも見ていられなくて、心配で声をかけてくれたのかもしれない。
なんだろう、最近よく前世を思い出す気がする。恋しく思うような世界でもなかったはずだが、過去と向き合おうとするカグヤに当てられたのかもしれないな。
「さっさと話を聞き出しましょう。こんなところ、長居するものじゃないわ」
「そうだな……。珍しくまともなこと言うじゃないか」
「珍しくは余計だわ。ただ単に、むさくるしいところが嫌いなだけよ」
「なるほど、お前らしいや」
エルダさんが話を通してくれたおかげで、担当の騎士がスムーズに案内してくれた。
牢に囲まれた廊下を進むと、最奥に無精ひげの男がいた。
「ドルセン、面会だ」
「ああ? 俺に面会なんて――――」
顔を上げたドルセンは、カグヤのほうを見て、目を見開いた。
「か、カグヤ……」
「っ……ああ、そう……そうよね。どうして忘れていたのかしら」
険しい表情を浮かべたカグヤは、頭を押さえた。
すっかり抜けていたが、ドルセンも、〝幻想協会〟の所長である前に、〝月の研究所〟の元職員。カグヤの過去に関わる人間のひとりだ。
「久しぶりね、ドルセン」
「ど、どうしてお前が……まさか、復讐か⁉ 俺を殺しに来たのか⁉」
ドルセンは、怯えた表情を浮かべ、鉄格子から離れる。
壁に背中を預けた彼は、そのまま床に座り込んでしまった。
「……面倒ね」
カグヤはため息をつき、ドルセンに背を向けた。
「私は下がってるから、あとは任せるわ」
「ああ、分かった」
覚醒したカグヤは、その力で研究所を破壊した。
当時、その場にいたであろうドルセンが、ああやって怯えるのも無理はない。
ただ、やつがカグヤを苦しめていた元凶のひとりであることも間違いない。優しくしてやるつもりは、微塵もなかった。




