第八十六話 モブ兵士、ボランティアする
研究所をあとにした俺たちは、その足で騎士団本部を訪れた。
「なるほど……〝月の研究所〟の元職員、か」
俺の報告を聞いたエルダさんは、神妙な面持ちで、顎に手を当てた。
「どうでしょうか、俺の推理」
「筋は通っている。なんにせよ、研究所にある魔道具なんて、どれも素人では起動すらできない専門的なものばかり。研究者が犯人である可能性は高い」
こうなると、犯人の候補はグッと狭まる。この国にいる研究者なんて、そう多くない。
「……さて、ここまで報告を聞いておいてなんだが」
エルダさんが、ジロッと俺たちを睨む。
「捜査を始める前に、何故私に報告しなかった」
「あ……」
とっさに目を逸らす。
状況だけでいうと、特級勇者と三級勇者、ついでに下っ端の兵士が、仕事もせずほっつき歩いている。普通なら、あり得ない状況だ。エルダさんが呆れるのも無理はない。
本当は、今日一番にここに来て、カグヤの護衛につく許可をもらうつもりだったのだ。それなのに、気が急いたばかりに……。
「あら、なんの文句があるのかしら。捜査は捜査よ? これも勇者の仕事だわ」
「文句くらい言わせてくれ……。ここ最近、魔族事件の発生件数が、異常に増えている。昨夜なんて、二ヶ月前の週間平均と同じ件数だぞ?」
魔族事件の週間平均は、大体五件から七件。それがひと晩で発生したとなると、〝楔の日〟以来の大騒動だ。ここ最近、一気に魔族事件の件数は増えているが、この増え方を見るに、何かきっかけがあったとしか思えない。
思い当たることがあるとすれば〝三神月食〟くらいだが、ゲームでは魔族事件が増加することはなかったはずだ。
「どれもレベル2以下が暴れているだけで、大した被害はなかったが……いざというとき、貴様らにも動ける状態でいてもらわねば困るんだ」
「す、すみません……」
俺はただただ、頭を下げることしかできなかった。
こちらにも事情があるとはいえ、仕事のルールを守らなかったのが悪い。エルダさんを困らせるのは、俺の本意ではないのだ。
「……まあ、これまでの貴様らの功績に免じて、これ以上は言うまい。実際、ツギハギの調査は、誰かに任せる必要があったしな」
「あの、騎士団長。今後の調査のことなんですけど……」
「分かっている。〝月の研究所〟にいた、元研究員の行方が知りたいのだろう?」
エルダさんが、こめかみを指でトントンと叩く。
「〝月の研究所〟については、ほとんどの情報が隠蔽され、出回らないようになっている。元研究員の情報なんて、もってのほか。そう簡単には手に入らないだろう」
「そうですか……」
「――――だが、私の立場を総動員すれば、叶わない願いではない」
「「「え」」」
俺たちの驚く声が、見事に重なった。
「貴様ら! 私を舐めすぎだ! これでも、国の機密文書くらい閲覧できるんだぞ⁉」
そう言って、エルダさんは身を乗り出し、机を叩いた。
こうして気軽に話せるが故に忘れがちだが、彼女は、ゼレンシア王国が誇る聖騎士団の、第一騎士団長なのだ。国の中枢にも、顔が利くというわけである。
「まったく……。研究員の名簿くらいなら、明日には見つけられるはずだ。それでいいか?」
「は、はい! ありがとうございます」
「よし、ならば、私が名簿を見つけてくるまでは、貴様ら三人とも暇なわけだな?」
エルダさんが、ニヤリと笑う。
しまったな。名簿を頼んでしまっている以上、今仕事を頼まれたら、なんだって断り辛い。
「私はお役に立てそうにないから、レストランでランチでもしてこようかしら」
「安心しろ。魔術が使えないカグヤでも、この仕事なら問題ない」
そう言って、エルダさんは一枚の書類を差し出してきた。
シャルたそと共に、その書類を覗き込む。
「……教会の炊き出し?」
「吸血鬼事件のとき、犯人に脅されていた神父がいただろ。確か、ダンと言ったかな」
最近の事件であるはずなのに、なんだか懐かしい気持ちになった。
ダンさんは教会の神父で、身寄りのない子供たちを育てている。
聖人であるが故に、かつては魔族に利用されてしまったわけだが、今ではその過ちを清算し、教会に戻っているはずだ。
「彼の教会のような、孤児院の役割を果たしている施設には、我々騎士団が定期的に食料を配給しているのだ。で、今日がその日なのだが、連続事件のせいで、人手が足りなくてな」
「なるほど、それで俺たちの出番ってわけですか」
「うむ。行ってくれるよな?」
このエルダさんの笑顔は、四の五の言わずに行ってこいという意味だ。
俺としては、こういう仕事なら大歓迎だ。子供の相手をするのは嫌いじゃないし、命の危険もない。
シャルたそも、もっと難しい依頼が来ると思っていたのか、拍子抜けといった顔だった。
問題は――――子供と絡んでいるところがまったく想像できない、この女。
案の定、カグヤはげんなりした顔で、毛先をいじっていた。
「ほう、ずいぶん嫌そうな顔をしているな、カグヤ」
「当然よ。いくらなんでも、子供の相手をするなんて考えられないわ」
そう言って、カグヤはそっぽを向いてしまった。
「……そんなに苦手なら、私とシルヴァだけで十分。カグヤはひとりでお茶でもしてればいい。そんなに苦手なら」
「何それ、挑発のつもり?」
わざわざ言葉を繰り返したシャルたそに、カグヤは分かりやすく顔をしかめた。
おいおい、シャルたそ。まさかそんな挑発でカグヤが乗ってくるわけが――――。
「できないことを強要するのはよくない。私はできるけど」
「上等よ。私だって、子供の面倒くらい見られるわ」
追撃の挑発によって、カグヤは見事に乗せられていた。
まさか、ここまでカグヤの扱い方が上手くなっているとは。ゲームのシャルたそとは比べものにならないほど、精神的にも強くなっている。
「話はまとまったようだな」
エルダさんは、満足げに頷いた。
炊き出し用の食材を背負い、俺たちは教会を目指す。
「まさかとは思ったけど、調理まで私たち任せなのね」
「うん、私もびっくり」
二人のテンションは、さっきよりも少しだけ下がっていた。
残念ながら、二人の料理スキルはからっきしだ。
ゲームだと、ダンジョン探索中にキャンプを張ることで、キャラクターに料理を作らせることができる。その料理が美味しいかどうかは、食材の品質や、キャラが持つスキルで決まるのだが、この二人の場合、どんなにいい食材を使っても、料理の成功確率は十パーセントを超えない。
エルダさんもどっこいどっこいのはずだが、打ち上げの料理を見る限り、どうやら肉料理だけは作れるらしい。ゲームでも食材を肉だけにすれば、成功したのだろうか?
その点を踏まえると、この二人にも得意料理があるかもしれないが――――。
「知ってる? 果物の種を飲み込むと、お腹から芽が出るらしいわ」
「っ、そうなんだ……じゃあ、作るときに気をつけないと、子供たちが危ない」
「そうね。責任重大だわ」
――――不安だなぁ。




