第七十五話 推しヒロイン、ピースする
「アレン⁉」
「何事ですの⁉」
轢かれたカエルのようになったアレンに、レナとマルガレータが駆け寄る。
死んではいないようだが、あれは当分目を覚まさないだろうな。
「アレンに何すんの――――って、ええ⁉」
「と、特級勇者の……カグヤ、様?」
食ってかかろうとした二人は、カグヤを見て目を見開いた。
「アナタ、この子たちは何?」
「シャルたその昔の友人だ。よりを戻したいんだって」
「ふーん? 戻してあげたら?」
カグヤは、興味なさそうにシャルたそを見る。
「イヤ」
「そ。ま、どうでもいいけど。それより、今日は昇級試験の日よね?」
カグヤの言葉を聞いて、俺は「へぇ」と声を漏らした。
あのカグヤでも、弟子の晴れ舞台は気になるのかもしれない。らしくないと言えばらしくないが、二人の仲が深まっているのは、とてもいいことだ。
「うん。もしかして、それで来てくれたの?」
「ええ。あなたが失態を晒せば、師である私の株が下がるでしょ? だから最悪の場合、この手で始末をつけないとって思って」
「……今すぐ帰ってほしい」
シャルたその表情が、ずーんと暗くなる。
やはり、こいつが人の心を理解するなど、期待するだけ無駄なのだろう。
――――なんて。これがカグヤなりの激励であることは、よーく分かる。
シャルたそも、そんなことは言われなくても分かっている様子だ。
「……絶対、受かってみせるから」
「期待せずに見てるわ」
カグヤがにこやかな表情でそう言い放ったのを見て、俺は苦笑い浮かべた。
「じゃあ、そういうことで」
俺は、いまだぺちゃんこなままのアレンにそう告げて、二人と共にこの場を離れた。
◇◆◇
昇格試験は、騎士団の訓練場で行われる。
到着してすぐ、シャルたそは控室に案内され、俺たちは、訓練場が見下ろせる場所に移動した。
「昇格試験って、何をするのかしら」
「え、知らないのか?」
「だって、最初から特級だったから」
「ああ、なるほどね……。これから、試験官と模擬戦をするんだ。三級勇者に相応しい実力があるか見てもらうんだよ」
「ふーん」
「……興味ないだろ、お前」
「結果は見えてるもの」
――――それもそうだな……。
俺の見立てでは、シャルたその実力は二級以上。探索能力など、総合的な要素で言えば、一級と対峙しても引けを取らないだろう。カグヤも、俺と同じ感覚だからこそ、結果を見るまでもないと思っているはずだ。
俺は、改めて訓練場を見下ろす。
そこには、何人かの騎士と、小太りの男が立っていた。
「あれが試験官かしら?」
「そうみたいだな」
試験官は、現役の勇者が担当する。
三級昇格試験の場合は、二級以上の勇者が担当するそうだ。
「見たところ、装備は良さそうだけど……」
日の光を浴びて、ギラギラと輝く分厚い鎧に、身長よりも長い槍。
なんとも立派な装備だが――――。
「おい! このタルギス=バスケットをいつまで待たせる気だ! 貴様ら暇人と違って、二級勇者である私は忙しいんだぞ⁉」
「も、申し訳ありません……! すぐに受験者を連れて参ります!」
「まったく……貴様らのような無能騎士に、勇者の使用人が務まると思うなよ」
そう言って、タルギスは地面に唾を吐いた。
勇者は、魔族に立ち向かえる重要な存在。故に、尊重されてしかるべきなのは、言うまでもない。
しかし、そういった立場に甘え、傲慢になってしまう者が数多くいる。
アレもそのタイプだろう。
「シャルル=オーロランド! 訓練場へ!」
騎士に先導されながら、シャルたそが訓練場に現れた。
動きが少し硬い。やはり緊張しているようだ。
「おい、こんな小娘が受験者? 何かの間違いではないのか?」
「いえ……四級勇者、シャルル=オーロランドで間違いありません」
「ふんっ、勇者の質も落ちたものだな。この程度のガキでもなれてしまうとは……」
タルギスが騎士に向かってそう言った瞬間、思わず剣を抜いて跳びかかりそうになった。
「アナタ、駄目よ」
「……チッ」
俺は剣を納めた。
まさか、カグヤに止められる日がくるとは、俺もまだまだ修行が足りないようだ。
「小娘、特別サービスだ」
タルギスは、吐き捨てるようにそう言うと、槍の穂先で地面に大きな円を描いた。
「私をこの円から出すことができたら、合格にしてやる」
「……それだけでいいの?」
「それだけ、だと? おめでたい頭だな。私は、勇者の中で上位二十パーセントに入る二級勇者なのだ。半数以上を占める貴様のような底辺勇者には、私を円から出すどころか、一歩も動かせないだろう」
「分かった。数の話はよく分からないけど、それが試験なら、やる」
「ふんっ!」
タルギスが、騎士を一瞥する。
「こ、これより! 四級勇者、シャルル=オーロランドの昇格試験を開始する!」
シャルたそは、タルギスから少し離れた位置に立った。
