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第六十七話 モブ兵士、誓う

「傷つけさせない? お前なら、守り切れるとでも言うのか?」


 ジークの魔力が膨れ上がっていく。

 設定資料集によれば、複数人の魔力が混ざり合ったとき、その相性がよければ、本来の何十倍にも魔力が膨れ上がる〝共鳴(レゾナンス)〟が起きる。アレンが決闘の際に使った〝魂鳴魔術(ソウルボンド)〟も、理論としては同じだ。

 ジークの中には、ヘンゼルの魔力がある。自分で「よく馴染む」と言っていたように、〝共鳴(レゾナンス)〟が起きたのだろう。


――――魔力領域の中だってのに、自由に動きやがって……。


 改めて、魔力領域について整理しよう。俺の魔力領域に入った者は、魔術が使えなくなる。これは、俺の膨大な魔力が、相手が魔術を発動する前に(・・・・・・)打ち消してしまうからだ。


 しかし、魔力の放出は止めることができない。つまり、自分の体を魔力で覆えば、息苦しさや動きづらさといった、魔力領域による影響を軽減できる。ジークは体に纏う魔力が格段に多いため、他者よりも自由に動けるはずだ。


――――仕方ない。力比べといくか。


 魔術を使わず、己の肉体、そして魔力だけで戦う。奇しくも、俺とジークは同じスタイルになってしまった。ここから先は、小細工なしの力比べだ。


「できるできないの話じゃねぇ。守り切るんだよ」


「若造が……生意気なことを言うではないか!」


 にやりと笑ったジークが、俺に向けて剣を振り下ろす。俺も、そのひと振りに対して剣をぶつけた。耳をつんざくような金属音。宙には火花が散り、手から肩にかけて痺れが駆け抜ける。

 ギリッと奥歯を噛み締め、思い切り踏み込む。膨大な魔力を纏わせ、力いっぱい剣を振る。


「むぅ⁉」


 俺の剣を受け止めたジークは、衝撃を殺し切れず後ろに下がる。やつの持つ大剣に、わずかにヒビが入った。


「足りんか……これでも」


 一瞬、悔しげにそうこぼしたジークだったが、すぐに大剣を構え直した。


「いいぞ……! もっと来い!」


「……っ」


 俺は魔力の出力をさらに上げ、ジークに跳びかかる。

 剣を振るたびに、ジークの体が崩れていく。俺が剣に魔力を纏わせたら、防御したとしてもダメージを負う。衝撃で体力が削られ、掠るだけで深手になる。しかし、決定打には程遠い。


「無駄だァ!」


 魔族の魔力のおかげか、ジークの体は驚異的な再生能力を持っていた。新たにつけた傷も、みるみる塞がってしまう。

 これは実に厄介だ。倒したいなら、簡単には再生できないレベルの深手を負わせるしかない。

 ただ、胸を貫かれても完治してしまうほどの再生力に対し、深手とは何を指すのだろう。


「ゼレンシア流剣術……〝独楽噛(こまが)み〟!」


 すれ違いざまに、ジークの体を切り刻む。全身から血が噴き出て、さすがのジークも、一度は膝をついた。――――だが、それだけだった。


「技のキレも凄まじい……これでまだ兵士というのだから、末恐ろしいな」


 ジークはゆっくりこちらへ振り返る。今のでもダメか。まったくもって嫌になる。


「是が非でも、お前には騎士団に入ってもらいたいものだ。……いや、この際、勇者になる道もあるな」


「悪いけど、こっちにもそれができない理由があるんだよ」


 剣を握り直す。ブレイブ・オブ・アスタリスクの世界観を壊さないためにも、俺にできることには限界がある。

 今回の件だって、あくまで後始末。俺のせいで修行の旅なんかに出てしまったアレンの代わりに、できる限りの責任を取っているに過ぎない。


「そうか……本当に残念だ」


 ジークの大剣に、再び黒い魔力が集まっていく。俺ですら、ゾッとするほどの出力だ。


「ならば……。しがない一兵士よ。お前の覚悟を、今一度問う」


 両手で大剣を握りしめ、ジークはそれをゆっくりと振り上げる。


「俺という脅威を前に、お前は、後ろにいる者たちを守れるか?」


 ジークから溢れ出た魔力のせいで、肌かピリピリとひりついている。今から放たれようとしている攻撃は、街まで届き得る破壊の一撃。俺たちだけではない。きっと大勢の人が犠牲になる。


「……指導者って、意地悪なことばっか訊いてくるよな」


 俺は魔力を解き放つ。そして拡散してしまった魔力を、すべて剣へと集約させた。

 刃から、金属がこすれるような嫌な音がする。俺の纏わせる魔力が多すぎて、刃が軋んでいるようだ。心の中で、剣と、剣を用意してくれた職人に謝罪する。


「――――絶対に、守る」


 真っ直ぐジークを睨みつけ、俺はそう言い切った。


「……ならば、受けてみろ!」


 今、漆黒の剣が振り下ろされる――――。


「〝悪魔の絶叫(ディアブロス・セロ)〟」


 それは斬撃波というより、ビームに近かった。すべてを飲み込む、漆黒の力の本流。この攻撃を受けて、形を保っていられる者などいないだろう。


「ゼレンシア流裏剣術――――」


 モブだのなんだの言っていられない。

 これを防げるのは、俺だけだ。俺が、やるしかないのだ。


「――――〝青天一閃(せいてんいっせん)〟」


 剣を横薙ぎに振る。

 ゼレンシア流剣術〝青天〟は、体の捻りを利用して、雲すらも斬り払うような豪快な一撃を繰り出す技。そして俺が生み出した、ゼレンシア流裏剣術〝青天一閃〟は、元となった〝青天〟よりも、さらに速く、そして鋭い。


 まず、周囲から音が消えた。まるで、時が止まったかのような静寂が訪れた。

 次に、視界が開けた。目の前を塗り潰していた漆黒が、綺麗に裂けたのだ。

 そして、ようやく音が戻ってきた。最初に、大気が斬り裂かれるような風の音。そして、徐々に環境音が帰ってくる。


 最後に、ジークの胸元に、一筋の線が走った。


「……見事、だ」


 押し留められていた血が、ジークの胸元から我先にと噴き出し、地面を濡らしていく。

 悔しげに笑ったジークは、そのまま地面に崩れ落ちた。


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