第五十一話 モブ兵士、言わされる
「お待たせー」
そう言いながら、控室にドレス姿のグレーテルが入ってくる。
「こっちは大体準備終わったよ」
「助かった。悪いな、全部任せちゃって」
「ううん、これくらい当然だよ。でも、あんなにたくさんのお酒なんに使うの?」
「ふっふっふ……シャンパンタワーだよ」
「しゃんぱんたわー?」
俺は、シャンパンタワーについてグレーテルに説明した。本来、キャバクラではシャンパンタワーはほとんどやらないらしいのだが、この世界にそんな常識はないし、そもそもシャンパンタワーという概念自体がない。人は新しいものに飛びつくものだし、金持ちは特に流行を気にする。そこを突けば、彼らはまず乗っかってくるはずだ。あとのことは、正直どうだっていい。俺たちは、今日中にすべてを終わらせるつもりなのだから。
サキュバスであるグレーテルは、本人が意図しているかどうかは置いといて、異様なまでに人心掌握術に長けている。今回はそれを利用して、客に率先してシャンパンタワーを頼んでもらえるように、誘導してもらうのだ。そうすれば、エルダさんたちも乗っかりやすくなる。
「へぇ……! 面白そうだね! あたし、常連さんに頼んでみるよ!」
「ああ、頼むぞ。……ところで、エルダさんってどこにいる?」
俺はいまだに姿が見えないエルダさんについて、グレーテルに問いかけた。
「エルダっちなら、店の隅でくらーい顔してたよ」
「……悪いんだけど、連れて来てくれる?」
「うん、分かった」
俺が言うのもなんだが、エルダさんの気持ちは分かる。急に煌びやかなドレスを着せられて、異性を喜ばせるために接客しろと言われたら、俺だったら絶対に無理だ。それなら、レベル4の魔族を相手にするほうが百倍マシである。
しかし、今回ばかりは気を確かに持ってもらわなければ困る。なんとしても七百万を稼ぎ、俺とエルダさんの立場を守り切るのだ。
「連れてきたよ!」
戻ってきたグレーテルは、後ろに真っ青な顔をしたエルダさんを連れていた。
エルダさんは、髪色に合った白色の煌びやかなドレスを着ていた。騎士団長としての姿ばかりが印象に残っているせいか、新鮮すぎてやたらと魅力的に見える。こんな恰好のエルダさんは、ゲーム内でも見られない。プレイヤーとして、ヒロインたちの新コスチュームが拝めたことを、心の底から嬉しく思う。
「ほ、ほほ、本当に……私が接客をするのか……⁉」
「残念ながら……もうそれしか方法がありません」
「ううっ……ぜ、絶対失敗するぞ……! 私は言ったからな!」
「……」
あーだこーだと言うエルダさんの肩に、俺は手を載せる。
「大丈夫です、エルダ騎士団長」
「……?」
「あなたがなんと言おうと、あなたはとびっきりの美人だ。必ず男はあなたに夢中になる」
「び、美人……?」
「はい! だから自信を持ってください。何かあったら、必ず俺がサポートしますから!」
俺がそう言うと、エルダさんの体の震えが、少しずつ治まってきた。
「そ、その……シルヴァも、わ、私を魅力的だと思うか?」
「? はい。もちろん」
どこか儚げなシャルたそや、幻想的な魅力を持つカグヤとは違い、エルダさんにハツラツとした輝きがある。周りにいると自然に元気が湧いてくるような、その背中について行きたくなるような、心強さがあるのだ。
「そうか……魅力的か」
頬を赤くしながら、エルダさんは何度も同じ言葉を繰り返し始めた。
「……シルヴァ」
モジモジしているエルダさんに対して首を傾げていると、後ろからシャルたそに服の袖を引っ張られた。
「どうした? シャルたそ」
「私もシルヴァに魅力的って言われたい」
「え⁉ いやいや……改まって言うのはなんか恥ずかしいっていうか……」
「言って」
そうしてシャルたそは、俺のほうにズイッと身を乗り出してくる。
妙な威圧感を醸し出すシャルたそに、俺は圧倒された。
「しゃ、シャルたそもすごく魅力的だよ! とにかく可愛い! 最高です!」
「……そういうの待ってた」
俺の言葉を受けたシャルたそは、むふーと得意げに息を吐いた。俺なんかの言葉で喜んでくれたようで何よりだが、正直かなり照れ臭い。
「ねぇ、アナタ? 妻である私にも何かないの?」
「だからお前の旦那になった覚えはないんだけど……」
カグヤがシャルたそと同じように詰め寄ってきて、俺は冷や汗をかく。
「一言くらいならいいじゃない。綺麗って言って?」
「っ!」
切なそうな上目遣いを前に、心臓が大きく跳ねる。いくら性格に難ありと言っても、カグヤは絶世の美女。彼女に迫られて、硬直しない男なんて存在しないだろう。
「……綺麗だよ。見惚れるくらい」
「ふふっ……ふふふ、ありがとう。想像していたより、何倍も嬉しいわ」
そう言って、カグヤは幼い少女のような笑みを浮かべた。普段とのギャップで、ますます心臓が高鳴る。急激に熱が上がってきて、俺は彼女たちから顔を逸らした。きっと、今の俺は誰にも見せられないような顔をしていることだろう。
「もー! イチャイチャしてないで、そろそろ開店時間だよ!」
「お、おっと、もうそんな時間かー」
グレーテルに急かされた俺は、恥ずかしさを紛らわせるためにわざとらしく言った。
着ていたボーイ用のスーツを直し、俺は熱くなった頬を叩く。俺の役割は、彼女たちの魅力が最大限伝わるように、献身的なサポートをすること。
「……騎士団長」
「う、うむ」
俺が声をかけると、エルダさんは咳払いをひとつ挟んだのち、全員の顔を見比べた。
「その……今日は、協力感謝する。皆慣れていないと思うが……どうか、よろしく頼む」
そう言って、エルダさんは深く頭を下げる。それに対し、俺たちは力強く頷いた。
それから、わずか数時間後のこと――――。
店内は、俺がまったく想像していなかった状況になっていた。




