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第六十二話 モブ兵士、絶望させる

 前にもこの辺りで揉めたことを思い出しながら、俺はやけに自信満々の男と対峙する。


「シルヴァ……」


「ああ、分かってる」


 この男は、何か奥の手を用意してきたに違いない。そうと分かっていれば、こっちだって油断などしてやるものか。


「後悔させてやるよ……このオレに恥をかかせたことをなァ!」


 拳を振り上げ、男は俺に跳びかかってくる。ひどく拙い大振りな攻撃。しかし、俺は男の拳を見て、目を見開いた。


「っ……」


 すぐに後ろに跳んで、拳をかわす。男の拳は空振りし、地面を叩く。その瞬間、地面が割れるほどの衝撃が駆け抜けた。


「はっ! よくかわしたな」


 男はにやりと笑い、再び拳を構える。

 やつが拳に纏っているもの――――それは魔力だった。

 魔力さえ使えればと嘆いていた男が、短期間でこれだけの魔力を生み出せるようになるなんて、常識的に考えてあり得ない。


「おいおい! ビビッて声も出ねぇか⁉」


 拳に魔力を纏わせ、男はがむしゃらに攻撃を仕掛けてくる。

 ただただ大振りの攻撃は、なんともかわしやすく、恐れるほどではない。しかし、男は当たっていないにもかかわらず、気持ちよさそうに拳を振り回している。魔力に目覚めたことが、心の底から嬉しいようだ。


――――まさか……。


 頭の中に、幻想協会(フェアリーテール)の研究員に聞いた話が浮かび上がってくる。

 魔力を強制的に目覚めさせるエキス。それを摂取したんだとしたら、この短期間で魔力が扱えるようになっていることにも説明がつく。

 もしかすると、この男との再会は僥倖なのかもしれない。


「あんた、どうやって魔力に目覚めたんだ?」


「あぁ⁉ そんなもん、オレの才能に決まってんだろッ!」


 まあ、簡単に話してくれるはずがないよな。


「だったら、力ずくで訊き出すしかなさそうだ」


 俺は男の拳を受け流しながら、懐へ入り込む。そして、しっかり魔力を纏わせた拳を、男の鳩尾に叩き込んだ。


「かっ――――」


 衝撃で呼吸を封じられた男は、声も出せずその場でのたうち回る。

 経緯はどうあれ、魔力が目覚めていてくれて助かった。おかげで、こっちも加減する必要がなかった。


「ひとまず、勝負ありだな」


 ようやく息ができるようになった男は、絶望的な表情を浮かべていた。



「ピエロなんて知らねぇよ。オレは変な連中に声をかけられて、〝ブツ〟をもらっただけだ」


 大人しくなった男は、自身が魔力に目覚めたきっかけを細かく教えてくれた。

 曰く、研究者たちのほうから、治験に協力してほしいと言われたらしい。協力のお礼に多額の報酬を提示され、彼としても断る理由はなかったそうだ。


「その連中と顔を合わせた場所は?」


「知らねぇよ。こっちは目隠しされてたからな」


「おいおい……そこが一番重要な情報なのに」


 参ったな。もう少し有益な情報が出てくると期待していたのに、これではいよいよ本当に手詰まりだ。


「ねえ、ひとつ訊かせてほしい」


「あ? なんだよ」


「あなたがもらったその〝ブツ〟は、焼き菓子だった?」


「焼き菓子だぁ?」


 男は訝しげな目でシャルたそを見た。


「オレが渡された〝ブツ〟は、こんくれぇの赤い飴玉(・・・・)だ」


「赤い……飴玉……?」


 予想だにしていない回答に、俺とシャルたそは、思わず言葉を失った。


◇◆◇


 シルヴァたちが捜査に赴いていた頃、騎士団長であるエルダは、留置所を訪れていた。


「団長とはいえ、面会時間は限られています。くれぐれも厳守していただきますよう――――」


「ああ、分かっている。さっさと案内してくれ」


「……こちらへ」


 看守役の騎士の案内のもと、エルダは留置所よりもさらに下層のフロアへ下りていく。団長であるエルダに分かり切ったことを忠告するこの男は、第二聖騎士団に所属している騎士。エルダ自身も、ここに消えない確執があることは理解しているため、彼の態度を直接咎めたりはしなかった。


「それでは、くれぐれもお気をつけて」


 皮肉を込めてそう言い放った騎士は、離れた位置からエルダのことを監視し始める。

 エルダはため息をつきながら、結界牢の中を覗き込んだ。


「……グレーテル」


「――――エルダっち?」


 牢の奥から、グレーテルが現れる。彼女の様子を見て、エルダは少し安堵した。


「よかった。やせ細っているかと思った」


 グレーテルは、投獄前とほとんど変わらない姿をしていた。


「ここに来てからまだ何日も経ってないし、当然だよ」


 ケラケラと笑うグレーテルは、天井を見上げて小さく息を吐いた。


「正直、ここにいるのはすごく辛いけどね。魔力を乱されるって、こんなに苦しいんだ」


「すまない。貴様の疑いが晴れた以上、すぐに出してやりたいところなんだが……」


「え、疑い晴れたの?」


「貴様が投獄されている間に、新たな廃人化事件が起きた」


「っ!」


 グレーテルの表情が、分かりやすく変化する。グレーテルは、兄を人間の手から逃がすために、自ら罪を被ったのだ。その意図を汲まず、再び事件を起こしたヘンゼルに対し、少なからず言いたいことがありそうな顔をしていた。


「……貴様ら(・・・)の事情は、もう分かっている」


「……」


 グレーテルは、さらに驚いた様子を見せた。


「私は、貴様を必ず救い出す。だから、待っていてくれ」


 エルダがそう言い切ると、グレーテルの頬を涙が伝った。


「……あたしね、別に、生まれたくて生まれてきたんじゃないんだ」


 グレーテルは、顔を手で覆いながら言った。


「魔族って、この世界にいちゃいけないんだって。あたしのところに来る人間は、みんなそう言ってた」


「……っ」


「分かるよ。魔族って、人を襲っちゃうもんね。でも、さ――――勝手に生み出しておいて、邪魔者扱いって……みんなさ、なんか……勝手だよね」


 グレーテルは、行き場のないような表情を浮かべていた。

 人間にも、人の心を失った者はいる。そんな彼らに対する怒りのあまり、握り込んだエルダの拳が音を立てる。


「必ず、貴様らを助け出す。だから、もうしばらく待っていてくれ」


「……ありがとう、エルダっち」


 無理やり笑顔を見せたグレーテルに、エルダは自身の決意を強く固めた。


「――――おやぁ? これは奇遇ですねぇ、エルダ殿」


 二人がそんな話をしていると、突然そんな声が聞こえてきた。

 エルダが振り返った先にいたのは、いけ好かない笑みを浮かべるひとりの男。


「ゼリオ……」


「ちょうどいい、あなたに罪を被って(・・・・・)いただきましょう(・・・・・・・・)


 第二聖騎士団長、ゼリオ=アンダートは、そんな言葉を口にしながら、ゆっくりとエルダに近づいてきた。


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