第六十五話 モブ兵士、問う
「シルヴァ……⁉」
エルダさんが、俺の名を呼ぶ。
爆発までタイムラグがあって助かった。おかげで、グレーテルを守ることができた。
「グレーテル!」
「っ! ……お兄ちゃん」
俺と共に来たヘンゼルが、グレーテルのもとへ駆け寄る。
「よかった……間に合ったんだな」
「お兄ちゃん……どうしてここに……」
「……やつらに無理やり連れてこられてな」
そう言って、ヘンゼルはあとから来たシャルたそと俺にジト目を向ける。
「事件の関係者が分かったから、エルダさんに報告するために本部へ行ったんです。でも、エルダさんもグレーテルもいなくて……」
おまけに、関係者と疑っていたジークすら姿が見えない。嫌な予感がした俺は、シャルたそにリルを召喚してもらって、エルダさんたちを追跡したのだ。
「まさか……もう始まってるとは思いませんでしたけど」
俺はジークを睨む。
ヘンゼルとグレーテルのチョーカーを作動させないために、俺は魔力領域を展開し続けている。この空間にいる者は、例外なく不調を覚えるはずだ。しかし、ジークは一瞬顔をしかめたものの、苦しむ様子は見せていない。
ポーカーフェイスなだけか、それとも――――。
「増援か……これは分が悪そうだ」
そう言って、ジークはにやりと笑う。言葉とは裏腹に、ちっとも不利とは思っていない顔だ。
「シルヴァ、だったな。やはり魔力が使えたのか」
「……そんな話はどうでもいいだろ。結局、廃人化事件を仕組んだのはあんただったんだな」
「いかにも。幻想協会の連中も、そこにいるヘンゼルとグレーテルも、皆俺の指示のもと動いていただけだ」
ジークは、まるで当然のことのように言い放った。
正直、ジークが黒幕と分かって、俺は相当動揺していた。なんてったって、原作ではまったくフォーカスされていないキャラだ。こんなにも暗躍していただなんて、誰が考えるものか。
「どうやら、お前とは少しは話ができそうだな」
「……」
話すことなどない。そう言ってやりたいところだが、俺としても、気になっていることが山ほどある。
「エルダはともかく、お前たちはどうやって俺が黒幕だと突き止めたんだ?」
「……あんたが、気に入ったやつに渡していた飴玉だ。あれと同じものを食べて魔力に目覚めた男から、詳しく話を聞いたよ」
「なるほど、それは我々の詰めが甘かったようだな」
まるで忘れものをしたかのような軽さで、ジークは豪快に笑った。
「ふっ……足というのは、やはりどこでつくか分からんな」
「……あんたは、騎士の憧れだろ。どうして、人を襲って魔力を集めていたんだ」
「俺を黒幕と突き止めたのなら、もう分かっているはずだろう? この国を強くするためだ。一向に被害が減らない魔族の悪行……。それを止めたいのなら、魔族を全滅させるしかない」
そこまで言って、ジークは悔しげに拳を握り込む。
「だが、今の我が国の戦力は心もとない。いくら優秀な人材がいようとも、それには限りがある……」
その声には、強い憎しみが込められていた。
「どれだけ目を光らせていても、すべてを守れるわけではない。我々だけで国を守るには、限界があるのだ……。だからこそ俺は、才能なき者に、才能を与える研究を思いついた。さらに研究が進めば、ゼレンシア王国はありとあらゆる敵を退ける力を持つ、強大な国家となるのだ」
「……それで、人が死んでもか」
「多くの民を救うためだ。このままでは、全員を助けることなどできないのだから」
「っ……」
ジークが言っていることは、すべて間違いというわけではなかった。こんな世界で生きていると、救えない人間なんて山ほどいる。未来の人々を守るためなら、ジークのしていることは、むしろ賞賛されるべきことなのかもしれない。
しかし――――。
「今を生きている人たちのことだって……俺たちは守らなきゃいけないはずだ。それを自ら犠牲にしている時点で、あんたを許すことはできない」
「威勢がいいな。だが、綺麗ごとだけでは誰も救えん」
片腕で大剣を抜いたジークは、それを勢いよく地面に叩きつける。大きな揺れと共に、地面がひび割れる。さすがは元騎士団長。酒場で絡んできたやつと違って、亀裂の底が見えないほどの威力だ。
「なるほど、この空間でも、魔力を纏っていれば動けんこともないな」
ほんのわずかな時間で、俺の魔力領域内に適応している。やはりこの男も、間違いなく化物の一角。
「和解の道などとても見えんが……一応聞いておこう」
そう言いながら、ジークは大剣を地面に突き立て、俺たちに手を伸ばす。
「俺の仲間になる気はないか? お前たちほど優秀な人材であれば、ゼレンシア王国の発展に大きく貢献できるはずだ。俺たちは、手と手を取り合い、協力することができる」
この男の話は、根本的にずれている。俺たちには、俺たちなりの守るべきものがあるのだ。
「ゼレンシア王国の発展なんて、大して興味ねぇよ。……俺たちがやるべきことは、今を生きる人たちを守ることだ。あんたがそれを踏みにじるなら、ここで確実に止めさせてもらう」
俺が剣を抜くと、ジークは噴き出すように笑った。
「わはははは! そうか、やはりだめか! ……残念だ。ああ、とても残念だよ」
ジークは、その鋭い眼光を俺たちへと向けた。そこにはもう、大地のように広い心を持つ彼はいない。
「さすがにお前たち五人を相手にするのは骨が折れるが……仕方あるまい。やれるところまでやってみようか」
仮にジークが魔術を使えたとしても、この空間にいる限りは使えない。それはこっちも同じ条件だが、レベル4の魔族が二人、現役の勇者、騎士団長が揃っている今、どれだけジークの素の腕っぷしが強かろうとも、ねじ伏せられるだけの戦力があるはずだ。
そのはずなのだが……。
――――どうしてこうも気圧されるかねぇ……。
ジークが一歩距離を詰めてくるたびに、まるで巨大な山が迫ってきているかのような圧迫感を覚える。ただの実力じゃない。ジークは、己で培ってきたものすべてを、今このときに注ぎ込んでいる。この覇気を生んでいるのは、俺たちの倍以上生きている男の、人生そのものだ。
「……私に、任せてくれないか」
突然、エルダさんがそんなことを言い出した。
振り返った俺に、エルダさんは寂しげな視線を向ける。
「彼は……私の師だ。だからせめて、最後は正々堂々……私自身の手で終わらせたい」
「……分かりました」
エルダさんとジークは、まごうことなき騎士だ。騎士には騎士なりの、決着の仕方があるのだろう。
「ほう、一騎打ちか。久しいな、こうしてエルダと剣を交えるのは。さて、何年ぶりだ?」
「さあ、忘れたな」
そう言って、エルダさんは俺たちの前に出た。




