第八十四話 双子、修理する
「おはよう! シルヴァ君!」
「ぐ、グレーテル? それにヘンゼルも……」
玄関に向かうと、そこには見覚えのある顔があった。
二人の名前は、ヘンゼルとグレーテル。
廃人化事件の中心にいた、双子の魔族である。色々あって、今はエルダさんの家に居候している。
「朝っぱらから呼び出すなんて、なんの嫌がらせだ?」
不機嫌さを隠しもせず、ヘンゼルは俺たちに向かって文句を言った。
呼び出した心当たりがない俺は、首を傾げる。
「屋敷の修繕を頼みたくて、私が呼んだ。ボランティアで色々やってるって聞いたから、これもお願いできないかなって」
「いやいや、僕らは大工じゃないんだぞ?」
「難しい?」
「……別に、できないこともないけど」
――――できんのかい。
結局引き受けてくれたヘンゼルに、俺は胸の内でツッコミを入れた。
「ほいっと」
グレーテルが指を動かすと、庭に置いてあった木材が浮かび上がり、彼女の手元に引き寄せられた。
まさか〝引力魔術〟をこんな風に使うとは……。
「はい、お兄ちゃん」
「ん」
グレーテルが木材を投げると、ヘンゼルが軽くキャッチする。
さすがはレベル4の魔族。家の枠組みに使うような木材を、まるでそこら辺に落ちている棒きれのように扱う。
ヘンゼルは木材を所定の位置に置くと、その手に釘を載せ、〝反発魔術〟で勢いよく射出した。狙った位置に命中した釘は、見事に木材同士を固定する。
そうして二人は、やたらと手慣れた様子で、ぶち抜かれた壁の枠組みを作り直してしまった。
「ふう……言っとくけど、僕らが直せるのはここまでだからな」
「ありがとう。あとは使用人にやってもらう」
シャルたそがそう言って、二人に冷たい紅茶を差し出した。
二人は同時に紅茶に口をつけると、そのまま飲み干した。さすが双子、ここでもばっちり息が揃っている。
「なんか、妙に手慣れてたな」
「色々お手伝いしてるからね。ペットのお世話から浮気調査! 魔物退治に日曜大工! なんでもござれだよ!」
グレーテルが、むんっと胸を張る。
窮屈な生活を強いられているだろうと、少し心配していたのだが、この様子なら大丈夫そうだな。
「でも、僕らに頼らずとも、カグヤがいれば直せたんじゃないのか?」
ヘンゼルが不満な顔をすると、カグヤは小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「私がやるわけないでしょ? 汗かいちゃうじゃない」
「ドヤ顔で言うことじゃないだろ!」
跳びかかろうとするヘンゼルを、グレーテルが羽交い絞めにして押さえ込む。
「どうどう! 落ち着いてお兄ちゃん! エルダっちが言ってたよ? 月食のせいで、カグヤっちは魔術が使えなくなってるかもしれないって」
「……そういうことは先に言ってくれ」
気まずそうにしながら、ヘンゼルはもがくのをやめた。
まあ、たとえ魔術が使えたとしても、カグヤは絶対やらないだろうけど。
「そういえばさ、どうしてこんな穴が開いちゃったの?」
「実は、襲撃があってさ」
「襲撃⁉」
もしかすると〝パンデモニウム〟に接触した経験がある二人なら、ツギハギのことも何か知っているかもしれない。
「見せたいものがあるんだ」
そう言って、俺たちは二人をツギハギの亡骸のもとへ案内した。
本来ならば、昨晩のうちに回収してもらえたが、このあとの追跡調査のために、そのままの状態で残してあった。
「うわっ、何これ……」
亡骸を見た途端、グレーテルは顔をひきつらせた。
「こんなやつは見たことないな。……なかなか、むごいことをする」
ヘンゼルから、ギリッと奥歯を噛みしめる音が聞こえてくる。
二人は、〝幻想協会〟によって人工的に生み出された魔族だ。
姿形はまったく違うとはいえ、同じく人工的に作られた存在を前に、何か思うことがあるのだろう。
「こいつを作れるやつに、心当たりはないか?」
「あたしはないかな……お兄ちゃんは?」
グレーテルがそう訊くと、ヘンゼルは黙って首を横に振った。
やはり、二人でも分からないか。
「僕らが言うのもなんだけど、こんなものを生み出すやつは、大抵ろくなもんじゃない。一応、気をつけろよ」
「ははっ、心配してくれてありがとな」
「ふんっ」
頬を赤くしたヘンゼルが、ぷいっと顔をそらす。
外見はグレーテルとまったく同じだから、こういう仕草も妙に可愛く映るのだが……。
