第四十五話 モブ兵士、遭遇する
「暴力反対」
俺が男を迎撃しようとすると、突然そんな風に言いながら、シャルたそが男の頬を引っ叩いた。気持ちのいい音が鳴ったあと、男は唖然としながら、その場に尻もちをつく。
「あなたがどこの誰かは知らないけど、私が勇者に相応しくないって言うなら、いつでも相手になる」
「くっ……」
シャルたそに睨まれた男は、顔を引きつらせる。気づけば、周囲の視線が俺たちに集まっていた。この男からすれば、女の子に尻もちをつかされたところを、多くの人間に目撃されてしまったってわけだ。とんだ赤っ恥である。
「くそっ……クソォ! どうしてこんなガキが……オレだって、魔力さえ使えれば……!」
そんな言葉を残して、男は店を出て行った。
俺とシャルたそは顔を見合わせ、首を傾げた。
「さっきの男の人……勇者になりたかったのかな」
店を出てしばらく歩いていると、シャルたそがそう言い出した。
「……あの絡み方を見る限り、そうなんじゃないかな」
勇者というのは、人々にとっては憧れの職業だ。他の職業と比べて収入も桁違いだし、資格を手に入れた時点で、貴族以上の権利を得ることができる。
もちろん、その分危険も大きい。人を食らう魔族と命がけで戦わなければならないし、人々を守らなければならないという責任が、常につきまとうことになる。それでもなお、得られる恩恵のほうが大きいから、人々は勇者に憧れるのだ。
「ああ言うってことは、きっと魔力がなくて試験に落ちでもしたんだろうな……最低限、魔力が使えないと勇者にはなれないから」
魔力は鍛錬次第で扱えるようにはなるが、どれほどの鍛錬が必要なのかは、かなり個人差がある。
大事なのは、魔力を知覚するきっかけであり、そこにたどり着けない者は、いつまで経っても魔力を使えないなんてこともあり得る。
才能と言ってしまえばそれまでだが、少なくとも、それが必要であることは否めない。
「私はきっと、恵まれてる。だからその分、人を助けるために働かないと」
言い聞かせるかのように、シャルたそはそうつぶやいた。
志は素晴らしいが、オタクとしては、できればシャルたそには危険なことをしてほしくない。しかし、推しのしたいことを応援するのが、オタクの役割のひとつ。そばで支えられるだけ、俺はありがたいと思わねば。
「明日からも頑張ろう、シャルたそ」
「うん」
シャルたそを屋敷まで送り届けた俺は、そのまま真っ直ぐ宿舎へと戻った。
◇◆◇
翌日。俺は朝早くから騎士団本部を訪れていた。
しばらく正門の前で待っていると、建物のほうから笑顔のグレーテルが現れる。
「おはよ! シルヴァくん!」
「お、おはよう……」
「あれ? なんかテンション低くない?」
「いや、普通だよ」
おかしいのは、むしろ魔族なのに朝から元気なグレーテルのほうだ。
魔物と魔族は、基本的に夜行性と言われている。クロウのような極端に夜行性の種族を筆頭に、ほとんどの魔族は夜のほうが力を増す。逆に日中は得意としない者が多く、眠っているところを討伐したなんて話をたびたび聞く。
「あれ? ていうかシャルルは?」
「ああ、今は学園に行ってるよ」
学園の制度として、在学中に勇者になった者は、学園を退学しなければならない。
その手続きのために、シャルたそは学園に足を運んでいるというわけだ。ただ、午前中には終わると言っていたから、午後から合流できるらしい。
「ガクエンって、確か勇者学園ってやつでしょ⁉ いいなぁ、めっちゃ楽しそうなんだけど……! あ、それってさ、あたしでもエルダっちに頼めば通えるのかな?」
「いや……多分難しいと思うぞ?」
