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第四十三話 モブ兵士、壊す

 リルを追いかける俺たちは、最終的に王都中央にある噴水広場へとたどり着いた。


「ほーら! スイーツキングダムの新作お菓子だよー! 美味しいよー!」


 広場では、ピエロの恰好をした男がお菓子を配っていた。

 そのせいなのか、広場には甘い匂いが漂っている。


「スイーツキングダムの新作……⁉」


 ピエロの言葉を聞いたシャルたその目が、キラキラと輝き始めた。


「すいーつきんぐだむ? それってなに?」


「この国の一番大きなお菓子メーカーだよ」


 スイーツキングダムは、いわゆるチェーン店というやつで、王都中に支店を持っている。主な商品は、焼き菓子。常に莫大な金を商品開発に費やしているようで、若い女性が喜ぶような最先端のお菓子を生み出し続けている。


 シャルたそも、スイーツキングダムのお菓子を気に入っているらしい。

 ゲームだと、スイーツキングダムはかなり便利な店であり、女性キャラの好感度を上げるアイテムを購入することができる。シャルたそへ貢ぐために、俺も何度も利用したもんだ。


「わふっ!」


 リルは、真っ直ぐにピエロへと駆けて行った。そしてピエロの前で振り返り、俺たちに向けて今一度吠える。

 困惑しながらあとを追うと、同じく困惑した様子のピエロがこちらに気づいた。


「あっ! 飼い主の方ですか⁉ ごめんなさい! 犬にお菓子はあげられないんですよー」


「がるるるるる……」


「えッ⁉ 何か怒らせるようなことしたかな⁉」


 リルに睨まれ、ピエロが慌て出す。


「この子は狼。犬って言われると怒る」


「あ、そ、そうだったんですね! ごめんねー、狼さん」


 ピエロが謝ると、リルはすぐに大人しくなった。

 そして再びピエロのほうへと歩み寄っていく。


――――まさか、このピエロが犯人なのか?


 そんな考えが過ぎり、俺は警戒を強める。リルの鼻がここに導いたのなら、この男が犯人なのかもしれない。


「……シャルたそ」


「うん……」


 どこか緊張した様子で、シャルたそは勇者ライセンスを取り出す。


「私は四級勇者のシャルル=オーロランド。ある事件の調査中」


「は、はぁ……若いのに立派ですね……」


「あなたから詳しく話を聞きたいんだけど、いい?」


「……え? もしかして僕、疑われてます?」


「そういうわけじゃ――――」


「ぼ、僕! 何もしてませんからね⁉ ずっとここでお菓子を配ってるしがないピエロです!」


 慌てたピエロが、身振り手振りで否定しようとする。すると新作菓子とやらがたっぷりと詰まったかごが地面に落ち、中身が周囲に散らばった。


「わっ! やっば……!」


 ピエロが慌てて菓子を拾い始める。俺たちも手伝おうと動き出したところで、俺はリルの様子がおかしいことに気づいた。


「……リル?」


 リルはピエロに対してまったく関心を示さず、散らばったお菓子の匂いを一心不乱に嗅いでいた。


――――まさかリルのやつ、お菓子の匂いに釣られたのか……?


 シャルたそもそれに気づいたようで、困り顔を浮かべながらリルの頭を撫でた。


「さすがのリルでも、これだけお菓子の匂いが強かったら、数日前の匂いを追うのは難しいかも……」


 悔しそうにしながら、シャルたそはそう言った。


「もう! こんなところでお菓子配らないでよ!」


「そ、そんな無茶な……」


 ピエロに食って掛かるグレーテルを、俺は慌てて止める。


「待て待て……この人だって仕事でやってんだから……」


「むぅ……」


「すみません、こっちの勘違いだったみたいです」


 俺が頭を下げると、お菓子を拾い切ったピエロは深くため息をついた。


「……まあ、勘違いならいいですよ。僕はもう行きますね。商品を交換しないといけないんで」


「はい、申し訳ございませんでした」


 去っていくピエロに、俺は頭を下げ続ける。


――――参ったなぁ……。


 ため息をつきながら、俺は頭を掻く。リルの鼻がお菓子の匂いで利かなくなっているのなら、グレーテルへの疑いは晴れていない。足で犯人を捜しながら、身近な存在にも警戒しなければならない……。なかなか骨が折れる捜査になりそうだ。


