第七十六話 モブ兵士、信頼される
あれから数日。
増え続ける魔族事件のせいで、騎士団や勇者たちは大忙しだ。
普段は雑用が多い兵士も、事件現場に駆り出され、彼らのサポートなどに追われている。俺も例外ではない。
そのせいもあって、あの昇格試験の日以来、シャルたそに会えていない。
こうも推しに会えないと、やはり心が荒んでいく。
「はぁ……」
沈んだ気分に耐えかね、思わずため息が漏れた。
「なんだぁ? そんなでかいため息をついて」
「うおっ⁉」
後ろから野太い声をかけられ、俺はとっさに振り向く。
そこには、門兵の先輩である、モーディさんが立っていた。
「先輩! ……なんか、久しぶりですね」
「お前がよく騎士団長に呼び出されるせいでな! いつも何してんだ?」
「色々雑用を押しつけられてます……」
雑用なんて言葉で片付けたくないが、本当のことを言うわけにもいかない。
「そりゃ気の毒になぁ……って、そうだ。今日は挨拶に来たんだ」
「挨拶?」
「実は、騎士への昇格が決まってな!」
「本当ですか⁉ おめでとうございます!」
「おう! ようやくだ!」
モーディさんは、嬉しそうにがははと笑った。
十年以上、モーディさんは騎士になることを夢見ながら、兵士として働いていた。
その夢が叶ったのは、本当に素晴らしいことで、俺も自分のことのように嬉しい。
しかし、良いことばかり、というわけではない。
「……ってことは、もう一緒には働けないんですね」
「うむ……まあ、そうなってしまうわけだ」
挨拶というのは、つまりそういうこと。
喜ばしく思いつつも、どこか寂しい気持ちもあった。
「だが、お前が出世するときがくれば、また共に働けるかもしれん。俺は待っているぞ」
「はい、頑張ります」
複雑な気持ちを抱えながら、俺はモーディさんと握手をかわした。
――――出世、ねぇ。
去っていくモーディさんの背中を眺めながら、小さくため息をつく。
騎士になりたいとエルダさんに伝えたら、明日からでも俺は騎士になれるはずだ。
実のところ、最近は、それもいいかと思い始めている。
俺のせいで、少なくとも、シャルたそ、カグヤ、エルダさんの三人は、本編のヒロインの座から離れてしまった。
それだけではなく、世界自体が、俺の知るものから変わり始めている。
ならば、その責任は取るべきなのではないだろうか。
そうでなければ、俺はいたずらに世界をかき乱すだけの男になってしまう。
再び小さくため息をつくと、正午を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「おっと」
もうそんな時間かと、俺は早足で東門を離れる。
今日は、エルダさんに呼び出されているのだ。
騎士団長室を訪れると、そこには見知った顔があった。
「げっ……」
「門兵⁉ 何故お前がここに……」
俺の顔を見て、アレンは目を見開いた。
他には、レナとマルガレータの姿もある。
アレンと同様、二人とも、困惑した顔で俺を見ていた。
「よく来てくれたな、シルヴァ」
俺を呼び出したエルダさんは、神妙な面持ちだった。
どうやら、ふざけているわけではなさそうだ。
「あの……これは一体……」
「まずは紹介しよう。彼らは新人勇者の、アレン、レナ、マルガレータだ。本人たちの希望で、三人一組で行動している」
あのあと、本当に勇者試験を受けたのか。
実力的に考えると、合格したことになんら疑問はない。
ひとつ疑問があるとすれば、何故ここに俺が呼ばれたのか、だ。
「頻発する魔族事件のせいで、どこも人手不足でな。新人勇者にも、現場に出てもらう必要が出てきてしまったんだ。そこで、彼らのサポートを、貴様に任せたい」
「……勇者のサポートは、騎士が担当する決まりですよね」
「その通りだ。だが、今は騎士も不足していてな……。そこで貴様の出番というわけだ。貴様になら、安心して任せられる」
「信頼してくれるのは、ありがたいんですけど――――」
「それに、貴様ら知り合いだろ? 前に学園で仲良さそうにしていたじゃないか」
あのときの決闘を見て、仲良さそう?
どうやらエルダさんの目は、かなりの節穴らしい。
「ま、待ってください! 私たちのサポートが、兵士ひとりなんて! いくらなんでもおかしいですわ!」
「そうだよ!」
マルガレータとレナが、エルダさんに詰め寄る。
まあ、この反応は当然だろう。他の勇者には、ちゃんと騎士がついているのに、自分たちは格下の兵士ひとりだけ。しかも、それなりに因縁がある者がつくというのだ。
こいつらとの信頼関係なんて、あるわけがない。逆の立場なら、俺だって信用できない。
「オレも、納得いきません。こんな男にサポートを頼むくらいなら、オレたちだけで任務にあたるほうがマシです」
そうだそうだ、もっと言え。
俺だって、アレンのサポートなんてしたくない。
それに、今のアレンたちなら、新人用の任務くらい、危なげなくこなせるはずだ。
「――――貴様ら」
しかし、エルダさんが怒りの形相を浮かべたことで、部屋の空気が一変する。
「シルヴァは、私がもっとも信頼する部下だ。侮辱することは許さん」
「で、ですが……」
「貴様らは信じられないだろうが、百人の騎士をつけるより、この男ひとりつけるほうが、桁違いに安全だ。これは、新人勇者の命を守るための、現状もっとも手厚いサポートと言える」
マルガレータとレナは、信じられないという顔で俺を見る。
一度剣を交えたアレンだけは、苦虫を噛み潰した顔をしていた。やつのプライドが、俺に頼ることを許さないのだろう。
「私には、貴様らを無事に帰還させる義務がある」
そう言って、エルダさんは俺を見た。
「というわけだ。頼むぞ、シルヴァ」
「……分かりました。そこまで言われちゃ、断れません」
照れ臭くなった俺は、思わず頬を掻いた。
まさか、エルダさんからそこまで想ってもらえているとは。
アレンのサポートなんて、本当は勘弁願いたいが、エルダさんの信頼を裏切りたくはない。
「改めまして、今回の任務に同行することになった、兵士のシルヴァです。よろしくお願いします」
俺は、アレンたちに引き攣った笑みを向けた。