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第七話 モブ兵士、怒る

 あんたらが俺に負けたって話は、誰にも言わない――――。

 そんな言葉で交渉したところ、護衛たちはあっさりとブラジオの裏の顔について教えてくれた。

 薬物の密造や売買。恐喝や暴行。数多の犯罪に関わっているブラジオは、そのすべてをバードレイ家の力でもみ消してきたようだ。

 大した悪童だ。反吐が出る。


「ブラジオ殿の次の目標は、騎士団を内部から意のままに操ること……騎士団長の弱みを握り、組織をも私物化しようとしている」


 男たちは、最後にそう語ってくれた。

 ここまで話を聴ければ、もう彼らに用はない。


「……行け。ご主人様には、圧勝でしたとでも報告するんだな」


 お互いに体を支え合いながら、男たちは去っていく。

 騎士団の私物化。そんなことが叶えば、ブラジオは今後も悪事を働き放題。人々の生活は理不尽に脅かされ、いずれは国全体が腐る。

 そんなことになったら、きっとこの世界はブレアスのシナリオから大きく逸脱してしまうはずだ。


「お疲れ様、シルヴァ」


「シャルたそも、付き合ってくれてありがとう」


 シャルたそがいてくれたおかげで、結果的にスムーズにブラジオの情報を手に入れることができた。これでなんの気兼ねもなく、やつを妨害することができる。


「あんなやつ、絶対に合格させちゃダメ」


「ああ、そうだなシャルたそ。……俺が、絶対に止めてやる」


 ブレアスのシナリオを守るため。そして、シャルたそを嘲笑った報いを受けさせるため。俺があいつに、現実というものを教えてやる。


「……ねぇ、シルヴァ」


「ん?」


「シルヴァは、どうやってあんなに強くなったの?」


「え、どうした? そんな藪から棒に」


「シルヴァの戦いを見たのは二回目。そのうち一回は、魔族すら倒してた。やっぱり、普通の兵士にできることじゃない」


「……」


 間近で見ていたシャルたそからすれば、確かに違和感しかなかっただろう。

 魔族を殺せる兵士なんて、滅多に現れるものじゃない。

 公式設定によると、第一騎士団長であるエルダ=スノウホワイトは、最年少で兵士になり、魔族を討伐した経験があるそうだ。その功績を称えられ、一度は勇者になるための推薦まで得たが、魔族を倒す者ではなく、魔族から人々を守る者になりたいという己の心に従って、騎士団長を目指すことにしたらしい。

 兵士時代に魔族の討伐に成功したのは、エルダさんただ一人。つまり俺のしでかしたことは、最速で騎士団長まで成り上がった彼女に匹敵する偉業というわけだ。

 こう言ってはなんだが、ゲームのメインキャラであるエルダさんが強いのは、当然の話だ。俺のように、立ち絵どころか名前もないようなモブが強くなるためには、生半可な努力では意味がない。


「……山籠もりをしてたんだ。何年間も」


「山籠もり?」


「魔物がうじゃうじゃいる場所でさ。毎日死ぬような思いをしてたけど、おかげで強くなれたよ」


 冗談のように言っているが、すべて本当の話である。

 俺が言っている山とは〝エヴァーマウンテン〟という、ゲーム後半で行けるようになる場所だ。レベル上げ専用とまで言われるくらい、高経験値の魔物がそこら中にいる山である。

 俺はそこにいる魔物と戦い、鍛錬と経験を積み、筋力ステータスを底上げする〝薪割りゲーム〟や、速度ステータスを底上げする〝坂道ダッシュ〟を行って、基本的なステータスを一気に向上させた。ゲームと違って数値は見えないものの、今の実力を想えば、確実に身になっていると言えた。

