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第八十三話 モブ兵士、乱入される

「こんばんは、お邪魔虫さん。お呼びじゃないんだけど?」


「人の家で、シルヴァを誘惑しないで」


「誘惑なんてしてないわ。だって、もうダーリンは私に夢中なんだから」


 カグヤがそう言うと、シャルたそはじろりと俺を見た。

 その視線で冷静になった俺は、すぐさまカグヤから離れ、部屋の隅で首を何度も横に振った。

 確かに、カグヤの魅力に絆されそうにはなったが、断じて夢中になどなっていない。


「……とにかく、シルヴァとイチャつくのは、私が許さない」


「厳しい家主ね。あんまりお固いと、すぐに老けるわよ?」


「多少老けたところで、シルヴァなら受け入れてくれる」


――――うん?


 まあ、シャルたそがお婆ちゃんになったとしても、一生推し続ける自信はあるけど。


「老後まで私たちの間に居座るつもり? 図々しいわ」


「そっちこそ。シルヴァの隣は譲らない」


 激しくなってきた二人の喧嘩を止めるべく、駆け寄ろうとしたそのとき。

 突如として、窓ガラスが派手に吹き飛び、何かが部屋に飛び込んできた。


「っ! シャルたそ! カグヤを頼む!」


 とっさにそう叫ぶと、シャルたそはカグヤの腕を掴んで、廊下へと駆け出した。

 素晴らしい反応だ。シャルたその中で、勇者としての経験が活きている証拠だろう。


「こいつは……」


 部屋に入ってきたのは、ツギハギだらけの魔族だった。

 前に倒したやつとは、明らかに別個体。しかし、魔力量に関しては、ほぼ同格である。


「ジャマモノ、ハイジョ」 


 逃げ去るカグヤを睨んだあと、俺に視線を向けたツギハギは、拳を硬く握りしめ、大きく振りかぶった。

 首を横に倒すと、頬すれすれを拳が通過する。そして、洋館で出会ったやつと同じように、拳圧だけで部屋の壁がごっそりと吹き飛ぶ。


「くっ、よくもシャルたその家を……!」


 頭に来た俺は、剣を抜くと同時に、ツギハギの胴体を斬りつける。鮮血が噴き出し、カーペットが赤く染まる。

 深い傷を負ったにもかかわらず、ツギハギは機敏な動きで、後ろに大きく距離を取った。

 そして、すぐさま再生した傷を見て、俺は舌打ちをする。


「ほんと厄介だな」


 刃についた血を払い、剣を構え直す。

 あまりカーペットを汚したくないのだが、もうやつの血が大量にこぼれているため、気にしないことにした。

 ふっと息を吐くと共に、俺はツギハギとの距離を詰める。

 やつが拳を振るう前に、俺はその腕を肩口から斬り飛ばした。片腕を失い、ツギハギがバランスを崩した一瞬で、俺はその背後へと回り込む。

 隙だらけの背中。その先にある心臓を狙い、俺は突きを放とうとした。

 しかし、剣を繰り出す寸前に、ツギハギの背中に瞳が現れる。その瞳は、ギロリと俺に焦点を合わせた。


――――マジか……⁉


 どうやら、この瞳は飾りではないらしい。

 ツギハギは、俺の突きをかわしたあと、すぐさま残った腕で裏拳を放ってきた。

 屈んで避けると、ツギハギの腕力によって発生した風圧が、周囲の家具を吹き飛ばす。


「はぁ……どうしたもんか」


 俺はげんなりした顔で、素早く周囲を見回す。

 一撃で消し飛ばしてやりたいところだが、下手したら屋敷ごと吹き飛ばしてしまうかもしれない。なんとか外におびき出せたら、話は簡単なんだが。


「――――〝主は来ませり〟」


 聞き覚えのある詠唱が聞こえ、俺はツギハギから距離を取る。


「〝ナーガ〟」


 次の瞬間、背後に魔法陣が広がり、巨大な蛇が大口を開けて現れる。

 そしてツギハギに噛みつき、そのまま外へと飛び出した。


「シルヴァ、あとはお願い」


「ナイス、シャルたそ!」 


 ツギハギを追って、俺は外へ飛び出す。

 シャルたそがナーガを戻すと、咥えられていたツギハギが宙に投げ出された。 


「ゼレンシア流剣術――――〝雲断(くもだ)ち〟!」


 魔力を纏った剣を、高速で振り抜く。刃はいともたやすくツギハギの肉体を通過し、心臓ごと真っ二つに両断した。


「ジャマ、モノ……」


「邪魔なのはお前だ、ツギハギ野郎」


 そう言い放ち、俺は剣を納めた。



 深夜の襲撃は、結局ツギハギ一体だけだった。

 明け方、俺はシャルたそに見張りをバトンタッチし、三時間ほど睡眠を取った。

 シャルたそからは心配されたが、前世ではもっと短い睡眠時間で仕事をしていたし、三日程度なら問題ない。

 そうして、短い休息を取って目覚めたわけだが――――。

 この、左半身に感じる確かな重み。俺は、意を決して布団をめくった。


「……何やってんだ」


