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第七十一話 モブ兵士、やっぱり断る

 エルダさんに連れられたのは、街が一望できる中央時計塔の展望デッキだった。

 傾き始めた日が、街をオレンジ色に照らしながら、ゆっくり西へと沈んでいく。

 街を見下ろすと、共に買いものをしている親子の姿が見えた。顔までは見えないが、子供と手をつなぐ母親の顔は、きっと幸せそうに笑っていることだろう。


「ここは、私のお気に入りの場所だ」


 デッキを囲む手すりに寄りかかり、エルダさんは少し身を乗り出す。


「平穏な暮らしを送っている者たちを見ると、元気が湧いてくる。彼らの幸せを守りたいという、熱い気持ちもな」


「……分かる気がします」


 モブでしかない俺だけど、守れるものがあるなら、守りたい。自分が動くことで、この世界にどれだけの影響を及ぼすのかは分からない。ただ、目の前で危険に晒されている人を、シナリオとは違うからと助けないのは、やはり俺の意思とは違う。


「……ヘンゼルとグレーテルの件だが」


 少し間を置いて、エルダさんはそう切り出した。


「二人とも、当分の間は王都で暮らすことになった」


「……兵士として聞きますけど、大丈夫なんですか(・・・・・・・・)?」


 魔族が人に交じって暮らす。二人がどんな存在なのか知っている者ならともかく、知らない連中からすれば、人類の敵がすぐそばにいることになってしまう。下手に広まれば、騎士団への批判が殺到するはずだ。


「ああ、大丈夫だ」


 すべてを分かった上で、エルダさんはそう言い切った。


「二人は、私の家で暮らしてもらうことになった。これを機に、街から少し離れた場所へ引っ越すことになったがな。まあ、念には念をだ」


「賑やかになりそうですね」


「ああ。ついでに、二人には家賃代わりとして、勇者が足りないときにヘルプとして出動してもらうことになっている。レベル4の魔族が二人も味方になったと考えれば、少しは報われるものだ」


「……」


 報われる。それはきっと、ジークへの言葉だ。

 彼が主導となって進んでいた計画は、あまりにも非道なものだった。しかし、ゼレンシア王国をさらに強くしたい。その願いだけは、間違っていない。

 ヘンゼルとグレーテルが仲間になったことで、結果的にその願いは叶っている。


「……先日、〝幻想協会(フェアリーテール)〟の本部で、ある資料を見つけた」


「資料?」


「ヘンゼルとグレーテルについての、研究資料だ」


 エルダさんは、複雑そうな表情を浮かべ、小さくため息をついた。


「彼らは人工で作られた魔族だが、決してゼロから生み出されたわけではない。能力から分かるように、夢魔(サキュバス)をベースにしたそうだ」


「特別、驚きはしないですね」


 そう、ここまでは分かり切っていることだ。


「だが……夢魔だけでは、どうしてもレベル1の魔族しか生まれなかったそうだ。そこで、どうしたと思う?」


「――――まさか」


 魔族のレベルが上がるきっかけなんて、ひとつしかない。

 吸血鬼野郎が、人間の血を摂取して強くなったように――――。


「そのまさかだ。〝幻想協会(フェアリーテール)〟は、ヘンゼルとグレーテルのベースに、人間を組み込んだ。それも……ジークの細胞をな」


「っ……」


「ヘンゼルの魔力がよく馴染むと、やつは言っていた。血縁関係者の魔力は〝共鳴レゾナンス〟が起きやすいという傾向がある。魔族の魔力が、人間に馴染むはずがないと思っていたが……まあ、そういうことだったわけだ」


 そう言って、エルダさんは皮肉っぽく笑った。

 嫌な妄想が頭にちらつく。子供を亡くしたジークにとって、ヘンゼルとグレーテルは、新しい子供のような存在だったのかもしれない。

 今思えば、おかしな点がある。ヘンゼルと俺が接触した時点で、やつは念のため首輪を作動させておくべきだった。魔力領域で重要な会話は聞こえていなかったはずだが、俺と接触したという事実だけは伝わっていたはずなのだから、必ず計画を成功させたいのなら、あの場で証拠隠滅を図るべきだったのだ。

 そうすれば、俺は〝幻想協会(フェアリーテール)〟にたどり着けず、事件はなあなあになっていた。そして、ほとぼりが冷めたあとで、また魔族を生み出せばよかったのだ。

 それをしなかったのは、彼に情があったからだと考えると、辻褄が合う。合ってしまう。

 だが、それを確かめる術は、もうどこにもない。


「……ジークは、紛れもなく犯罪者だ。――――だが、私にとっては、唯一無二の師でもあった」


 エルダさんは、普段よりも近くにある空に、視線を向ける。


「貴様と戦っているときのジークは、やけに楽しげだった。貴様ほどの強い存在と出会えて、心の底から嬉しかったのだろう」


「……」


「その点、情けないな……私は。恩のひとつも返せないまま、先に引導を渡してしまった」


 あのときの感触を思い出してしまったのか、エルダさんの手が小さく揺れる。

 俺は、思わずその手を握っていた。


「っ! ……シルヴァ?」


「エルダさんは……最後にちゃんと恩を返したと思います」


「……どこに、その根拠があるのだ」


「俺と戦ったジークは、すべてを捨て去っていました。だから、純粋に戦いを楽しんでいたんです」


 それは、剣をぶつけ合った俺にしか分からないことだ。

 生き生きと剣を振るジークの姿は、さながら、入団したての新人兵士だった。俺に倒される前から、すでにジークは、憑きものが落ちたような顔をしていた。


「ジークは、エルダさんに敗北したからこそ、荷が下りたんだと思います。それって、何よりの恩返しなんじゃないですか?」


「……そうか。ああ……そうかもしれないな」


 爽やかな風が吹き抜け、エルダさんの艶やかな銀髪を揺らした。

 エルダさんの中でも、何かが吹っ切れたのかもしれない。もしそうなら、俺もここまでついてきた甲斐があるというものだ。


「貴様には助けられてばかりだな」


「いえ、そんな……」


「いい加減、騎士団に入らないか?」


「……それはやめておきます」


「えー」


「えー、じゃないですよ」


「チッ……この流れならいけると思ったんだが」


「どの流れでもいけません」


 まったく、油断も隙も無いな。

 まあ、そういうところも含めて、エルダ=スノウホワイトなのだから仕方ないか。


「ふっ……そろそろ帰るか」


「はい、そうしましょう」


 ひとつの事件が終わり、街は平和を取り戻した。

 俺は、この世界に存在してはいけないのかもしれない。

 それでも、俺は俺なりに、この世界で生きる人たちを守る。そう誓った俺は、最後にもう一度、空を見上げた。


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