男なんだよな、一応。
「あんまり表立って動けないけど、あたしたちも力を貸すから、遠慮なく頼ってね!」
「ああ、助かるよ」
ありがたい提案だ。
連れ歩くことは難しいが、夜中の護衛くらいは頼めるかもしれないな。
「〝主は来ませり、今こそ顕現せよ〟――――〝フェンリルヴォルフ〟」
顕現したリルが、ツギハギの匂いを嗅ぎ始める。
不快な匂いなのか、心なしか嫌そうな顔をしている。嫌なものを嗅がせたお詫びとして、あとで肉でも用意してあげよう。
「ん、辿れそうだって」
「よかった。じゃあ頼んだぞ、リル」
俺が頭を撫でると、リルは小さく鳴いた。
しっかりと戦闘準備を整えた俺たちは、歩き出したリルについて出発する。
途中、妙な感覚を覚えた俺は、カグヤを見た。
「どうかしたの?」
「いや、ちょっと違和感あるなーって……」
カグヤが、俺たちと歩幅を合わせて歩いている。
普段は宙に浮いて移動しているため、俺より低い位置からカグヤの声がするというのは、そうあることじゃない。なんだか可愛らしく見えるし、たまにはこういう構図も悪くない。
「カグヤが外で歩いてるの、なんか新鮮」
「新鮮? ただ不便なだけよ」
カグヤは唇を尖らせ、そっぽを向いた。
厚底の靴も、心なしか不機嫌そうな音を立てており、表情も相まって、我儘を聞いてもらえなかった子供のようだった。
「たまにはいいんじゃないか? あんまり歩かないと、運動不足になるし」
「あら、空中で姿勢を維持するのだって、かなり筋力を使うのよ?」
「へぇ……」
そう聞くと、確かに難しそうだが、何をしたって飛べない俺には、一生縁のない感覚だろう。
「そういえば、昨日見たカグヤの体、すごく引き締まってた気がする」
「あなたのだらしない体とは違うのよ」
「今、言ってはならないことを口にした」
恥ずかしそうに頬を赤く染めたシャルたそが、カグヤを睨む。
昨日といえば、二人は一緒にお風呂に入っていたな。
……あんまり想像しないようにしよう。感情が顔に出てしまう。
俺は話を振られないようにするため、そっと気配を消した。
「ねぇ、ダーリンも引き締まった体のほうが好きよね?」
遅かった。
「シルヴァは、柔らかそうな女の子のほうが好きなはず」
「あら、その根拠はどこからくるの?」
「だって、いつも視線を感じるから」
心臓が早鐘を打ち始め、冷や汗が一気に噴き出す。
まさか、チラチラ見ているのがバレていたとは。
ただ、一応言い訳しておくと、俺はシャルたそをいやらしい目で見ていたわけではない。
最推しの姿を、一秒でも長く目に焼きつけようとしていただけだ。
「ふ、不快な思いをさせてたらごめん……」
「大丈夫。相手がシルヴァなら、不快じゃない」
シャルたその悪戯っぽい笑みに、俺は心臓をがっしりと掴まれた。
いつの間に、こんな妖艶な顔ができるようになったのだ。何十周とプレイしたゲームの中では、決して見ることが出来ない表情に、俺は感動すら覚えた。
「あなたこそ、ダーリンを誘惑してるじゃない。よく私にやめろって言えたわね」
「私はいいけど、カグヤはだめ」
「残った魔力の使い道に気づいたわ。あなたを彼方まで吹き飛ばすためにあったのね」
再び、二人の視線が合わさり、激しく火花を散らす。
女同士の喧嘩は、男同士の殴り合いなんかより、よっぽど恐ろしい。
どうしたものか。生憎、俺はこれを止める方法を知らない。
「わんっ!」
俺が困っていると、前を進んでいたリルが、大きく吠えた。
どうやら、なかなかついてこない俺たちに痺れを切らしたらしい。
「……命拾いしたわね」
「そっちこそ」
互いに顔を逸らし、二人はリルについていく。
俺はホッと胸を撫で下ろし、二人のあとに続いた。
市街地を抜け、リルは森の中に足を踏み入れた。
ここまでもずいぶん歩いたが、まだまだ先は長そうだ。
「この先って……」
ふと、カグヤが急に足を止める。
その顔は、ひどく混乱しているようだった。
「どうした? 大丈夫か?」
「……ええ。問題ないわ。早く行きましょ? また狼さんに怒られてしまうわ」
すました顔で、カグヤは俺の先を歩き始める。
「っ……これは……」
リルが足を止めたのは、倒壊した建物の前だった。
周囲に散らばる瓦礫を見て、俺はカグヤが混乱していた理由を察する。
ここは、カグヤが最悪の幼少期を過ごした、〝月の研究所〟である。




