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第六十六話 モブ兵士、前に出る

「……シルヴァ。この空間を解いてくれないか?」


 剣を構えながら、ジークは俺にそう持ち掛けてきた。


「エルダとの戦いが終わるまで、ヘンゼルとグレーテルには決して手を出さないと誓おう。この戦いだけでいい。全力でやらせてはもらえないか?」


「……」


 俺はエルダさんを一瞥する。

 すると彼女は、俺に背を向けたまま、ひとつ頷いた。


「ヘンゼル、グレーテル……俺のそばにいろよ」


 俺は魔力領域を解除する。

 これで、エルダさんもジークも、魔術を使えるようになったはずだ。


「ふっ……では、やろうか」


 大剣を片手で自在に振り回す姿は、まさに化物。対するエルダさんは、呼吸を整えながら、数回その場でリズムよく跳ねた。

 空気が張り詰めている。二人とも、勇者と比べても遜色ないほどの実力者。一瞬の油断が命取り。気を抜けば、その瞬間に勝負がつく。


「……っ!」


 最初に仕掛けたのは、エルダさんだった。

 強く地面を踏み込んだエルダさんは、瞬時にジークとの距離を詰める。


「ゼレンシア流剣術――――〝脱昇(だっしょう)〟!」


 地面すれすれから跳ね上げるように斬る〝脱昇〟。美しく洗練されたその一撃が、ジークの命を刈り取らんと迫る。

 しかし、ゼレンシア流剣術は兵士、騎士が必ず学ぶものであり、ジークも当然のように会得していることを忘れてはいけない。


「〝脱昇〟が有効なのは、不意打ちか、決定的な隙が生まれたときだ。初撃には向かんと教えただろう?」


 わずかに体を反らし、ジークは最低限の動きで〝脱昇〟をかわす。

 確かに、〝脱昇〟の軌道は単純だ。初見ならともかく、剣術を教える側のジークが、見切れないはずがない。


「……残念だよ、エルダ。俺の弟子がこんなに未熟者だったとは」


 呆れた表情を浮かべ、ジークはその剛腕で剣を振る。攻撃終わりを狙われたエルダさんは、その斬撃を回避することができず、呆気なく体を両断されて(・・・・・)しまった(・・・・)

 グレーテルとシャルたそが息を呑む。しかし、俺はこの光景を、黙ってジッと見つめていた。


「――――貴様に、私を語る資格はない」


 どこからかそんな声が聞こえた瞬間、ジークの胸から、剣が飛び出した。そして次の瞬間、両断されたエルダさんの体にヒビが走り、冷気をまき散らしながら粉々に砕け散る。


「み、身代わり……」


「〝氷細工(アイスメイク)〟……氷で人形を作り、本体である私が背後に回り込む隙を作ったのだ」


「……そ、そうか……は、ははは……なるほど、未熟だったのは……俺のほうか」


 俺には、エルダさんがジークの背後に回り込んでいるのが見えていた。分身に〝脱昇〟を使わせ、ジークの注意を下に誘導する。その間に、分身の影に隠れていた本物のエルダさんは、ジークを飛び越えるようにして背後を取ったのだ。


「がふっ……」


 エルダさんが剣を引き抜けば、ジークは盛大に吐血して、膝をついた。

 どう見ても致命傷。おびただしい量の血が、地面に広がっていく。


「……最後に、言い残すことはあるか」


 決着はついた。エルダさんは、鋭い刃をジークの首に当てる。


「ふっ……くはははは! ああ、やはり俺は弱い……。退くべくして退いたんだと分かったよ」


「……?」


「俺はもっと、貪欲に力を求めるべきだった……! 魔族をこの手で皆殺しにするッ! そう言い切れるだけの力を求めるべきだったッ! たとえ、どんな手を使ってでも……ッ!」


 突然、ジークの体から、爆発のような勢いで魔力が噴き出した。その衝撃で、そばにいたエルダさんは距離を取らされる。


「弟子に負けているようでは……もとより目的を達成することはできなかった。ならば、この身をすべて捧げてやろう! 悪魔に魂を(・・・・・)売ってでも(・・・・・)! 俺は必ずやり遂げる!」