「あら、お早いお目覚めね」


 俺に抱き着いていたカグヤは、俺の顔を見上げながら、ニッコリと微笑んだ。


「もう一度訊くぞ。何やってんだ?」


「アナタの体を堪能していたの。正妻の権利を手に入れるためにね」


「せ、正妻⁉ なんの話を――――」


 俺の言葉を遮るように、突然部屋の扉が勢いよく開き、シャルたそが入ってきた。

 すでに、顔が怒りに染まっている。

 他人が自分の家で、朝からイチャイチャしていたら、怒るのも当然か。

 いや、この状況は俺の本意ではないのだが。ていうか、昨晩も見た気がするな、この光景。


「急にいなくなったと思ったら、やっぱりここだった」


「あら残念、お邪魔虫が来ちゃった」


 カグヤは、つまらなさそうにしながら、ベッドから出た。

 潔く退いてくれたことに、ホッと胸を撫で下ろす。


「大丈夫? 何もされてない?」


「ああ、多分……」


 自分の体をぺたぺたと触ってみるが、特に変わったところはなさそうだ。というか、そういうのって普通、男が言うもんじゃないのか?

 まあ、シャルたそに心配されるのは満更でもないけど。


「今日のところは、私の勝ちね」


「どうしてそうなるの?」


「あなた、シルヴァと添い寝したことある?」


 カグヤがそう訊くと、シャルたその顔がピシッと固まる。


「いやいや、俺なんかがシャルたそと添い寝するわけないだろ?」


「私はできたわよ? ほら、やっぱり私の勝ちね」


 まあ、意識がなかったとはいえ、俺の隣にいたのなら、一応添い寝ということにはなるか。

 そこに大した価値はないと思うが、何故かシャルたそは、悔しげに拳を握りしめている。


「……次は負けない」


「精々頑張りなさい。おチビさん」


 睨み合う二人を見て、俺は困った顔で頭を掻いた。

 寝起きなもんで、とりあえず支度させてほしいんだけど……ま、いいか。


「そうだ、ダーリン。ひとつ思うことがあるんだけど」


「ん?」


「昨日のツギハギって、何者かが私の命を狙って送り込んできた刺客よね?」


「ああ、多分な」


 ツギハギが窓から飛び込んできたとき、やつは一番近くにいた俺ではなく、カグヤを睨みつけていた。アレンのときを考えると、勇者、つまりシャルたそとカグヤの二人が狙われていた可能性もあるが、あの視線は、間違いなくひとりに対して向けられていた。


「それなら、今日もまた、同じような魔族を送り込んでくるかもしれないわね」


「……だろうな」


 苛立った様子のカグヤを見て、俺は何を言いたいのか理解した。


「まさかとは思うが、こっちから攻めようだなんて思ってないだろうな」


「ええ、よく分かったわね」


 そう言って、カグヤは満面の笑みを浮かべた。


「一応訊くけど、自分が守られる立場って自覚はあるか?」


「もちろん。でも、やられっぱなしっていうのは、どうしても我慢できないの」


「……」


 俺は、深くため息をついた。

 厄介だが、こういう性格だからこそ、カグヤはカグヤといえる。

 その気になれば、ひとりでツギハギの出どころを探しに行ってしまうだろう。しかし、こうして俺たちに相談しているということは、これでも一応、自分の立場はちゃんと理解しているようだ。


「私は、カグヤに賛成。毎回あんな強い魔族が襲ってきたら、屋敷が持たない」


 シャルたそが見上げる先には、吹き飛んでしまった屋敷の壁があった。

 確かに、これでは月食が終わる前に、シャルたその家が廃墟になってしまう。家主であるシャルたその意見は、何よりも優先しなければならない。


「こっちから攻めて、ツギハギを作った犯人を見つけたら、全部解決」


「あら、珍しく意見が合ったわね」


 二人の言う通り、月食が終わるまで受けに回り続けるというのは、少々癪に障る。

 それに、本来ならば、カグヤを狙って何体もの魔族が襲ってくるはずだったのに、ツギハギという存在しないはずの魔族が襲ってきたことは、明らかな異常事態だ。

 廃人化事件のときと同じように、何かおかしなことが起きている。それを解き明かしたほうが、今後のためにはなるだろう。


「……分かった。俺たちで捜査しよう」


「そうこなくっちゃ」


「ただし、カグヤは緊急時以外は戦うなよ。俺とシャルたそでも倒せない敵がいたら、そのときは大人しく撤退しよう」


 カグヤは、少し不満そうにしながらも、小さく頷いた。


「じゃあ、準備したら、早速リルの鼻を頼りに出発しよう」


「あ、ちょっと待ってほしい」


 シャルたそがそう言うと同時に、玄関に設置されていたベルが鳴った。


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