第七十二話 モブ兵士、お招きされる
「私を除け者にするなんて、いい度胸だわ」
空から舞い降りたカグヤが、微笑みを浮かべながらそう言った。
いつも通り、門兵の仕事をしていた俺は、じっとりと嫌な汗をかく。
「悪かったとは思ってるけどさ……。お前を連れ回すわけにはいかなかっただろ?」
「新月の影響は、とっくに治まっていたわ。それはアナタも分かっていたはずよね?」
「うぐっ」
カグヤの言う通りである。キャバクラのヘルプで呼んだときには、すでにカグヤの体調は本調子に近かった。あのとき、協力を要請していれば、こんな風に拗ねられることもなかったかもしれない。
――――とは言え、連れ歩いたら連れ歩いたで、多分面倒臭いことになっていた。
「……分かったよ。今度埋め合わせするからさ」
「さすが私の夫。気が利くわね」
「だから、夫じゃないって」
「ホテル〝シンデレラ〟のアフタヌーンティーにでも連れて行ってもらおうかしら」
「お前……あれいくらだと思ってんだよ」
高級ホテルのアフタヌーンティーなんて、平兵士に奢れるような額じゃない。
「冗談よ。それに、もう行き飽きたしね」
「言ってみてぇな……そんなセリフ」
「ふふっ、じゃあ今度連れて行ってあげるわ」
それは――――割と魅力的な提案だった。
「それで……結局、事件はどうなったの?」
「ああ、話の途中だったな」
俺は、今回の事件の顛末を、すべてカグヤに話した。
〝幻想協会〟の関係者には、おそらく箝口令が敷かれていることだろう。しかし、俺はそもそも、国からこの件に関わったと思われていないはずだ。故に何も通達されていないし、俺の知ったことではない。
「……人工魔族、ね。虫唾が走る話だわ」
カグヤは、冷めた口調でそう言った。
「お前でも、そんな風に怒ることあるんだな」
「気に食わないの。わざわざ魔族を増やすような真似して。これじゃ、私の仕事を増やしたのと同じでしょう?」
「……まあ、そうとも言えるか」
「私に魔族を殺すよう命令しておきながら、気分が悪い話だとは思わない?」
「そればかりは同意せざるを得ない。国がやってることは、大きく矛盾してる」
「アナタなら分かってくれると思ったわ。でも、今のを誰かに聞かれたら、きっと公開処刑ね」
「……そのときは、お前が俺を助けてくれ」
「いいけど、ギリギリまで見守るわ。だって、可愛らしいでしょう? 断頭台に頭を突っ込むアナタ」
「俺には、どうしてもお前のセンスが分からん……」
「いずれ気づくわ。アナタ自身の魅力にね」
自分のことは自分が一番よく分かっている気でいたが、もしかすると違うのか?
ダメだ。カグヤと話していると、訳が分からなくなる。
「……そうだ。また駄々をこねられたら嫌だから、先に誘っておくんだけど」
「もしかして、私のこと、小さな子供だと思ってる?」
「少なくとも、そういう部分があるとは思ってる」
俺がそう言うと、カグヤは少し不貞腐れた様子で、頬を膨らました。
こういうところなんだけどな、子供っぽいのは。
「これからエルダさんの新居に行くんだ。飯奢ってくれるらしいんだけど、一緒に行くか?」
「騎士団長さんのところ? ……二人きりじゃないのはいただけないけど、仕方なくついて行ってあげるわ。暇だし」
「特級勇者が暇とか言うな」
一応、世の中人手不足なはずなんですけどね……。
カグヤと共に、街から少し離れた場所にあるエルダさんの新居へと向かった。
確かに距離はあるが、道は整備されているし、特別遠いと思うことはなかった。
見えてきたのは、広い庭がある落ち着いた屋敷だった。他の団長が次々と豪邸を購入していく中、ずっと寮暮らしだったエルダさんにしては、思い切った買いものと言える。
「あ、シルヴァ」
表の門を通ると、庭に置かれたベンチで休んでいたシャルたそが声をかけてきた。
彼女の隣には、食材が入った紙袋が置かれている。
「カグヤも連れてきたんだ」
「ああ、一緒にいたからさ」
「……そう言えば、今回全然出番なかったよね」
――――澄ました顔で、この子はなんてこと言うんだ……。
「……何が言いたいのかしら、チビ弟子さん」
「別に。でも、今回は私のほうがシルヴァと一緒にいたなーって思っただけ」
「なるほど、私から夫を奪ったと思い込んでいるのね。でも残念。私と彼の絆は、簡単に超えられるものではないわ」
「私は、最初からカグヤに劣っていると思ったことはない」
睨み合う二人の間で、火花が散る。
この二人は、一体なんの話をしているのだろう。
……厄介なことになりそうだから、俺から深入りするのはやめておこう。
「お、来てくれたか!」
そのとき、屋敷の扉が開いて、エルダさんが顔を出した。
まさに救世主である。
「む、カグヤもいるのか」
「いけない?」
「いや、むしろ呼ぼうと思っていたところだ。事件解決の打ち上げだと思って食材を集めたんだが、少しやり過ぎてな。たくさん食っていけ」
「そう。なら協力してあげるわ」
エルダさんのカグヤの扱いの上手さに、思わず感心した。
それに、これまで以上に、エルダさんの存在感が大きくなっているように思う。
乗り越えるべきものを乗り越えたからだろうか。なんにせよ、俺は安心した。
「シャルル、買い出しご苦労。中に運んでくれ。ヘンゼルとグレーテルが準備してくれているから」
「分かった」
「貴様らも入れ。私が腕によりをかけて作った料理たちが待っているぞ」
「……エルダさんが?」
「うむ!」
――――あれ……エルダさんって、料理できたっけ……。
「どうしたの? アナタ」
「あ、いや、なんでもない」
わずかな嫌な予感を覚えつつ、俺はエルダさんの屋敷へと足を踏み入れた。
「シルヴァくん!」
慌ただしく走っていたグレーテルが、俺を見て足を止めた。
「お邪魔します。何か手伝おうか?」
「ううん、大丈夫! 今日はみんなへのお礼も兼ねてるんだから、シルヴァくんはゆっくりしてて?」
「……そっか」
そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「あ、カグヤ……だよね?」
「ええ。あのときぶりね」
グレーテルと相対したカグヤは、微笑みを浮かべている。
「もう突然襲い掛かってきたりしない?」
「ええ、貴女が大人しくしているならね」
「そっか!」
反射的に身構えたグレーテルだったが、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。
「聞いた話によると、もうひとりいるのよね」
「うん。お兄ちゃんなら、厨房でお皿を用意してるよ」
それを聞いて、俺は少し驚いた。
あの性格で、よく手伝いなんて引き受けたな。文句どころか、参加すらしないかと思っていた。
「お兄ちゃんも、みんなに世話になったって自覚はあるんだよ。借りを作るのが嫌いな性格だし、今日で清算しようとしてるんじゃないかな」
「……そうか」
「二人はこっちね。この家、ちゃんと食堂があるんだよ?」
自慢げに言いながら、グレーテルは俺たちを食堂のほうへと連れて行ってくれた。