第四十七話 モブ兵士、あとをつける
「ふぅ……やっぱりこれだよな」
修復してもらった剣を受け取った俺は、しっくりくる重みを感じながら武器屋をあとにした。
すると、外で待っていたグレーテルが駆け寄ってくる。
「あ、武器直ったんだ!」
「ああ。これで一安心だ」
そう言って、俺はため息をつく。ちなみに、壊してしまった借りものの剣の料金は、騎士団が出してくれることになった。提示された額は、安月給の門兵にとっては痛い出費になりそうだったし、おかげで命拾いしたと言っても過言ではない。
――――これで昨日みたいな醜態は晒さないで済む……!
何より一番気に病んでいたのは、昨日の失態だ。武器が壊れて戦えないなんて間抜けなことは、もうごめんである。
「二人とも、お待たせ」
俺たちのもとに、シャルルが現れる。その姿を見た俺は、ひとつの違和感に気づいた。
「……あれ? シャルたそ、学園は退学したんだよね?」
「うん」
「じゃあ、なんでまだ制服着てるんだ?」
シャルルの恰好は、見慣れた制服姿だった。やめたはずの人間が、その学園の制服を着ているというのは、なんともおかしな話である。
「この制服、軽くてすごく頑丈。刃物でも簡単には斬れないくらい、すごくいい素材でできてる。だから気に入る装備が揃うまでは、これで間に合わせることにした」
「ああ、なるほど……」
確かに、勇者学園の制服は、騎士団の装備にも使われているくらい高級な素材でできている。
わざわざ適当な防具や服を買うくらいなら、そのまま着ていたほうがいくらか上等なのは間違いない。
「セイフクってほんとに可愛いよね……いいなぁ、あたしも着たい!」
「……この仕事が終わったら、一着あげようか?」
「え、いいの⁉ シャルル大好き!」
「うっ」
グレーテルに抱きつかれたシャルルは、苦しげな声を漏らした。しかし、その表情は満更でもない様子だ。ブレイブ・オブ・アスタリスクのファンとしては、まさに拝みたくなるような光景が広がっていた。美少女同士の絡み。それはまさにオタクの栄養である。
――――なんて、呑気なことは言ってられねぇんだよな。
やはり、グレーテルの存在が常に俺を現実へと引き戻す。果たして彼女は、敵なのか、それとも味方なのか……いい加減はっきりさせたいところだ。
「待たせてごめん。捜査を始めよう」
リーダーであるシャルたその言葉に、俺とグレーテルは頷く。
リルの鼻が利かなかった以上、ここからはとにかく街中を駆けずり回るしかない。聞き込みでもなんでもいい。俺たちに必要なのは、何よりも情報だ。
◇◆◇
――――それから、あっという間に数日が過ぎた。
「……ダメ、なんにも分かんない」
そう言って、シャルたそはガクリとうなだれた。
ここは歓楽街にあるいつもの酒場。いつも通りハンバーガーを頼んだシャルたそだったが、落ち込んでしまっているせいか、なかなかそれに手を付けようとしなかった。
「いやぁ……捜査ってこんなに進まないもんなんだねぇ」
シャルたそに対して気の毒そうな視線を向けるグレーテルは、大きく口を開けてホットドッグを頬張った。公式設定曰く、グレーテルはホットドッグがお気に入りらしい。
捜査を始めてから数日。俺たちは、犯人についてまったく情報を掴むことができずにいた。
あれからもうひとつ廃人化事件が発生し、大勢の騎士が捜査に加わった。しかし、いまだに犯人の情報は目撃証言ひとつ得られていない。
……いや、ゼロというのは少し違うか。怪しい影を見ただの、空飛ぶ影を見ただの、そういう情報ならいくつもあった。問題なのは、どれも信憑性がないこと。何せ、事件現場のほとんどが歓楽街だ。酔っている連中の情報はどれもちぐはぐで、まったくもって当てにならない。中には、本当のことを語っている人もいたかもしれない。ただ、それを判断する術がないからこそ、こうして困っているのだ。
「……どうしたもんかねぇ」
などと言いつつ、俺は決して焦ってはいなかった。ゲームでも、この廃人化事件が解決するまでには、かなりの時間を要した。グレーテルが犯人というところまで行きつくために、多くの過程を踏む必要があったのだ。早く解決したほうがいいのは間違いないし、捜査には全力を尽くしているが、あのイベントが起きるまでは、どうにも解決できないようになっているのかもしれない。
「とりあえず、飯は食べたほうがいいぞ、シャルたそ。いざ捜査が進んだときに備えて、力を蓄えておかないと」
「……うん」
ひとつ頷いたシャルたそは、目の前のハンバーガーに齧りついた。そう、今は力を蓄えるしかない。この先、シャルたそにとっては辛い戦いが待っているかもしれないのだから――――。
そう思いながら、俺は横目でグレーテルを見た。
翌日も、そのまた翌日も、捜査はこれっぽっちも進まなかった。
シャルたその気力が、日に日に弱まっているのを感じる。
勇者になって、初めての任務。相当気合を入れて臨んでいるだろうし、今だってやる気は誰よりもある。しかし、それでどうにかなるほど、魔族絡みの事件は甘くない。
「――――今日はここまでにしよう」
深夜になったところで、シャルたそは俺たちに向けてそう言った。昼間は聞き込み、夜はパトロール。一日のほとんどを捜査に当てても、犯人の手がかりはまだ掴めない。
「シャルたそ……大丈夫か?」
無理が重なっているせいか、シャルたその顔色はあまりよくない。
「うん。このくらい、カグヤとの修行に比べれば、全然平気」
そう言って、シャルたそは胸を張ってみせた。どう見ても虚勢と分かってしまうのが、なんとも苦しい。
「それじゃあ、私は屋敷に戻って休む。二人もゆっくり休んで」
「うん。また明日ね、シャルル」
「また明日」
手を振って、シャルたそはフラフラと屋敷のほうへ歩いていく。初めの頃は屋敷まで送っていた俺も、今となっては本人からの要望で直帰するようになった。少しでも体を休めることに時間を使ってほしいらしい。推しに気を遣わせてしまったことに対し、俺は大いに反省した。
「じゃあ、あたしもエルダっちのところに帰ろうかな」
「ああ、じゃあまた明日」
「うん! またね、シルヴァくん」
グレーテルが去っていく。
――――さて。
俺は自身の魔力を極限まで抑え込み、グレーテルのあとを追う。本来、グレーテルから離れるのは、危険極まりないことだ。しかし、俺はあえてグレーテルを自由にさせている。もしグレーテルが犯人なら、この自由な時間に人を襲うはず。そうなってくれれば、あとはこっちのもの。責任持って俺がグレーテルを倒し、襲われた人を助け出せばいい。上手くいけば、事件にも蹴りがつく。これは決して悪い作戦ではないはずだ。
しかし、グレーテルはこっちに気づく様子もないまま、騎士団本部の中へと入っていった。
やはり、今日も何もしなかったか。こうしてあとをつけるようになってから、早一週間。
新たな廃人化事件が起きた日も、グレーテルは真っ直ぐ騎士団本部へと帰っていた。本部でどう過ごしているのかは知らないし、やっていないと決めつけることは難しい。しかし、少なくとも俺がいる間、グレーテルは一切怪しい動きを見せていなかった。
本編とは何かが違う。もしかすると、本当に彼女は犯人ではないのかもしれない――――。
そんな気持ちが強まりつつあった、翌日のこと。事態は少しずつ、混沌とした方向へと傾き出した。




