第七十九話 モブ兵士、報告する
「……なんだったんだ、こいつ」
俺が魔族を観察していると、後ろからアレンたちが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「門兵! ま、まさか……倒したのか?」
「ん? ああ、まあ」
俺がそう言うと、アレンは悔しげな表情を浮かべた。
「どうして……。どうして、あんたはそんなに強いんだ……?」
肩を震わせるアレンに、レナとマルガレータが寄り添う。
自分では勝てないと踏んだ敵を、俺が倒してしまったことが、相当こたえたようだ。
「あんたは、どうやってそんなに強くなったんだ! 教えてくれ――――いや、教えてください……っ!」
アレンが深々と頭を下げたのを見て、目を見開いた。
まさか、あれだけ突っかかってきたアレンが、俺に向かって頭を下げるどころか、教えを乞うとは。意外だったのは俺だけではないようで、レナとマルガレータも、口をあんぐりと開け、茫然としていた。
少し考えて、俺は口を開いた。
「ひとつ聞かせてくれ。お前は、どうして強くなりたいんだ?」
「大事な人たちを、この手で守りたいから」
顔を上げたアレンは、真っ直ぐ俺の目を見ながら言った。
その姿は、まさしく俺の知っている主人公だった。
「……〝エヴァーマウンテン〟に行ってみろ。鍛錬にはもってこいの場所だから」
「っ! 恩に着る」
再び深々と頭を下げられ、俺は頬を掻いた。
これまで幾度となく噛みついておきながら、この手のひら返し。
さすがに都合が良すぎると思わないでもないが、アレンの性格をよく知っている俺には、その真剣さが伝わってしまう。
誰かのためなら、頭なんていくらでも下げる。それがアレンの魅力のひとつ。
ここで突っぱねるような真似をすれば、俺のほうが悪役みたいだ。それに、これでアレンがより強くなってくれるならば、願ったり叶ったりである。
「それじゃ、さっさと報告に戻りましょう」
兵士という立場に戻った俺は、そう彼らを誘導した。
帰りの馬車の居心地は、そう悪くはなかったように思えた。
「――――以上が、任務の顛末です」
アレンの報告をひと通り聞いたエルダさんは、深く頷いた。
「初任務、ご苦労だった。成功したこともそうだが、何より全員無傷であるというのが、貴様らの優秀さを物語っている。よくやってくれた」
エルダさんからお褒めの言葉をもらった三人は、嬉しそうに顔を見合わせた。
初任務で、レベル2を討伐し、さらには無傷で帰還したのは、見事な成果である。
まあ、それを言うと、新人でありながらレベル4が関わる事件を解決したシャルたそは、異例中の異例ということになるのだが。
「それにしても、正体不明の魔族か」
アレンの報告の中には、もちろん乱入してきた魔族についての話もあった。
両手を合わせ、肘をデスクについたエルダさんは、神妙な面持ちだ。
「レベル3以上の力を持ちながら、意思疎通ができなかった……間違いないな?」
「は、はい。人語は話していたみたいですが、心ここにあらずといった様子で……」
確か、やつはしきりに「ユウシャ、テスト」という言葉をつぶやいていた。
勇者を試そうとしていたのか。それとも、自分の力が、勇者にどこまで通用するか試していたのか。
アレンの言う通り、〝心ここにあらず〟の状態のやつが、果たしてそこまでの考えを持って、行動できるだろうか?
なにはともあれ、やつの死体は、なんとか騎士団本部に運び込んだ。
謎は深まる一方だが、今のところは、解剖から得られる情報を待つほかない。
「報告、感謝する。あとのことは我々に任せ、貴様らは体を休めてくれ。それと、悪いがシルヴァは少し残ってくれ。話がある」
頷く俺の横を、アレンたちが通り過ぎる。
去り際、アレンが軽く会釈してきたから、俺もそれに応じた。
素直なのはいいが、こうも一変してしまうとなんだか調子が狂う。いつの間にか、ゲームで見ていたアレンよりも、今のアレンのほうが見慣れてしまっていたようだ。
しかし、アレンの成長を客観視できるのも、今となってはそう悪くはないように思う。
「なんだ、ずいぶん打ち解けているじゃないか」
「最初はどうなるかと思いましたけどね……」
俺の様子を見て、エルダさんはホッとしたように笑った。
もしかすると、出発前のやり取りを見て、ずっと心配してくれていたのかもしれない。
「さて、本題に入る」
「謎の魔族について、ですよね」
「ああ。テストという言葉と、ツギハギだらけの体……。幻想協会の一件もあるし、魔族を用いた実験体の可能性がよぎってしまってな」
「……そうですね」
エルダさんの師、ジークが起こした事件は、記憶に新しい。
今は立ち直ったように見えるエルダさんだが、心のどこかで、あの事件をいまだに引きずっているはずだ。今回の件と重ねてしまうのも無理もない。
ただ、俺もこの件は、魔族を用いた実験なのではないかと思っている。
根拠となるのは、あの魔族から感じた、複数の魔力の気配。あれが、魔族の力を掛け合わせるための実験と言われたら、納得できてしまう。
「また、よからぬ輩の仕業かもしれんが、〝パンデモニウム〟が絡んでいる可能性もある。ここ最近、やたらと魔族事件が増えていることだしな」
確かに、その可能性は大いにある。
俺の知る〝パンデモニウム〟には、そんなエピソードは存在しないが、世界に変化が生じてしまっている今、俺の知らないイベントが起きても不思議じゃない。
「そうだ。話は少し変わるんだが、今回のツギハギの解剖は、町医者のランツェル殿が担当してくれている。変わった方だが、腕は一流だな」
「あはは……そうですね」
ランツェル先生の腕は、一流といって間違いないのだが、如何せん人を実験台扱いするところが、玉に瑕だ。
俺はすでに彼女のターゲットになっているようで、いつ解剖されてもおかしくない状況にある。恐ろしすぎて、できることなら会いたくない。
「それで、ツギハギのことで貴様に訊きたいことがあるそうでな」
「え」
「今から、一緒に来てくれるか?」
俺は頭を抱えそうになった。
会いたくないと思った矢先にこれか。俺ってもしかして、日頃の行いが悪かったりするのか?
とはいえ、仕事は仕事だ。「解剖されたくないから行きません」なんて言い訳は、通じるわけがない。
「……分かりました。行きます」
そう言って、俺は渋々頷いた。