 どれもこれも、ブレアスをやり込んだことで編み出した、最高効率プレイである。


「……私もそれをやれば、もっと強くなれる?」


「シャルたそはそんなことやる必要ないさ」


「どうして?」


「さっきも言った通り、山籠もりは毎日死ぬような思いをしないといけない。シャルたそなら、そんな荒療治みたいなことしなくても、ちゃんと強くなれるよ」


「……ほんと?」


「ああ、本当だ。俺の命に誓うよ」


 順当にストーリーが進めば、シャルたそはどんどん強くなっていく。

 覚醒イベントまで用意されているし、わざわざ凡人の俺と同じ鍛錬をやらなくても、必ず強くなれる。


「シルヴァがそう言うなら、信じる」


 どこか安心したような笑みを浮かべたシャルたそを見て、心臓が飛び出しそうになるくらい大きく跳ねた。 

 ここスチルになりませんかね。アニメーションにしてくれてもいいですよ。ブレアスの制作陣様。


「……ちょっと、お腹空いた」


 そのとき、シャルたその腹から大きな音が聞こえた。

 これはちょっとどころではない音だ。


「別の店で何か食べる?」


「シルヴァのおごり?」


「もちろん! 推しに貢ぐのは、オタクとして当然の義務だからね」


「……?」


 きょとんとしているシャルたそを連れ、俺は再び繁華街を歩き出した。


◇◆◇


「これより、第127期入団試験を始める」


 試験官役の騎士が、整列した入団希望者に向けてそう宣言した。

 いよいよ試験当日。話に聞いていた通り、ブラジオは入団希望者としてこの場に立っていた。

 酒場で出会ったときと違い、彼は一目で高級と分かる鎧に身を包んでいる。

 帯刀している剣も、鍔や柄の先端には煌びやかな宝石が埋め込まれており、明らかに高級品だ。庶民のままじゃ、きっとどれだけ背伸びをしても買えない。


「第一試験は、模擬戦だ。一対一で戦い、勝利した者は二次試験へ進める」


 そのルールを聞いて、俺は驚く。


「本来第一試験の模擬戦は、勝敗に関係なく光るものを見定めるための試験だった。しかし、今年は例年と比べて入団希望者が多いため、やむを得ず第一試験で半分に人数を絞る」


 入団希望者たちが、その説明を受けてざわめき出す。

 おそらく、エルダさんが色々と根回ししてくれたのだろう。

 話が単純化して助かった。これで俺は、わざわざブラジオの印象が悪くなるような面倒くさい立ち回りをしなくて済む。


「ランダムで名前を呼んでいく。呼ばれた者は、速やかに訓練場の中央へ」


 試験官の指示に従い、俺たちは訓練場の中央から離れた。

 それにしても、いい訓練場だな、ここ。兵士の宿舎にある訓練場とはえらい違いだ。


「おいおいおいおい、お前はあのときの冴えない護衛じゃないか!」


 田舎者のように辺りを見回していると、ブラジオがズカズカと俺のもとに近づいてきた。彼は重厚な鎧を着ているように見えるが、その足取りは見た目に反して軽い。こう見えて、意外と鍛えているのだろうか?


「……どうも、ブラジオ殿。まさかこんなところでお会いするなんて」


「ふん、こっちのセリフだ。護衛たちが言っていたぞ? 二度と逆らえないくらいボコボコにしてやったと――――その割には、傷がないように見えるが」


「教会に行って、回復薬をもらったんですよ。おかげで、結構な出費でした」


「ハッ! 回復薬ごときで結構な出費とは……貧乏人もいいとこだな!」


 この場にいる全員に聞こえるような声で、ブラジオはそう言った。

 どこまでも人を馬鹿にするのが好きなんだな、この男は。呆れて言葉が出てこない。


「見たところ、装備もすべて安物だろ。どこまでもみすぼらしいな、お前は」


「……そういうブラジオ殿は、重たそうな装備をつけていらっしゃいますね」


「ふんっ! 希少なオリハルコン鉱石を練りこんだ、最高級の鎧だ! お前がいくら剣を振ろうが、このボクには傷ひとつつけられんだろうな」


 俺は愛想笑いを浮かべる。

 確かに、大した装備だ。オリハルコン鉱石の練り込まれた装備は、ゲーム後半にならないと手に入らない。防御力は極めて高く、生半可な武器じゃ傷ひとつつけられないだろう。

 こんなやつが持つくらいなら、勇者様方に提供してほしいもんだ。


「ボクと当たらないことを祈るんだな!」


「ええ……そうですね」


 ふと顔を上げると、騎士が一枚の紙を持って周囲を見回していた。

 そろそろ始まりそうだな。


「ブラジオ=バードレイ! シルヴァ! 訓練場の中央へ!」


「くっ……はははははは!」


 ブラジオは、天を仰ぎながら大笑いする。


「まさかまさか! 本当にお前が対戦相手とはな! つくづく運のないやつめ!」


「……どうやら、そのようで」


 こうなることを知っていた俺は、へらへらしながら剣の柄を撫でた。


底辺貴族(・・・・)の護衛ごときが……このボクには逆立ちしたって勝てないってことを、その体に叩きこんでやる」


「底辺貴族……?」


 俺の中で、最後の堪忍袋の緒が切れた音がした。

 

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