魔族を倒す術を学ぶ場所に、魔族が通えるとは思えない。
「ちぇっ、残念」
「……とにかく、先に捜査を始めよう。今日も色々と聞き込みしなきゃいけないんだから」
「オーケー!」
――――軽いなぁ。
俺は苦笑いを浮かべつつ、グレーテルと共に繁華街のほうへ歩き出した。
その道中、ゾワッとした感覚が背中を駆け抜ける。この感覚、覚えがある。これは、あいつが戦闘態勢に入ったときのものだ。
「……アナタ、どうして魔族と一緒にいるの?」
そんな声が聞こえて、俺は顔を上げる。
そこには、よく知っている紫髪の女が浮いていた。
「か、カグヤ……これはその――――」
「質問に答えて、貴方。私には会いに来てくれないくせに、どうして魔族なんかと一緒にいるの?」
冷たい視線が突き刺さる。正直、クッソ怖い。
ただ、こっちにも事情というものがある。誤解されてはたまったもんじゃない。
「聞いてくれ、これは……」
「あ! あなた、カグヤって人でしょ⁉」
グレーテルが、突然俺の言葉を遮る。
「……だったら?」
「他の魔族が言ってたんだ。特級勇者には気をつけろって。だからずっと会ってみたくてさ!」
――――バカ……!
その言い方だと、自分がカグヤの敵だと言っているようなものじゃないか。
「そう。じゃあ、特級勇者たるゆえんを見せてあげるわ」
カグヤは、自身に強力な重力をかけてグレーテルに蹴りを放つ。グレーテルがそれを後ろに避けると、空振りしたカグヤの蹴りが地面を大きく砕いた。
「うひゃー、これは確かにヤバいね……」
「おい! グレーテル! さっさと説明するぞ! 今ならまだ間に合う!」
「まあまあ、もうちょいやらせてよ」
そう言って、グレーテルは獰猛な表情を見せた。
魔族の本能が騒ぐのか、なんにせよ、自分で止まる気はないようだ。
この状況は、かなりまずい。この二人が暴れたら、辺り一面が更地になってもおかしくない。さすがに他の人を巻き込むような真似はしないだろうけど、問題になることは間違いない。
「いい顔するじゃない。まあ、すぐに恐怖と苦痛で歪めてあげるわ」
魔王のようなことを言いながら、カグヤはグレーテルとの距離を詰める。あのカグヤが、珍しく肉弾戦をするようだ。
「いだっ⁉」
カグヤの拳を受け止めたグレーテルは、弾けるような音と共に大きく後退する。
膨大な魔力をまとった拳は、さながら巨大な鉄球。正面から受け止めたとしても、ダメージは免れない。
「この程度の魔力強化じゃお話にならないってわけね! 分かったよ!」
グレーテルは、自身を膨大な魔力で包み込んだ。そして強く地面を踏み込み、カグヤに肉迫する。
「今度はこっちの番!」
「――――残念」
カグヤが指を鳴らすと、グレーテルの体が真横に吹き飛んだ。
何が起きたのか分からない様子のグレーテルを、カグヤは鼻で笑う。
「ふっ……あなたの番なんて、あるはずがないでしょ?」
「……なるほど、そういう感じね」
立ち上がりながら、グレーテルはニヤリと笑う。
カグヤの〝重力魔術〟は、重力の向きや強さを自在に操ることで、相手の自由を奪いながら多様な攻撃を仕掛けることができる、隙のない能力だ。その分、重力魔術の発動には膨大な魔力が必要となるが、桁違いの魔力総量を持つカグヤには、特にデメリットになっていない。
まさに、最強。この魔術を突破するのは、至難の業どころの話じゃない。
――――だけど、グレーテルなら……。
俺は、グレーテルの持つ魔術を知っている。その能力であれば、カグヤに近づくことができるかもしれない。
「ちょっとだけ、本気出しちゃおっかな」
そう言うと、グレーテルの両手が赤い魔力に包まれた。




