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第六十九話 モブ兵士、休暇をもらう

 すべてが終わって、数日が経過した。

 違法な人体実験を行っていた〝幻想協会(フェアリーテール)〟は、解体処分となった。


――――なんて、これほど大掛かりな研究ならば、ゼレンシア王国だって知っていたはず。


 要は、トカゲの尻尾切りだ。


「……はぁ」


 門番の仕事に戻った俺は、壁に寄りかかって空を見上げた。

 嫌な事件だった。ああ、本当に嫌な事件だった。頭の中で、何度もそう繰り返す。

 初めは小さい事件だと思った。本編通りなら、死人はゼロ。犠牲になるのは、エルダさんの立場だけ――――。そうして、職を追われたエルダさんも、アレンの仲間になることで充実した日々を送ることになる。そういう事件のはずだった。そんな、ひとつの通過点であるはずだった。


「どうなってんだよ……制作陣サマ」


 この世界を作った神々に、悪態をこぼす。


「……いや、俺のせいか」


 そうだ、俺のせいだ。大きく本編に関わったつもりはなくても、俺がいなければ、きっとこんな結果にはならなかった。


――――じゃあ、どうしろっつーんだよ。


 足元の小石を軽く蹴る。転がっていく小石は、別の小石にぶつかり、わずかに軌道を変えた。

 頭の中がぐるぐると巡って忙しい。思えば、初めからおかしかった。シャルたそが魔族に襲われ、本編が始まる前に命を落とす可能性があったときから。

 しかし、あのとき、守らないわけにはいかなかった。

 俺が生まれたことで、この世界がおかしくなったのか……。それとも、初めからこの世界がおかしかったのか。

 考えたって、分かるはずもない。


「シルヴァ」


 名前を呼ばれて、俺は顔を上げる。

 そこには、エルダさんが立っていた。いつもの鎧姿ではなく、極めてラフな格好で。


「騎士団長……今日は休暇ですか?」


「ああ、やりたいことがあってな。……シルヴァ、お前もついてこい」


「……暇そうに見えると思いますが、一応勤務中です」


「あとで休暇扱いにしてやる」


――――職権乱用だ……。


 断ろうにも、エルダさんの誘いを断ったら、あとでどんな目に遭うか分からない。ここは上司命令として聞き入れ、ついていくことにしよう。

 ……なんて言い訳をしながら、俺は皮鎧を外した。


「分かりました。お供します」


「助かる。ほら、言っていただろ? 今度服を選んでくれると」


「ああ、その件ですか。それなら、シャルたそにも声かけて――――」


「いや、いい。今日は貴様と二人で過ごしたい」


「え⁉」


 衝撃的な発言に、素っ頓狂な声が出る。

 もしかして、口説かれたのか? 思わず、エルダさんの目を見つめてしまう。


「た、他意はないからな!」


 そう言って、エルダさんは背中を向けてしまった。

 他意がないなら、果たして何があるのだろうか? いまだに童貞オタクな俺には、とても理解できそうになかった。


「何をしている。さっさと行くぞ」


「あ、はい」


 二人で過ごすことに、ノーともイエスとも言えないまま、エルダさんを追いかけた。



 上司と並んで歩く。それは、なんとも不思議な感覚だった。こんな状況、前世ならば胃痛に苦しめられていたことだろう。エルダさんも無茶ぶりが多い人ではあるが……前世と比べれば、なんにも辛くない。むしろ嬉しいくらいだ。

 街は、今日も活気に溢れていた。いつ魔族が出現するか分からない世の中でも、みんな明るく過ごしている。店先で談笑している女性。昼間から酒を呷る男性。木剣を持って走り回る子供たち。どれも、平和の象徴だ。


「……今ここに魔族が現れたら、彼らを助けられると思うか」


 俺が街並みを眺めていることに気づき、エルダさんはそう訊いてきた。

 迷わず頷いた。俺なら、ここに魔族が現れても、すぐさま倒せる自信がある。


「ならば、街の西側に魔族が出たら、どうだ」


「……無理ですね。全力で走ったとしても、数十分はかかります」


 言わずもがな、ゼレンシア王都は広い。数十分でも速いほうだろう。


「ああ、でも、カグヤならもっと速いでしょうね。まあ、出動してくれるかどうかは分かりませんが」


「ふっ、そうだな。……だが、たとえカグヤであっても、一瞬で移動することは叶うまい」


 その通りだ。カグヤは空を高速で飛べるから、人よりも早く到着できるというだけ。街の端から端へ一瞬で移動できるやつなんて、存在しない。


「……どうしたんですか、急に」


「いや……。ただ、確認しておきたかっただけだ」


 そう言って、エルダさんは口を噤んだ。

 しばらく歩くと、王都にあるもっとも大きな服屋が見えてきた。

 ブレイブ・オブ・アスタリスクの世界では、防具の他に、外見を変化させる衣装の項目が存在する。この店は、その衣装を購入できる場所だ。


「ここか……。流行っているのは知っていたが、まさか自分で足を運ぶことになるとは思わなかったぞ」


 初めてだからか、エルダさんはどこかソワソワしている。


「シルヴァは、こういう店をよく利用するのか?」


「ここじゃ買ったことないですけど、来たことはありますよ」


 ブレアス内に出てくる施設は、ひと通り訪れている。俺にしかできない、聖地巡礼というやつだ。


「提案しておいてなんですけど、俺も服に詳しいってわけじゃないんです。もっぱら、もっと安い店でシャツだけ買って満足しています」


「私と大して変わらないではないか……」


「でも、エルダさんに似合う服なら、上手く見繕う自信がありますよ」


 俺がどれだけエルダさんを着せ替えて遊んだと思っている。ゲーム内で手に入る衣装はすべてコンプ。おまけに、ダウンロードコンテンツもすべて網羅した。もはや負ける気がしない。


「その自信がどこから来るのかは知らないが……。そうだな、一度は任せると決めたわけだし、ここは頼むぞ」


「はい。お任せあれ」


 そう言って、俺は親指を立てた。


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