「グルルルル……」


「ん?」


 突然唸り出したリルに、俺たちの注目が集まる。

 その直後、リルが睨みつけている方向から、大きな悲鳴が上がった。


「ありゃ、魔族の気配がするよ?」


 グレーテルがそう言うと、シャルたそはハッとする。


「……犯人かも」


 リルと共に走り出したシャルたそを、俺とグレーテルが追いかける。

 途中、逃げ惑う人々の流れに逆らって進んでいると、何度か轟音が聞こえてきた。

 この騒ぎの大きさから考えて、どうやら魔族が暴れているらしい。


「あそこか……!」


 人々の流れを抜けると、開けた空間に出ることができた。

 その中央には、黒い角を持つ魔族がいた。


「グオォォォオオオオオオ!」


 耳をつんざくような雄叫びが響き、魔族は地面に腕を叩きつける。するとさっきも聞こえた轟音と共に、地面にひびが走った。

 とんでもない怪力だ。頭の角からして、三級魔物のブラックバッファローから進化したのかもしれない。理性がなさそうなところを見るに、レベルは2。俺とシャルたそがいれば、問題なく倒せる強さだ。


「この魔族がどこから来たかはあとで考えるとして……まずは倒さないとな!」


 俺はシャルたその援護をするべく、剣を抜く。


「ん?」


 その刹那、剣からパキッと嫌な音がした。恐る恐る見てみると、(ガード)の部分に大きなヒビが入っていた。少し動かすと、柄から刃がポロッと外れる。それを見て、俺は呆気に取られてしまった。


「シルヴァ……?」


「ごめん……剣壊れちゃった」


 柄だけになってしまった剣を見せると、シャルたそは驚いた様子で目を見開いた。


――――確かに耐久性は保証できないって言われたけど……!


 まさか、抜こうとしただけで壊れるだなんて思ってもみなかった。こんなことになるなら、安いやつでいいから買っておくんだった。


「っ……シルヴァは下がってて。ここは私がやる」


 シャルたそが前に飛び出す。それを見て、俺は情けなさ過ぎて涙が出そうになった。

 こんなかっこ悪いところ、シャルたそに見せたくなかったなぁ……。


「グォオオォオ!」


 俺たちに気づいた魔族が、こっちに向かってきた。

 シャルたその表情に緊張が走る。しかし、そんな彼女の前に、ゆっくりとした動きでグレーテルが割り込んできた。


「ねぇねぇ、ここはあたしにやらせてもらえない?」


「……いいの?」


「うんっ! そろそろあたしも役に立てるところを見せないとね!」


 そう言って、グレーテルは体に魔力を纏わせた。その精度は、荒々しいという言葉に尽きる。ムラは激しいし、戦闘慣れしていない様子がありありと見て取れる。ただ、魔族特有の驚異的な魔力量で全身を無理やり覆うことで、魔力強化を成立させていた。

 いずれ彼女が魔力強化をマスターしたとき、その力はさらに跳ね上がることだろう。

 まったく、末恐ろしい。


「同じ魔族だから、ちょーっと心苦しいんだけど……ごめんね、あたしって人間のほうが好きなんだ」


 間近まで迫ってきた魔族に対し、グレーテルは軽く地を蹴ってジャンプ。そして空中で体を捻り、魔族の首に蹴りを叩き込んだ。

 ベキベキと嫌な音がして、魔族の体が吹き飛んでいく。そして近くの民家の壁に叩きつけられ、ようやく止まった。


――――一撃かよ……。


 いくらレベル差があるからって、蹴り一発で終わってしまうとは。


「はい、いっちょあがり!」


 俺たちに向けて笑顔を見せたグレーテルは、そのままピースを決めた。


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