第六十一話 モブ兵士、再び絡まれる
「あんたらは……ゼロから魔族を生み出したっていうのか」
「く、詳しくは知らない……」
「本当か?」
「本当だ! けど、捕らえた魔物に無理やり魔力を流し込んだって話は、聞いたことがある」
力をつけた魔物が、何かのきっかけで進化を遂げることで魔族と成る。その仕組みを利用すれば、確かに魔族を生み出すことは可能なんだろうけど……。
――――非人道的すぎる。
嫌悪感で頭がどうにかなりそうだ。人間を実験体にするどころか、人間の宿敵である魔族を生み出すなんて、到底許されることではない。
「お、俺たちはこの国のために研究を続けているだけだ!」
「……それは、多くの犠牲を出してまでやらなきゃいけないことか?」
「魔術の発展に、犠牲はつきものだ! 彼らは必要な犠牲で――――」
気づいたときには、すでに俺は研究員の頭を蹴り抜いていた。大きく仰け反った研究員は、そのまま意識を失った。残ったもうひとりの研究員の引き攣った声が、小さく響く。
「おい……!」
「すみません。つい」
焦るエルダさんに謝罪しながら、俺は残ったひとりを睨みつけた。
「……前に、あの菓子と同じものを街中で配ってるやつがいた。あれにもエキスは含まれていたのか?」
「あ、ああ……」
なるほど、これでひとつ合点がいった。菓子を配るピエロを見つけたのは、リルが現場の匂いを追跡した結果だった。あれは菓子の匂いに釣られたせいかと思っていたが、実際は違う。リルの鼻は、正確無比だったのだ。あの菓子に含まれていたヘンゼルの魔力を、しっかりと嗅ぎ取っていたのだから。
「でも! 人体に影響が出ない程度しか調合してない! 現に健康被害は何も出ていないはずだ!」
確かに、街中であれだけ堂々と配っていたら、問題が起きればすぐに分かるはずだ。
とはいえ、だからいいという話ではない。
「あんたらは、すでに街中の人間で実験を行ってたってことだ。いくら正当化したところで、それは到底許されることじゃない。……あんたも、自分でよく分かってるんじゃないか?」
「っ……」
「……この計画の責任者は誰だ。今すぐ答えろ」
俺が強めの口調で問いかけると、研究員はギュッと目をつむって、意を決して口を開こうとした。
「責任者は――――」
彼が責任者の名前を口にしようとした瞬間、突然キィンという金属をこすり合わせたような音がした。その音は何度も繰り返し発せられ、その間隔は徐々に早まっていった。まるで、警告音のように。
――――まさか……!
嫌な予感がした俺は、とっさに魔力を解放させる。
「っ! 〝魔力解放〟……!」
しかし、気づくのが一瞬遅かった。俺が魔力を解放すると同時に、二人の研究員の体が勢いよく爆ぜる。肉片ひとつ残らず炭となり、辺りには、焦げ付いた痕だけが残った。
「……くそっ」
俺は膝をつき、呆然と彼らのいた場所を眺める。
ヘンゼルとグレーテルがつけているチョーカー。あれに刻まれている魔術と同じものが、彼らにも施されていたのだろう。いざというときの口封じのために。
まさか、ここまで徹底しているとは思っていなかった。敵の残虐さを見誤った、俺の落ち度である。
「シルヴァ、気持ちは分かるが、今の爆発で人が寄ってくるかもしれない。急いでここを離れるぞ」
「……はい」
立ち上がった俺は、二人と共にその場を離れた。
◇◆◇
あれから、二日が経過した。
幻想協会で起きた原因不明の不具合は、世間をほんの少しばかり騒がせた。しかし、すでに魔道具の修理も完了し、今まで通り研究を再開しているらしい。
俺たちという侵入者がいたことは、一切外部には漏れていない。理由は不明だが、おそらく大事にしたくないのだろう。外部犯の仕業となれば、大勢の騎士が研究所を調べることになるから。
「シルヴァ、大丈夫?」
「ん? あ、ああ……大丈夫だよ」
いつもの酒場で食事をしていると、向かいにいるシャルたそが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。料理にフォークを刺したまま動かない俺を、心配してくれたらしい。
「ごめん、ちょっと色々考え事しちゃってさ」
「気持ちは分かる。私も、あそこで見たものをすべて受け入れるのに、すごく時間がかかった」
そう言いながら、シャルたそは目を伏せる。
俺たちは、今日も廃人化事件の調査をしていた。グレーテルが犯人ではないと分かり、騎士団側としては、この事件はいまだに未解決という扱いになっている。今すぐにでも解決することが望まれている中、俺たちは浮かない顔をしながら、作戦会議をしていた。
ちなみに、エルダさんは騎士団長の仕事で忙しいため、捜査には同行できない。彼女の意見も欲しいところだが、こればかりは仕方がない。
「これからどうしよう」
「うーん……責任者にたどり着く道は、もう残ってないからなぁ」
多くの人間の魔力を強制的に呼び起こし、ゼレンシア王国の戦力にするというのが、幻想協会の計画だ。これを指揮している者を探し出し、止めることができれば、少なくともヘンゼルとグレーテルは解放されるはず。
こんな非人道的な実験は、到底許すべきものではない。
早いところ黒幕にたどり着かねば――――。
「おい! 酒だ! 酒を持ってこい!」
考え込もうとした矢先、ドスの利いた男の声が酒場に響いた。
思わず声のした方向に視線を向けると、そこにはどこかで見たことがある男の姿があった。
「どうしたの?」
「いや……あの男、どこかで見た気がして」
「……あ、この前ここで暴れてた人」
「……ああっ! あのときの!」
思い出した。確か、シャルたそが勇者ってことに腹を立てて、因縁をつけてきたんだ。
見たところ、あのときと同じく相当酔っ払っているらしい。
「……見つかったら面倒臭そうだな」
「うん。出たほうがいいかも」
俺たちはそっと席を立ち、出入口へ向かう。しかし、開けた店内では、どれだけ慎重に動こうとも限界があった。
「おいッ! そこのテメェら!」
しっかりと見つかってしまった。一瞬無視しようか悩んだが、追いかけられでもしたら、それはそれで面倒だ。俺たちは立ち止まり、男と視線を合わせる。
「そのツラ、よーく覚えてるぜ。あのときはよくもぶん殴ってくれたな」
「……今度はなんの用?」
面倒臭そうにしながら、シャルたそが男に問いかける。
「あのときのお礼をしてやろうと思ってな」
男がニヤリと笑ったのを見て、俺は違和感を覚えた。あれだけ恥をかかされたのに、何故この男は余裕綽々なのだろう。何か嫌な予感がした俺は、シャルたその前に出た。
「あ? なんだテメェ」
「あいにく、ウチの勇者様は暇じゃないんでね。相手が欲しいなら、俺が付き合うよ」
「ハッ、テメェみてぇなモブ顔じゃ前座にもなんねぇよ!」
顔のことはやめろよ。気にしてんの、これでも。
「表に出やがれ。あのときとは違うってのを、すぐに思い知らせてやる」
不敵な笑みを浮かべる男と共に、俺は店の外へ出た。