 血を吐きながら、ジークは立ち上がる。すると、胸を貫いていた傷が、みるみるうちに再生していった。そして、失っていたはずの左腕すらも――――。


「何を……一体、何をしたのだッ! ジーク!」


「ウオォォオオォオオオオ!」


 ジークの雄叫びが響き渡る。彼の左腕は、ただ生えただけではなかった。より太く、より強靭に。肌が漆黒に染まったその左腕は、とても人間のものとは思えなかった。


「ヘンゼルが集めてきた魔力は、一度抽出され、幻想協会(フェアリーテール)の技術によってエキスとなる……。俺は、実験台として率先してそのエキスを体に取り込んだ……! そして見事に適合してみせた! 感謝するぞ! ヘンゼル! お前が集めてきた力は、この俺に実によく馴染む!」


 怒りに打ち震えたヘンゼルが、音が鳴るほど奥歯を噛み締める。


「感謝だと……⁉ どこまで僕らをコケにすれば気が済むんだ……!」


 ヘンゼルが手をかざすと、ジークは弾かれたように後方へ吹き飛んだ。

 〝反発魔術〟――――それがヘンゼルの持つ魔術だ。

 グレーテルが〝引力魔術〟だから、その反対ということになる。


「ふっ! こざかしいな!」


 かなり距離があるというのに、ジークはその大剣を大きく振り上げた。すると、刃に膨大な魔力が集まり始める。


「〝悪魔の咆哮(ディアブロス)〟――――」


 大剣が振り下ろされると同時に放たれたのは、魔力によって生み出された斬撃だった。

 巨大な漆黒のエネルギーが、地面を抉りながら俺たちに迫る。


「こんなものっ……!」


 再びヘンゼルが手をかざす。反発を生む不可視のエネルギーが、斬撃と衝突した。しかし、ヘンゼルもグレーテルと同じで、自分の魔術への理解が浅い。これほどの魔力密度を誇る斬撃を、正面から弾くことは不可能だ。


「く……そっ……!」


 数秒の押し合いを経て、ヘンゼルの魔術が押し負ける。このまま斬撃に吞まれたら、全員ひとたまりもないだろう。


「させるか! 〝氷結界アイスシールド〟!」


 割り込んできたエルダさんが、地面に剣を突き立て、その周りに分厚いドーム状の氷を生成する。斬撃を受け止めた氷のドームには、徐々にヒビが入り、やがては粉々に砕け散った。


「――――っ! はぁぁああああ!」


 咆哮を上げながら、エルダさんは魔力を纏わせた刃を漆黒の斬撃にぶつける。

 ヘンゼルの魔術、そしてエルダさんの防御魔術を経て、漆黒の斬撃の威力もかなり落ちた。

 衝撃が駆け抜けると共に、斬撃が霧散して消える。すべての衝撃を受け切ったエルダさんは、うめき声を漏らしながら膝をついた。


「……シャルたそ、エルダさんの回復を頼む」


「うん」


 手を打ち鳴らし、シャルたそは回復の術が使えるケルネイアを顕現させる。ケルネイアが角の光でエルダさんを癒そうとした瞬間、再び刃に膨大な魔力を纏わせたジークが、大剣を振り上げた。


「軽く放った斬撃でそのざまか! ならば、二撃目はどう防ぐ?」


 再度放たれた、巨大な漆黒の斬撃。視界が黒く塗り潰されていく。彼女たちの目に、絶望の二文字が浮かびかけていた。


「ゼレンシア流剣術――――〝青天〟」


 魔力を纏わせ、剣を振る。俺のそのひと振りは、眼前に広がる漆黒の闇を、すべて吹き飛ばした。


「なっ……」


 ジークが驚きで目を見開く。ヘンゼルとグレーテル、そしてエルダさんも、信じられないものを見る目で俺を見ていた。


「エルダさん。こいつは、俺に任せてください」


 俺はエルダさんの前に出ながら、そう言った。

 ジークが立ち上がった以上、エルダさんとやつの一騎打ちは、まだ続いているものだと思っていた。しかし、やつは俺たちに向かって攻撃を仕掛けてきた。その時点で、俺が手を出さずにいる理由がなくなった。


「っ……頼む」


「はい」


 エルダさんの懇願に対し、俺は強く頷いた。

 俺はブレイブ・オブ・アスタリスクの世界が大好きだ。

最推しはシャルたそだが、エルダさんのことだって、心の底から大事に思っている。


「これ以上、あんたに俺の〝推し〟は傷つけさせねぇ」


 そう言って、俺は剣を構えた。


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