第六十八話 モブ兵士、伝える
「傷が再生しない……ふっ、チェックメイトか」
血を流しながら、ジークは崩れ落ちた体を仰向けにする。
「あんたの傷口に、俺の魔力を流し込んだ。……どうやら、あんたと俺の相性は、最悪だったみたいだな」
相性の悪い魔力を取り込めば、細胞の崩壊が起きる。ジークの体に入り込んだ俺の魔力は、再生を上回る速度で、その肉体を破壊し続けていた。
「ジーク殿……」
エルダさんが、ジークのそばまで歩み寄る。
その顔には、悲しみ、哀れみ、怒り、あらゆる感情がグチャグチャに詰め込まれていた。
「……」
エルダさんは、しばらく何も言わなかった。
きっと、どの感情を優先すべきか、自分でも分からないのだろう。
「……何故、そこまでして力を求めたのですか」
やがて、エルダさんはその問いを絞り出した。
「言っただろう。我が国を守るためだ」
「っ……! 確かに、あなたは愛国心溢れる勇敢な騎士だった! しかし、それが……なぜこんなこと……!」
エルダさんの目尻に、涙が滲む。
さぞ悔しいだろう。信じていた師匠に、頼ってもらえなかったという現実。情けなくて、申し訳なくて、たまらないはずだ。
ジークは、エルダさんのほうを見ようともしない。ただ、暗い空を見つめている。
俺には、それが無性に許せなかった。
「……娘を守れなかったから、だろ?」
「っ⁉」
驚愕したのか、ジークは目を見開いた。
「む、娘だと……⁉ ジーク殿は結婚もしていないはずだ! 娘がいるなんて聞いたこともない!」
「……その辺の事情は、俺も知りません。ただ、ジークには娘がいて、その娘が魔族に殺されたことだけは確かです」
「……そんな」
ジークが、信じられないものを見る目で俺を見ている。知っているはずがない。そんな思いが伝わってくる。
ああ、そうだ。この世界に生きる者が、このことを知っているはずがない。
ジークに娘がいたという情報は、公式設定資料集に載っていた情報だ。本編のジークは、決して重要なキャラなどではなく、あくまでサブキャラとして登場する。故に、彼の情報は極めて少ない。それでも、彼の熱い正義感を裏付けるための貴重な情報として、やけに頭に残っていた。
「まったく、そんな話どこで聞いたんだか……」
そう言って、ジークは笑う。瀕死とは思えないほど、屈託のない笑みだった。
「……ああ、そうだ。俺の娘は、魔族に殺された」
「っ……」
エルダさんが、息を呑んだ。
「エルダ、お前が知らないのは当然だ。もう、二十年以上も前の話になる。俺には、愛した女がいた。彼女との間に子ができたときは、天にも昇る気持ちだったよ」
思い出を辿るように、ジークは目を細めた。
「子供は無事に生まれ、俺たちは三人で幸せに暮らしていた。……だが、ある日突然、街中に魔族が現れて――――」
ジークは、そこで言葉に詰まった。
そして、ひと呼吸おいたのち、ジークは口を開く。
「ちょうどそのとき、俺は二人を置いて遠征に出ていた。魔族が街に出たと聞いて、俺は仲間と共にすぐに引き返したが……俺が到着したときには、二人は倒壊した家屋の下敷きになっていたよ」
「そんな……」
「ついでに言えば、近くに当時の勇者たちが転がっていたな。あの頃は、今ほど魔族の襲撃も多くなかったし、勇者たちも平和ボケしていた。……だから、レベル2ごときに後れを取ったのだ」
きっとジークは、自分がいれば二人を守れたと考えている。そう思うのも無理はない。それほどまでに、ジークという男は強い。実際に手合わせした者であれば、分かる。
「まいったな……誰にも話さないつもりだったのに。最後の最後で、一番の誤算だぞ」
そう言ったジークは、まるで吹っ切れたかのように笑い始めた。
「ジーク殿……」
「エルダ、同情などするな。俺は国民を危険に晒した正真正銘の犯罪者だ。お前は第一聖騎士団長として、粛々と処分を下せ」
ジークに睨みつけられたエルダさんは、キュッと唇を噛んだ。そして、俺に視線を向ける。
俺の目には、エルダさんが迷子の子供のように映った。
しかし、俺がしてやれることは、もう何もない。
「……分かった」
エルダさんは、剣を握り直す。
「……それでいい」
ジークは満足げに脱力し、目を閉じた。
エルダさんが、ジークの心臓に剣を突き立てる。
「ああ……マーサ、カレン……。今、そっちへ行く」
何かを求めるかのように、ジークは両手を天に伸ばす。
やがて、その目から生気が消えると共に、彼の両手は地面に落ちた。