「――――始めっ!」
「小娘っ! 脆弱な貴様がどこまでやれるか、このタルギス様が――――」
タルギスの威勢のいい声を、シャルたその合掌が遮った。
「〝主は来ませり、今こそ顕現せよ〟――――」
いつもの詠唱と共に、タルギスの足元に魔法陣が広がる。
「――――〝ナーガ〟」
魔法陣から、巨大な蛇が飛び出してくる。
蛇はタルギスを巨大な口で咥え、天高くその体を伸ばした。
「な、なんだこれはァあぁあああ⁉」
もがいて脱出を試みるタルギスだが、ナーガの顎の力は強く、どうにも抜け出せそうにない。
それにしても、でかいな。五階建てのビルくらいの高さはあるだろうか? 現状、シャルたそが契約できる精霊の中で、ナーガは一番大きい。
「ナーくん、叩きつけて」
「ま、待て! やめろ!」
「待たない」
反動をつけたナーガは、全身を使ってタルギスを地面に叩きつける。
激しく土埃が舞う中、慌てた騎士たちがタルギスのもとに駆け寄った。
「あれはもう駄目ね」
「ああ、そうだな。……てか、シャルたその戦い方、なんかお前に似てきてないか?」
少しSっ気を感じるところとか。
「私が師なんだから、当然でしょ?」
――――よくない影響だなぁ。
土埃が晴れると、そこには白目を剥いたタルギスの姿があった。その体は、もちろん円の外に出ている。
あれを食らって生きているのは、さすがは勇者サマといったところ。ただ、二つも階級が下の勇者に、こんな呆気なくやられてしまったというのは、彼のプライドに深く惨い傷を残したことだろう。
「ナイスファイト!」
俺がそう声をかけると、シャルたそは可愛らしいピースを見せてくれた。
◇◆◇
「受かった」
訓練場の外で待っていた俺たちに、シャルたそは三級の勇者ライセンスを見せてくれた。
「さすがシャルたそ」
「試験官の人が優しかったから。名前忘れたけど」
優しさであんな試験を行ったわけではないと思うが、シャルたそが喜んでいるなら、なんでもいいか。
「さっさと昇格して、私の仕事を減らしてちょうだい」
「……暇そうなのに」
俺も同じことを思った。
カグヤは、聞こえてないかのような態度で、すました顔をしている。
「とにかく、せっかく三級になれたわけだし、お祝いしないと!」
「それなら、いつものお店がいい」
「た、たまには、もう少し高いお店でもいいんだよ……?」
シャルたそと外食するときは、いつもあのハンバーガーの店が選ばれる。
安いし、味も抜群。素晴らしい店なのは間違いないが、推しに貢ぎたい感情を持つ者としては、もう少し無茶を言われたい気持ちがある。
「あそこは、シルヴァと初めて行った、特別なお店だから」
「しゃ、シャルたそぉ~~~~」
「また泣いてる……」
なんて嬉しいことを言ってくれるんだろう。
幸せすぎて、涙が止まらない。
「カグヤも、きっと気に入る」
「そこまで言うなら、行ってあげないこともないわ。浮気を間近で見ているようで、すっごく不快だけど」
「私も、本当はシルヴァと私だけの思い出の場所にしていたい。でも、カグヤにも感謝しないといけないから、仕方ない」
「お互い妥協してるってわけね。ならいいわ」
何がいいのか分からないが、話はまとまったらしい。
そうして俺たちは、いつもの店へと向かった。
「いただきます」
シャルたそがハンバーガーにかぶりつく。
すると、やはり反対側から具がこぼれ、皿に落ちた。
「……我ながら、全然成長してない」
落ち込んだ顔をしながら、シャルたそはバンズだけになったハンバーガーを口に運んだ。
「ナイフもフォークも使わない料理なんて、面白いわね」
そう言って、カグヤは目の前に置かれたハンバーガーを、両手で掴んだ。
「食べ方分かるか?」
「このままかぶりつけばいいんでしょう? 任せて、私はこの子みたいな失敗はしないわ」
「別に失敗したっていいんだけどさ……」
カグヤが、できるだけ大きな口を開いて、ハンバーガーにかぶりつく。
同時に、挟まっていた具材が押し出され、シャルたそと同じようにこぼれ落ちた。
「あ……」
俺が思わず声を発した瞬間、具材が宙でピタッと静止した。
そして、まるで逆再生かのように、バンズの間へと戻っていく。
「ほら、失敗してない」
「……そんなことに重力魔術を使うなよ」
呆れている俺を無視して、カグヤはシャルたそのほうを見ながら、胸を張った。
「……反則」
「そういうことにしたいなら、最初にルールを作っておくべきね」
「むう……」
シャルたそとカグヤの視線の間で、バチバチと火花が散る。
両者には悪いが、くだらない争いだと思った俺は、自分のハンバーガーを掴んで、口へ運んだ。いくら頬張っても、具材がこぼれることはない。
「あら、見せつけてくれるわね」
「シルヴァは手が大きい。だから、シルヴァも反則」
――――んな理不尽な……。