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第六十三話 騎士団長、助ける

「罪を被る、だと?」


「ええ」


 細剣を抜いたゼリオは、その剣先を牢の中にいるグレーテルへと向ける。


「魔族に情があるあなたは、人目を盗んで牢を開けた。中にいた魔族は飢餓状態で、あなたに襲い掛かる。死闘の末、両者相打ち――――そんなシナリオはいかがでしょう?」


「……何を言っているのだ、貴様は」


 エルダの問いかけを、ゼリオは鼻で笑う。


「エルダ殿、やはりあなたには、失脚していただかないと困るのですよ。アンダート家の長男として、あなたのような大した生まれでもない女に負けるわけにはいかないのです」


 ゼリオが生まれたアンダート家は、代々第一聖騎士団長を務めてきた家柄である。それがここ数世代、前任の第一聖騎士団長であるジーク、そして現団長であるエルダに、その立場を奪われていた。家柄による慢心が招いた結果であるが、彼らは決してそれを認めようとはしないだろう。


「……己の立場のために、他者を陥れるのか」


「それが自然の摂理というものです。強き者は繁栄し、弱き者はその礎となる。私という強者の繁栄のため、あなたには犠牲になっていただく……それだけの話ですよ」


 そう言いながら、ゼリオは邪悪な笑みを浮かべる。

 もはや説得は不可能。そう判断したエルダは、目を細めながら剣を抜いた。


「……後悔するなよ」


「はて、この私が、何に対して後悔すると?」


 ゼリオは鋭い踏み込みと共に、細剣による突きを放つ。

 基本的に、突き技は剣術の中でもっとも〝速い〟攻撃である。言動はともかく、腐っても騎士団長の一角。その磨き上げられた突きを見切るのは、至難の業だ。


「っ……」


 想像以上の速度に面食らうエルダだったが、持ち前の反射神経で見事にかわしてみせた。彼女の頬を掠めた剣先によって、エルダの銀髪がはらりと宙を舞う。

 ただ、驚いたのはエルダだけではなかった。


「まさか……私の初撃をかわすとは」


 顔を歪めながら、ゼリオはエルダから距離を取る。再び踏み込まねば剣先が届かない位置で、ゼリオは一拍呼吸を挟んだ。


「勇者でさえ、私の初撃をかわせた者はほとんどいないのですがね」


「……この程度の突きをかわせないようじゃ、今時の勇者は修行不足だな」


「こ、この程度だと⁉」


 エルダの意図的な挑発に、ゼリオは一瞬にして乗ってしまった。


「一撃かわしたくらいで……いい気になるな!」


 ゼリオは、再度踏み込むと同時に無数の突きを放つ。


――――この速度で来ると分かっていれば……。


 ゼリオの連続突きを、エルダはひらひらとかわす。確かに、ゼリオの突きはエルダが想像している以上に速かった。しかし、この速度で来ると分かっていれば、エルダにとってかわせない攻撃ではない。


「っ、当たらな――――」


「はぁ、この程度で団長を名乗るとは……次の団長会議の議題は、貴様が今の立場に相応しいかどうかにするか」


「だ、黙れッ!」


 ゼリオの攻撃が大振りになったのを、エルダは見逃さなかった。ゼリオが腕を引き戻すタイミングで、エルダは下から斬り上げるように剣を振る。甲高い音と共に弾かれた細剣は、見事に宙を舞い、彼の背後の床に転がった。


「……拾え」


「っ⁉」


「さっさと拾うんだ。性根が腐っている貴様に、この私が稽古をつけてやる」


「く、クソッ!」


 ゼリオは、落とした剣を這いつくばるようにして拾う。


「よし、それでいい」


 彼が剣先を自分に向けたことを確認して、エルダは己の剣を揺らめかせる。


「――――〝雪化粧(スノーミスト)〟」


 エルダのもとから冷たい冷気が溢れ、廊下を覆い隠す。ゼリオの視界は、あっという間に白く染まった。


「目暗ましか⁉ ひ、卑劣な……」


 寒さに震えながら、ゼリオは半パニック状態でがむしゃらに細剣を振る。


「どこを狙っている。五感を研ぎ澄まし、敵の位置を探れ」


「だ、黙れ! 私に指図するなァ!」


 情報量が少ないこの空間で、ゼリオは無意識のうちにエルダの声を頼りにしていた。

 彼女の声が聞こえた方向に向かって、ゼリオは渾身の突きを放つ。すると、ガキンという嫌な音がして、ゼリオは自身の細剣が何かを貫いた感触を覚えた。


「――――貴様がやったんだ」


「はぁ⁉」


「よく見ろ、貴様がこれをやったんだ(・・・・・・・・)


 エルダが〝雪化粧(スノーミスト)〟を解除する。白く染まっていた視界は元に戻り、鮮明になっていく。そして、エルダが示した先を見たゼリオは、絶句した。


「もう一度言ってやる。これをやったのは貴様だ。貴様が、牢を開けたんだ(・・・・・・・)。私でも、グレーテルでもない、すべては貴様の失態だ」


 ゼリオの剣は、グレーテルの牢の鍵を貫いていた。破損した牢の鍵は、もはや意味をなさない。


「騎士というのは、直接魔族と戦うことが仕事ではない。勇者を支援し、民を守るのが我々の仕事だ。そのためには、常に他者のことを思いやり、考え続けねばならない」


「黙れ……」


「動揺したくらいで周りの環境すら頭から抜けてしまうとは。やはり、貴様は騎士失格だ」


「黙れェェェエエ!」


 無理やり剣を引き戻したゼリオは、まさにやけくそと言った様子で突きを放つ。

 しかし、その細剣は、エルダに届く前に横から伸びてきた細い腕に掴み取られてしまった。


「なっ……」


「……ありがとう、あたしを出してくれて」


 檻から出たグレーテルは、ゼリオを殴り飛ばす。ゼリオの体は空中で何回も回転し、床に叩きつけられた。


「あ、あれ⁉ 結構加減したんだけど……」


「気にするな。こいつが鍛錬不足なのが悪い」


 口から血を流しながら、ゼリオは顔を上げる。


「ふじゃけりゅにゃ……! す、すべて報告してやりゅ……!」


「ああ、好きにしろ。その代わり、私は貴様の剣が鍵を壊したと報告する。証拠もあることだし、貴様がグレーテルの美貌に惚れていたと付け加えれば、他の騎士団長はきっと信じてくれるだろう」


「しょ、しょんなはずは……」


「お気楽だな。ならば試してみようではないか。貴様の主張と、私の主張。どちらが通るのか」


「っ……」


「最初に言っただろう。後悔するなよって」


 ゼリオの顔が引きつる。その怯えた顔を見て、エルダは小さく笑った。


「せっかく牢から出れたんだ。行くぞ、グレーテル」


「え、行くってどこに?」


「……すべてを知っているかもしれない者のところだ」


 そう告げて、エルダはグレーテルと共に地下牢をあとにした。


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