第五十九話 モブ兵士、空を舞う
正面玄関のほうへと向かってみると、そこには警備兵が二人立っていた。佇まいからして、それなりに経験を積んだ兵士か騎士だろう。
素早く気絶させることも考えたが、それが上手くいったとしても、さすがに正面口から乗り込むのは現実的ではない。
「また回り込んでみるか?」
「はい、そうですね……」
他の入口を探すべく、俺たちは建物の周囲を観察する。しかし、特に入れそうな場所は見当たらなかった。
さあ、これは困った。ここで取れる選択肢は、正面玄関を突破するか、壁を破壊するしかない。どちらも、潜入する上で最悪の手段だと思う。
――――ここで暴れるしかないか……。
俺の頭に、最終手段がよぎる。正面玄関で、俺が侵入者として暴れる。そうすれば、敷地内にいる警備たちは俺に集中せざるを得なくなるだろう。その間、二人には本館の内部を探ってもらう。これなら、最悪の場合でも捕まるのは俺だけだ。無論、みすみす捕まるつもりなどサラサラないが、二人の性格を考えると、おそらくこの作戦に許可は出さない気がする。
「シルヴァ、屋上は?」
「え?」
「この建物、屋上がありそう。もしかすると、入口があるかも」
シャルたそに言われるがまま、建物を見上げる。上の様子は分からないが、とりあえず確認する価値はありそうだ。
「行ってみたいけど、どう登ろうか」
「ここで魔術を使ったら、気づかれるかな?」
「魔術? まあ、大規模なものじゃなければ大丈夫だと思うけど……」
外壁を突破する際、領域のために膨大な魔力を使っても、感知はされなかった。つまりこの敷地内に、魔力感知に長けた者はいないということだ。
「分かった。じゃあ、やってみる」
そう言って、シャルたそは手を合わせた。
「〝主は来ませり、今こそ顕現せよ〟――――〝ヤタガラス〟」
シャルたそが展開した魔法陣から、漆黒のカラスが現れる。前に見たときよりも体が大きく見えるのは、気のせいだろうか。
「この前、リルの能力をコントロールできたでしょ? だから今度は、ヤーくんの能力を変えてみた」
そう言うと、シャルたそは飛んでいるヤタガラスの足を掴む。すると、ヤタガラスはシャルたそを建物の屋上に運び上げた。
「なるほど、人を載せて運べるようにしたってわけね」
すぐに戻ってきたヤタガラスに掴まり、俺とエルダさんも屋上へと上がる。
「助かったよ、シャルたそ。それにヤタガラスも」
俺がそう言うと、ヤタガラスはジッと目を合わせてきた。そしてそのまま、シャルたそが魔術を解除したことで姿が消える。カラスはとても頭がいいと聞いたことがあるし、俺の感謝が少しでも伝わっているといいのだが……。
「見ろ、シルヴァ」
エルダさんが示した先には、扉があった。あそこから屋内に入れそうだ。
「行ってみましょうか」
近づいてみると、扉には簡易的な鍵がかかっていた。セキュリティが甘いように感じるが、よく考えると、上空から接近してくる敵は砲撃で撃ち落とすことができるし、屋上から侵入されることを最初から想定していないのかもしれない。
「魔術が仕掛けられている様子もない。ここからは入れそうだな」
「……開けますよ」
俺は鍵を壊し、扉をゆっくり開ける。音を立てないように中に入ると、まずたくさんの荷物が目に入った。周囲は埃っぽく、人の気配は一切ない。
「物置ですかね……」
「ああ」
屋上へ続く扉を閉めると、周囲は完全に暗くなった。エルダさんは懐から赤い魔石を取り出し、魔力を込める。すると小さな火が灯り、光源となった。この石はライターのようなもので、魔力を込めると簡単な火の魔術が発動するアイテムだ。
「小さい光だが、まあ十分だろう。気を付けて進むぞ」
荷物にぶつからないように進むと、やがて階段が見えてきた。ここを下りれば、いよいよ敵陣のど真ん中だ。
「……じゃあ、行きましょう」
階段を下りた先には、廊下が伸びていた。人の気配がそこら中にある。こんなに夜遅くでも作業するくらい、ここの研究員は研究熱心なようだ。
「シャルたそ、リルを出せるか?」
「うん」
シャルたそがリルを顕現させる。俺はリルに、ヘンゼルが着ていた服の一部を嗅がせた。
これだけ広い施設を、なんの当てもなく調べるのは難しい。結局のところ、〝幻想協会〟とヘンゼルたちの関係性さえ分かればいいのだ。あとは何か証拠のひとつでも持ち帰ることができれば、いくら国とずぶずぶの関係だろうが、取り締まることはできるはずだ。
「わふっ」
リルがひと吠えして、俺たちを誘導し始める。幸い見つからずに済んだ俺たちは、やがて堅牢な扉の前にたどり着いた。鋼鉄でできた頑丈な扉は、ちょっとやそっとの衝撃では壊れそうにない。
「ここも鍵がかかっているな……」
扉を見て、エルダさんがつぶやく。
「魔力認証か。高い設備を使っているな」
魔力認証とは、その名の通り魔力を識別して解錠する仕組みである。魔道具に登録していない者が魔力を流せば、その瞬間にアラームが鳴り響く仕組みだ。
さて、どうしたものか。魔力に反応するため、俺の〝魔力領域〟は使えない。無理やりこじ開けようとすれば、当然見つかってしまう。
「……ここは私に任せろ」
エルダさんは、そう言って扉に手をかざす。
「〝術式氷結〟」
そんな言葉が発せられると、徐々に周囲の気温が下がると同時に、扉の鍵を透き通った氷が包み込んだ。
エルダさんの魔術は、〝氷結魔術〟。冷気を発生させ、あらゆるものを凍結させることができる。その中でも恐ろしい力が、〝術式氷結〟。魔術そのものを凍結させ、氷が溶けるまで使用不能にする。ゲームでは、一定確率で敵の魔術を使用不能にするデバフとして活躍していた。
「これで魔力認証は止まった。……行けるか?」
エルダさんの問いかけに、俺は頷く。
剣の柄を使って鍵を砕き割り、俺たちは扉の先へ足を踏み入れた。
「なっ……」
驚きで声が漏れそうになり、慌てて口を手で塞ぐ。
とにかく広大な空間は、壁一面を本棚が埋め尽くしていた。おそらく、一階まで吹き抜けになっているのだろう。空間が下に伸びており、研究員らしき者たちが、俺には到底理解できない実験に勤しんでいた。
「っ! シルヴァ、あれ!」
袖を引かれた俺は、シャルたそと同じものを見つけた。それは、一見何の変哲もない焼き菓子だった。ただ、俺とシャルたそは、同じものを街中で見ている。
「スイーツキングダムの新作……」
街中でピエロが売っていた新作菓子。それと同じものが、研究員のデスクに並んでいる。
「……いや、ただの差し入れって可能性も――――」
「ううん。あのあと気になって、スイーツキングダムに直接買いに行った。でも、どこにも売ってなかった」
「え?」
「新作の話自体が、どこの店舗にもなかった。それがずっと気になってたんだけど……」
あれがスイーツキングダムの新作じゃなかったとしたら、今あそこに並んでいる菓子は一体なんなのか。
「まさか……あの菓子は、ここで作られたのか……?」
「馬鹿な……幻想協会が、何故菓子など作るのだ」
エルダさんの疑問はもっともだ。魔術の研究をする幻想協会が、お菓子作りに精を出すわけがない。
――――つまり、あの菓子は何かの実験の成果ということか……?
一体、俺たちはなんの箱を開けようとしているのだろう。




